■先月前半、「そんなにいそいで、どこにいく?」「なにやらいそぐ、われわれ」という、鉄道をおもにとりあげた技術文明論をかいた([2005年03月10日(木),03月12日(土)])。そこで話題にしたのは、おもに新幹線やリニアモーターカーなどによる超高速鉄道の是非だった。 
■もちろん今回とりあげるのは、先日おきた列車事故だ。■本来、「リスク論」に分類すべき性格をもっているような気もするが、今回の事件は、われわれの科学技術や輸送システムに対する姿勢・思想が問題の核心にあるような予感があるので、「技術文明論」にいれることにした。 

■日記には、カラスの置き石なども可能性にふくめた複合要因説をかきこんでおいたが、朝日新聞などの報道をつきあわせると、どうも単に速度超過のままカーブをまがりきれずに、レールからとびだしていってしまった。しかも遠心力(ってのは、力学的には、まちがいらしいが)でバランスをくずした車体が、かたむいたままマンションにつっこみ、まきつくかたちで、たたきつけられた、ということらしい。■「想定外」だったと関係者はいうけど、冷静にかんがえると、あれだけ民家がせまって、高速で まがろうとすれば、いつ おきても フシギじゃなかった感じもしてくるよね。
■きのう(2005/04/29)の『朝日新聞』「時時刻刻」によれば、JR西日本がおこなっていた運営実態は〈狂気のさた〉というべきものだった。■現場運転士の証言で「(脱線現場となった)……カーブ直前の直線を120キロの制限速度ぎりぎりで走る。カーブ手前で急ブレーキをかければ、何秒かは(遅れを)回復できる」「宝塚線の運転士の間で」「だれでもやっている裏技」なのだとか。■本来、カーブにはいる時速70kmにまで、170mかけて減速していくところを、「乗客に急ブレーキのショックを与えるとわかって」いても、1分、いや数十秒の「おくれ」をちぢめることが、いつもしいられている実態があった。■今回のケースは、その「急ブレーキ」という「裏技」のタイミングを運転士がはかりそこない、カーブに100km超でつっこむという、〈狂気のさた〉がもたらした惨事だったと推定される。そして、おそらく、これは、自身も事故死した運転士の個人的ミスとか異常事態というのではなく、JR西日本が宝塚線の運転士ほかにしいていたシステム自体が〈狂気のさた〉であったことの構造的、いや必然的結果だったと、おもわれる。■その意味では、被疑者死亡として送検されるであろう、運転士は加害者というより、システムの被害者である。もちろん、オンフレのような哲学者からすれば、死刑執行人やアウシュビッツの刑務官同様、そうしない自由意志が人間にはのこされている、といいはるだろうが。

■JR西日本の運営が〈狂気のさた〉だったと断言したくなるのは、運転士たちの証言だけでなく、その管理システムが異様だからだ。■おなじ、『朝日』の「時時刻刻」は、予定時刻におくれるという「ミス」をしでかした運転士に、「日勤教育」と称する、卑劣な罰を恒常的にくわえていたことをおしえてくれる。■「日勤教育」とは、「電車の遅れなど問題となった状況を振り返り、原因を考えるリポートを、電車区の区長や助役が」かかせるものらしいが、「リポートだけでなく、草むしりや窓ふき、ペンキ塗りの作業まである」とのこと。あきらかに、反省目的ではなくて、懲罰的ないやがらせだ。
■たえきれずに、自殺した運転士もでた。50秒発車がおくれたという理由だけらしいから、いかに、いやらしくせめたてていたかが、わかる。1日に7本もリポートをかかされて、「給料をもらって勉強しているのでしょう」と、助役にイヤミをいわれたか。4日目に休暇をとり、自宅でくびをつったのだ。これは、完全に、かよいの「収容所」というほかない。■遺族が訴訟にうったえ、大阪地裁は、自殺をJRがわが予測はできなかったと、賠償請求をしりぞけたものの、自殺理由は「日勤教育」であると認定した。
■なんと、「日勤教育」」のあいだは、月額10万円の乗務手当が支給されないし、終了の判断が区長の裁量にまされているため、本人には、いつおわるのかわからないのだという。これは無間地獄だろう。ひどいはなしだ。■自殺者以外にも、このイジメ的制裁には、くるしめられている運転士がたくさんいるらしく、兵庫県弁護士会は昨年、「約1カ月間花壇の草むしりや就業規則の書き写しをさせられた運転士から人権救済の申し立てを受け、JR西日本神戸支社に人権侵害行為をしないよう勧告をしている」とか。■事故は、そういった、内外からの批判をずっと放置したJR西日本首脳部の責任問題だということは、ほぼ確実だ。■社長ら、首脳陣が、「これほどの大惨事がおきた以上、引責辞任はまぬがれない」とのべたそうだが、なにもことの本質がわかっていないようだ。大惨事がおきた結果責任をとらされるといった、ひとごとではなくて、安全管理体制自体が破綻したいた、その管理責任なんだよ。人命軽というほかない、速度優先を一向にあらためなかったね。
■自殺した運転士の親御さんは、「大きく遅れた運転士には『やってしまった』という気持ちがあったのでは。おどおどした気持ちでなく、安全運転に専念できる職場環境が必要だ」とはなしているそうだが、当然すぎる指摘だ。こんな当然のことが、すっとんでいた現場こそ、「狂気のさた」だったという現実を、深刻にふりかえらねば、運転士をふくめた犠牲者100余名のいのちは、うかばれない。

