■きょうは、いわずとしれた、旧「天皇誕生日」だ(?1988年)。
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「天皇誕生日」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

天皇誕生日(てんのうたんじょうび)は、国民の祝日の一つで、今上天皇(在位中の天皇)の誕生日を祝う日。第二次世界大戦終結までは、天長節(てんちょうせつ)と呼ばれていた。

国家として初めて祝ったのは、明治元年9月22日(旧暦、1868年)に天長節として祝ったときである。明治6年(1873年)の太陽暦採用後、11月3日に変更。その後、即位した天皇の誕生日にあわせて天長節が定められた。戦後、天皇誕生日として国民の祝日と定められ現在に至る。なお、皇后の誕生日は地久節と呼ばれるが、戦前においても国家の祝日にはなっていない。

「歴代天皇の天長節・天皇誕生日」
明治時代(明治天皇) - 11月3日
大正時代(大正天皇) - 8月31日
昭和時代(昭和天皇) - 4月29日
平成となった1989年からは12月23日が天皇誕生日となっている。
明治天皇の誕生日は昭和2年(1927年)に明治節という祝日となり、戦後は同じ日が国民の祝日「文化の日」となった。昭和天皇の誕生日は、平成元年(1989年)に祝日法の改正で「みどりの日」とされ、国民の祝日として残された。

平成19年(2007年)からは「みどりの日」から「昭和の日」と名称が変更される予定。また「みどりの日」は5月4日(現在の国民の休日)になる。

なお、大正天皇には在位期間も短く目立った事績がない上、誕生日は夏休み期間中であり、休日とすることにありがたみがないためか、現在は祝日として残されていない。
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■おいおい、ちょっとまった。8月31日が「夏休み期間」っていうのは、学校関係だけだろ。「休日とすることにありがたみがないためか」ってのは、ヘンでしょ。■それはともかく、右派のひとびとは、理想でいえば、第二次大戦前みたいに「明治節」「昭和節」って名称にしたいんだろうけど、まあマイルド路線でいけば(リベラル中道までまきこめる線?)、「明治の日」「昭和の日」なんでしょうね。■「文化の日」ってことで、「文化勲章をさずける記念日」とか、ヒロヒト氏の戦後イメージにあわせて、「エコロジカルな日」にしてきたけどね(笑)。

■近年は、大正天皇の再検討をする本(原 武史 『大正天皇』朝日選書)もでたけど、要は、かげがうすい、というか、あまり話題にしたくなさそうだよね(笑)。■もちろん、これは 障碍者差別とつながっているから、わらいごとじゃないんだけど、明治天皇と昭和天皇の誕生日だけが祝日として戦後のこされたことは、きわめて異様だよね。実は、事実上のクーデタで、幽閉されていたんじゃないかと、うたぐっているひとさえいる。■歴史的事実が、いずこにあるかには、ハラナは全然興味がない。「大正の日」などを復活させるとして、近代以前(明治天皇以前)の孝明天皇誕生日とかを、記念日=祝日化する気があるのかって、ことだ。

■ふたたび、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』にご登場ねがおう。

「元号」
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日本は、天皇制を権威付けるために中国の元号を模倣したと思われるが、中国を中心とする冊封体制諸国の中では、ベトナムと並んで独自の元号を存続させてきた。ただし、独自の元号とはいっても、日本の元号のほとんどは中国古典の文言から採られている。

江戸時代までは、大きな出来事が起こるたびに改元していたが、明治維新のときに一世一元の詔が出され、天皇の代ごとに改元する中国式の一世一元の制に改めた。現代日本の元号は、元号法に従い、皇位の継承があった場合に限り改めるとした。
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■右派のみなさんは、あんまり自覚がないようだが、日本の伝統なんていったって、「天皇の代ごとに改元する中国式の一世一元の制に改めた」では、所詮は中華帝国のマネでしかないわけだ。■しかも、大中国にならったっていっても、「明の太祖(朱元璋)は、皇帝の代ごとに改元するという一世一元の制を制定した。これにより実質的に元号制以前と同じ帝王の在位による紀年法に戻ったといえる。ただし、元号が付されることが異なっており、また元号が皇帝の死後の呼び名となった」(前出「元号」『ウィキペディア』)
ってことでしかない。600年ちょっとしかつづいていない、東アジアの「伝統」ってことね。なにやら、天皇制より、ずっとみじかいね(笑)。

■もともと、近代日本の右派に共通してみえる、「漢文時代の前近代中華帝国は尊敬するけど、白話運動などがはじまる中華民国建国前後以降については近代化にのりおくれた老大国として軽蔑する」という、二重の基準は、矛盾している(安藤彦太郎『中国語と近代日本』 岩波新書)。■そんなに歴代の中華帝国がすごくて、4000年とか5000年の歴史があるといったイメージがただしいなら、欧米列強や小国日本ごときに、もみくちゃになど されなかっただろうに。ま、エジプトとかインドとか、イラン・イラクのように、古代帝国との連続性をほこる地域・民族は、どこもそういった自己矛盾をかかえてしまうんだけどね(「欧米列強は、軍事力だけの野蛮な勢力だった」という「正論」は、あまりにむなしい)。■それはともかく、漢文時代の中国の威信には、無批判によりかかって天皇制を一所懸命コーティングにはげむんだが、共産党政権にとってかわられた中国大陸には、強迫観念のとりこのように、攻撃的にのぞむ。この二重の基準の矛盾には、無自覚らしい。■もっとも、保守派からすれば、漢字廃止論をちらつかせたあとも、簡体字を普及させるなど、儒教文化圏=漢字文明圏のただしき伝統を破壊させる、極悪非道のやからと、うつるんだろう。同情にたえない(笑)。■ハラナからすれば、ピンイン化を事実上断念し、北京官話を事実上 標準語化した共産党政権は、文化政策/民族政策のみならず、全面的に覇権主義で、右派のみなさんとは全然反対の意味で、問題ありと、みているけどね(笑)。

■ま、ともかく、唯一無二の万世一系の天皇家、っていうなら、漢文世界なんぞにしがみつかずに、やまとことばで、「みかどの よ」を、なづけませんか(笑)。■とはいえ、その出自に、大陸起源の血統の「流入」は、文献上も絶対に否定できませんけどねぇ。というか、まえもかいたとおり、大和朝廷の主成分は、どうみても大陸・半島からの亡命勢力だよね(笑)。漢文がこいしいのは、しかたがないか。■以前の中華民国国民党政府みたいに、大陸奪還って、「はるかなる誇大妄想」は、農民出身の太閤秀吉あたりにまで伝染していくんだから、ミーム(meme)の しぶとさってのは、すごいね。ドーキンスさん(笑)。
■ところで、元寇の残酷さ、うんぬんって、反中韓派は、さかんにいいたてるけど、秀吉さんたちのご乱行の質・量のひどさをしっていたら、とてももちだせるネタじゃないよね。■どんなに、大陸にもどりたかろうと、武勲を軽量化するために、敵兵(かどうか、あやしいそうだけど)の耳そいで、塩漬けにしておくるなんざ、すごすぎるよね(京都に「耳塚」があるよね)。■20世紀前半の蛮行のかずかずのまえに、「アジアの鬼っ子、jaban」のイメージは東アジアに定着していたんじゃないか? ま、これは、ちゃんとしらべる価値・必要がありそうだ。