自衛隊法を確信犯的に逸脱しようとした指揮官が国会議員になっている

■『低気温のエクスタシー』『アッテンボローの雑記帳』『情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士(ヤメ蚊)』ほか、何人ものブロガーが記事化しているが、新聞等が一向に反応しない、不気味な情勢なので、問題整理しつつ、問題提起(意識的あおり)をする。 ■「自衛隊イラク派遣」で「第一次復興業務支援隊長を務め、口ヒゲをたくわえたその風貌から「ヒゲの隊長」として注目を集めた」もと自衛官、今回の参議院選挙で当選して自民党所属の国会議員となった佐藤正久氏が、確信犯的に自衛隊法に反した指揮をとろうとねらっていたことがわかった。 ●http://megalodon.jp/?url=http://news.tbs.co.jp/20070810/newseye/tbs_newseye3630843.html&date=20070812095433 ●YouTube「佐藤正久(参院議員)の問題発言(戦争屋 ひげの隊長こと元イラク先遣隊長)」 ●Googleニュース検索「駆けつけ警護」 ●Googleニュース検索「佐藤正久」 ●「キーワード「佐藤正久」を含む注目エントリー」 ●「佐藤正久」(Umashサイト検索) ■『多文化・多民族・多国籍社会で「人として」』からトラックバックいただいた先日の記事「イラク派兵で暴走しだした「軍の論理」と、「滅びの美学」を追求する「美しい国」内閣?」には、つぎのような記述がある 「駆けつけ警護」認めるべきで一致(TBS News:動画あり、2007.8.10)  集団的自衛権に関する政府の有識者会合はPKO=国連平和維持活動を行う自衛隊に対して、憲法上できないとしてきた「駆けつけ警護」を認めるべきだ、という意見で一致しました。  PKO活動の際の武器使用は、正当防衛や緊急避難などの場合に限られていますが、10日の会議では国連の集団安全保障の問題としてとらえるべきだとする意見で一致しました。  その上で、正当防衛を超えるとして憲法違反とされるいわゆる「駆けつけ警護」は認めるべきだとする意見が相次ぎました。これは、味方である他国の軍隊が攻撃された場合、駆けつけて応戦するものです。  こうした事例について、イラクに派遣された陸上自衛隊の指揮官だった佐藤正久氏は、当時現場では、事実上の「駆けつけ警護」を行う考えだったことをJNNの取材に対して明かしました。 「自衛隊とオランダ軍が近くの地域で活動していたら、何らかの対応をやらなかったら、自衛隊に対する批判というものは、ものすごく出ると思います」(元イラク先遣隊長 佐藤正久・参院議員)   佐藤氏は、もしオランダ軍が攻撃を受ければ、「情報収集の名目で現場に駆けつけ、あえて巻き込まれる」という状況を作り出すことで、憲法に違反しない形で警護するつもりだったといいます。  「巻き込まれない限りは正当防衛・緊急避難の状況は作れませんから。目の前で苦しんでいる仲間がいる。普通に考えて手をさしのべるべきだという時は(警護に)行ったと思うんですけどね。その代わり、日本の法律で裁かれるのであれば喜んで裁かれてやろうと」(元イラク先遣隊長 佐藤正久・参院議員)    懇談会は11月までに集団的自衛権の行使を容認する提言をとりまとめると見られます。しかし、公明党が反対している上、参院選の惨敗で安倍総理の求心力が低下しており、報告書は棚上げせざるを得ないという見方が強まっています 続きを読む

「東京圏」への人口流入加速、バブル期並み超過(総務省)

■「やっぱり巨大だった東京圏」「マッチョでネオリベしか東京の首長になれないというが」の続編。■『朝日』の先日の記事を転載。

「東京圏」への人口流入加速、
バブル期並み超過 総務省
2007年11月26日19時45分

 移り住んできた人が転出した人よりどれだけ多いかを示す「転入超過数」が、東京都は今年1?10月の合計で9万348人になり、昨年1年間(9万79人)を上回ったことが26日、総務省統計局のまとめでわかった。埼玉、千葉、神奈川各県を加えた「東京圏」の超過数はバブル期並みで、首都圏への人口集中が加速している。

 三大都市圏別にみると1?10月の東京圏の超過数は14万7962人。名古屋圏(愛知、岐阜、三重各県)は1万6123人、大阪圏(大阪、京都、兵庫、奈良各府県)はマイナス1万3680人だった。

 東京圏の超過数は94、95両年にマイナスに落ち込んだが、昨年は13万人を超え、88年と同水準に戻った。ただ、バブル期は東京都が毎年5万?7万人超のマイナスで、他3県の人口流入が著しかったのに対し、近年は東京都の転入超過が目立っている。
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先行者にして継承者としての教育者(内田樹氏の教育哲学)3

■一日あいたが、前便で予告したとおり、「内田教育哲学」への補足のつづき。■『合気道とラグビーを貫くもの』(朝日新書)には、教育論にとどまらない、身体論・認識論として、めをみはるべき指摘がまだあるのだが、このシリーズでは、あくまで教育哲学としての射程を問題にしているので、それらにはふれない。
■それにしても、本書は「内田樹『先生はえらい』」ともかさなるんだが、まなぶがわがもたないと損をする まっとうな権威主義には言及するんだが、前回もかいたとおり、基本的にエリート主義教育のわくをこえないんだね。■だから、自己変革を継続中の師匠が、「せなかをみておれ」と、後続者たちをひきつれていくカリスマ論ではあっても、名人芸でしかなくて、ごく一部しか公教育では応用不能だという致命的欠陥をかかえる。■はっきりいって、大学だって平均水準とはいいがたい「自己変革を継続中の師匠」たちなのに、なんで、そういったカリスマ教師が小中高校に「常備」されるような体制がめざせるわけ? たとえば、米村でんじろう氏みたいな人材が、科学するこころをはぐくみ、背後にある物理学などの知的体系のピラミッドにいざわなれる…なんてことが、列島上でおきるとおもうか?

■それと、内田御大が くりかえしのべているとおり、たぐいマレなる天才的師匠との めぐりあいは、実は天才を天才とみぬく 後続者たちの嗅覚による必然といった構造をもつように、これは学習者の天賦の才が前提されている。そりゃ、無名のタルムード研究者から無限の知的継承のヒントをつかんでしまうような、レヴィナス御大のような天才は、どんな平凡にみえる人物からも、天才的な発見をなさるでしょうが(笑)。
■要は、これらはいずれも、カリスマ的な天才か、他者にカリスマを発見できる天才か、いずれかの希少な人材がかもしだす 偶然的なめぐりあいを前提にした教育論で、およそ公教育現場なんぞには、適用不能なんだな。
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