■大学・学部の紀要ってのは、基本的には学会誌のミニチュア版だから、ツマランものが大半だ(笑)。しかし、なかには、一般読者むけ評論誌として 市販されているものもある。■たとえば、神奈川大学の『神奈川大学評論』とか、カルチュラル・スタディーズ的な名古屋学の特集をくんだりする 中部大学 国際人間学研究所編の『アリーナ〈2004〉 武者小路公秀の仕事』,『同 第2号(2005)』などがある。■また、市販こそされていないが、あきらかに一般読者を想定したものとしては、以前「スポーツからみた日本社会」で紹介した、『龍谷大学 社会学部ジャーナル RON RON(龍論)』 (journal@rnoc.fks.ryukoku.ac.jp)とか。
■今回とりあげるのは、京都精華大学 情報館=いわゆる大学図書館/アーカイブ発行の 『木野評論』(青幻社)、36号 「愛についての21の議論」所収の、マンガ、さそうあきら 作「芥の歌」。
■ハラナは 最近ほとんど マンガをよまないので しらなかったが、さそうあきら さんてのは、有名な作家らしい。が、『木野評論』をだしている、京都精華大学には、マンガ学部ってのが、新設されて、さそう さん、2006年度からは、助教授として赴任されるそうな。■竹宮惠子 御大もいらっしゃる学部だし、竹宮先生、36号 「愛についての21の議論」は、編集にもだいぶかかわれているようなので、当然か?
■反則覚悟で、スジを 少々あかしてしまうと、主人公は、30前後とおもわれる主婦。夫は、工場経営者だが うまくいかず、かなりの借金を 高利がし(=暴力団系らしい)から しており、そのツケをはらうために、産廃業者の 一時あずかりのような過程を になわされている。工場の敷地は、そういったゴミで 山積み状態にある。■もちろん、そういった程度で、借金がへるわけでもなく、主人公は 夫に内緒で、高利がしの社長から、売春客のあっせんをうけている。焼け石に水なのだが。 ■主人公は、もと暴走族だったらしく、産廃トラックの運転手として でいりしている業者の ひとりは、「族」時代の後輩だった。彼女の、もと なかまは、シンナー中毒などで、歯がとけていたり、クロかったりするものが、たくさんいた。でいりのトラック運転手の女性も、そうだった。■主人公の夫は、主人公を「族」から、あしぬけさせた「恩人」で、主人公は、夫をやさしいひとと位置づけている。しかし、現実には、妻子に毎日のように なぐる/けるの暴行をくりかえす、典型的な暴力依存症の人物だ。
■ゴミ処理には、コロンビア出身の労働者夫妻(夫は、故国では音楽教師)がやとわれているが、主人公の夫は、よわみにつけこみ、労働者の妻にゴミ置き場でのセックスを強要し、しかも、彼女にも暴力をふるいつづける。■主人公の夫には、多額の生命保険がかけられており、主人公の夫は、高利がしから、「死んでくれ」と、せまられて……。
■舞台は、東京西部の奥多摩となっているが、実話が素材らしい。■いたたまれない。そして、みもフタもない構造だが、事実として、日本中ににたような状況がころがり、くりかえされていても フシギでない。■そこには、産廃問題があり、労働移民問題があり、金融のウラ社会がある。全部、日本の資本主義体制が、「必要悪」として、かかえているものばかりだ。■日本人の中産階級は、すべて こういった構造のうえに その幸福が きずかれていると、いうことだ。
■ハラナは、マンガに くわしくないが、さそう さん、あんまり 絵は うまくないいんじゃないか? ただ、説得力がある。そして、人間のさが、というか、かなしみを、実に うまく とらえている。■これが、「愛」をかたる特集号に おさめられているのは、痛烈な皮肉かもしれない。しかし、コロンビア人男性が 主人公の女性を純粋に愛していたことは、唯一 すくいかもしれない。最後になりひびく、男性が ゴミ集積場で ひく ピアノの 賛美歌は、さぞや うつくしかっただろう。


■そういえば、マンガとは 直接関係ないが、この号には、きのう とりあげた 倉本智明さんの「美形と障害とフェティシズム」って、いかしたエッセイも あわせてよめる。■もちろん、障害学への すぐれた紹介文にもなっている。