■小学校でまた殺傷事件がおきた。■刑事統計を冷静に分析している論者がそろってくりかえしてきたとおり、「少年犯罪の凶悪化・激増化・低年齢化」という三題ばなしは、悪質な神話だとおもう。 
■ぞっとするような凶悪犯罪は数十年まえもかなりあったことがしられているし、ここ20年ぐらいは、少年やわかい男性による凶悪事件は非常にすくないという指摘がされている。むしろ、神話を一所懸命強化しているメディアと神話の虚像性にきづきながら放置しているらしい法務・警察当局の姿勢こそ問題だろう(ましこ・ひでのり『あたらしい自画像  「知の護身術」としての社会学』三元社,http://www.sangensha.co.jp/)。
■それと、こういった事件がおきたときに、かならずといっていいほど、「現場教員は児童の盾になって殉職するのが美学」みたいな論調がわきあがるのは、問題だ。今回は「殉職」してしまった先生がでたので、学校を非難する論調はあまりでないだろう。しかし大阪教育大附属池田小の事件のときには、「こいつは、にげた」といった非難が実際でた。■ましこ『あたらしい自画像』が指摘するとおり、教員は警備員ではない。そんな訓練もうけていないし、殉職覚悟の法的な職権とか待遇をうけてなどいない。しかも、警官ではない民間の警備員は、侵入者とあらそうなと指導されているらしい。要は、不審者が侵入を断念するような「施錠」「監視カメラ」みたいな機能を期待されているだけなのだ。したがって、教員が侵入者をとりおさえるべく、生命の危険をおかすようなすじあいのものではない。それを当然視するような論調こそ、批判されるべきだ。

■もちろん、小学校は幼稚園・保育園ほどではないにしろ、託児施設だ(中学高校も、教育機関というよりは、託児施設というべきだけど。笑)。だから、「弱者が集中していて、リスクが想像以上におおきい空間なのだ」という認識が共有される必要はある。■たとえば、大阪教育大附属池田小の事件のあと、文部科学省が警備員や監視カメラの配置をすすめるよう小学校などに指導したそうだ。しかし調査によれば、配置の実情はどちらも4分の1前後だとかで、ひどすぎる(文部科学行政にうといので、よくわからないが、警備員とか監視カメラ配置の予算はちゃんとくまれたのかねぇ?)。■あと、ハラナの個人的見解でいえば、教員は自分のサバイバルのためにも、護身術を本格的に体得すべきだし、教育委員会は講習を義務づけるべきだとおもう。たとえば、イスをつかって、江戸の捕り物の「さすまた」みたいにとりおさえる訓練とか、犯人との間合いのとりかたとか。■「あれる学校」対策で、肉体派を自他ともにみとめる体育科の先生が生徒ににらみをきかせているというのは有名だけど、それこそ「有事」の際に機動的に対処できるよう、ボクシングや空手・少林寺拳法とかの経験者を率先して配置すべきだとおもう。■誤解のないようにつけくわえとくおくけど、この「防衛組」は、「ほかの先生や生徒の盾になれ」ってことじゃないからね(笑)。あくまで、暴漢と間合いをとりながら、比較的冷静に対処できる経験をつんだ人材を常時確保しておこうねということだから。
■ちなみに、警備会社には、退職警官が再就職するらしいけど、たくさん人材があまっていそうだから、さっそく学校警備員配置の予算を増額すべきだとおもう。■監視カメラをやたらにつけるのは、「生徒指導」のいきすぎにつながりそうだから(笑)、学校への進入経路だけを重点的にね。それから、監視カメラをにらんでいるのが、教員の当番制というのは、能天気すぎるとおもう。監視するのは、複数の警備員が交代ですべきだとおもう。つまり、それだけのリスク管理をおカネをちゃんと確保して実行しようね、というはなし。

■いずれにせよ、「今回の事件はふせげなかったのか?」といった、他人事の論評はやめてほしい。災害同様、想定外の事態がおきるのがつねなのだから。■しかしその一方、事前に想定できること、準備できることを、専門家をまじえて徹底的にあらいだす必要はある。大阪教育大附属池田小の事件の教訓があまりいかされなかったことは事実なのだから。

■それはともかく、生徒がキレるとか保護者がつるしあげにくるとか、先生の仕事って、警官・軍人までいかなくても「3K」職種の典型だとおもう。逆にいえば、「そういったリスク不安にうちかって公務をにないたい」という気概のある人物以外は志望しないほうがいいとおもう。■「コドモがすきだから」とかいう、よくある志望動機は、必要条件ではあっても、第一の理由であってはいけないような気がする。「コドモを教育することに意義を感じる」も、見当はずれの感がつよいけどね(笑)。だって、主体的に専攻を選択して進学しているはずの大学だって、「教育」は完全に機能不全をきたしているし、自分の専門にごくちかいことをおしえている先生が、どのくらいいるの(笑)? これって、語学やコンピュータや日本国憲法だけじゃないよ。■その意味では、「教員は知育徳育体育をになう人材」という常識はいっぺんご破算にしたほうがいいんじゃないか? 「教員は、未成年を中心とした年少者を軸に『接客』する(サービス商品を提供する)要員の一種であり、心身のリスクを相当ともなう職種である」って、定義しなおしたほうがよさそうだ。