■もちろん、こういった「狂気のさた」が維持された構造的要因がある。
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 ……運転士が急いだとみられるもう一つの理由が、JR西日本の社員が「曲芸的」ともいう過密なダイヤだった。
 事故を起こした快速電車が向かっていた同線の尼崎駅は、97年に開通した東西線(京都?尼崎)や神戸線(東海道、山陽線)との乗り継ぎ駅。ラッシュ時には3?5分間隔で、宝塚?大阪間は快速で23分。一方、競合する阪急宝塚線は快速急行で30分かかる。この7分の差が利用客への売りだ。
 しかも、尼崎駅で神戸、京都、京橋などの各駅に向かう電車に乗り換えることができる。神戸方面から走ってくる電車と、宝塚線の電車が並行して走ってきて同時にホームに入るという光景も珍しくない。
 こうしたガラス細工のようなダイヤを維持するため、宝塚駅では乗客が電車を乗り降りする時間が15秒しかないケースもある。運転士から「短すぎる」という声が上がっていた。尼崎駅でも同じホームに発着する神戸線や東西線の電車との乗り換え時間が30秒程度しかない時間帯がある。1本の電車に少しの遅れが出ると、接続する他線の列車にも少なからず影響がでるため、運転士のプレッシャーは大きい。
 「ライバル社に輸送力で上回るためには、1秒の遅れも許さない雰囲気が社内にあった」という社員もいる。
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■これは、そういった のりつぎをしてでも、はやく着実に目的地につきたがる利用者、そして旧国鉄を「合理化」するために、分割民営化することが不可避とした、当時の政策が、共犯的にもたらした事態だろう。■ほかの地域は、首都圏もふくめて、ここまで競合する路線はすくないだろうが、程度の差はあれ「狂気のさた」が大都市部を中心に恒常化していることに、おもいをいたすべきではないか? ■そして、高速化とガラス細工的ダイヤという事態は、こと新幹線だけにいえるのではなくて、大都市部の「競争」的空間で、ごく普通におきているという構造全体をだ。そういえば、新幹線の高速化や時間厳守体制も、航空各社との集客競争と無縁ではなかったね。一見、独占企業的にうつるけど。■くりかえしになるが、ことはJR西日本にかぎられた はなしじゃないはず。新幹線の運転士も1分以上おくれると再教育ときいたことがあるけど、これがJR西日本だけどは、おもえないからね。すくなくとも「本州」の太平洋がわ一帯で全国的にみられる構造なんじゃ?
■その意味でいえば、競合する他社線がほとんどない、ハラナの居住地の地下鉄と某私鉄は、安全第一でいいのかもね(笑)。

■「せまい日本、そんなにいそいで、どこにいく」という、コピーが むかしあった。■数学者が、「面積がせまくても、移動時間がみじかいとはかぎらない」として、正方形や円と、ながい長方形や楕円を比較して、ツッコミをいれていたが、南米のチリならともかくとして、世界標準でいえば、やっぱり「日本列島はせまい」でしょ。「なんのために、いそいでいるのか」「なんのために、時間をケチケチつかおうとするのか」、人生の意味をふくめて、再考する必要があるよね。「あなたの日常・人生は、そんなに濃厚で高価値なものですか?」って(笑)。
 
■ちなみに、きょうの『朝日新聞』の社説「脱線事故 運転士が背負う重荷」に、きのうの「時時刻刻」を要約したような文章がのっている。■まあ、こういった大惨事である以上、当然といえば当然だが、日経社説(04/26)読売社説(04/29)、産経社説(04/2604/27)もそろって、安全第一をないがしろにしたJR西日本の批判しているというのは、ことの重大さをしめしているといえるだろう。