真田信治/庄司博史(編集)『事典 日本の多言語社会〔岩波書店〕が、刊行された。
■これまでにも 言語学関係の事典/辞典は、たくさんあった。■たとえば、現在市販されている=購入可能な事典/辞典を順不同で列挙していくだけでも、小池生夫 ほか編『応用言語学事典
〔研究社〕とか、「言語学」『MSN エンカルタ 百科事典』,デイヴィッド クリスタル 『言語学百科事典〔大修館書店〕,安藤貞雄ほか『言語学・英語学小事典〔北星堂書店〕亀井孝ほか編『言語学大辞典』〔1?6巻+別巻,三省堂〕,A.マルティネ編『言語学事典―現代言語学-基本概念51章〔大修館書店〕J.デュボワ『ラルース言語学用語辞典』〔大修館書店〕,ジャック・リチャーズ『ロングマン 応用言語学用語辞典〔南雲堂〕亀井孝ほか『言語学大辞典セレクション 日本列島の言語』〔三省堂〕安井稔 編『新言語学辞典 改訂増補版』〔研究社〕,日本語教育学会 編『新版 日本語教育事典〔大修館書店〕 といった感じ。
■しかし、応用言語学系の一部の項目をのぞいては、社会言語学的な視座から 日本列島の多言語性を正面にすえた 事典は、なかったはずだ。 
■日本列島上の方言分布、アイヌ語/琉球列島の言語についての本や事典類は、おびただしくあったが、多言語性については、日本語教育関係者とか、沖縄問題、アイヌ問題など 少数民族問題にとりくむひとびとによる、個別の議論が、ほとんどだった。比較的、網羅的に多言語性を教科書問題としてスケッチしたものとしては、ましこ・ひでのり『イデオロギーとしての「日本」』(三元社)などがあるし、沖縄問題にしぼりこんだ力作としては、先日紹介した藤澤健一『沖縄/教育権力の現代史』(社会思想社)があるが、いずれも社会言語学の 業績とはいいがたい。■三元社社会言語学系の雑誌『ことばと社会』が、特集をくんだなかに、日本列島の多言語性をとりあげる論考はおおいし、「多言語社会ニッポン」という連載コラムで、日本手話とかアイヌ語朝鮮語/韓国語沖縄語などが とりあげられきたし、日本の多言語性をうたう企画もあったけどね(『世界の言語政策―多言語社会と日本』『世界の言語政策―多言語社会と日本』『多言語社会がやってきた―世界の言語政策Q&A)』,いずれも 河原俊昭 ほか,くろしお出版)。■三元社を例外とすれば、むしろ 日本の多言語性を 妙に強調しない本の方が かえって 内実をもっていたりする。たとえば,山本 真弓/木村護郎クリストフ/臼井裕之 『言語的近代を超えて―“多言語状況”を生きるために』(明石書店)みたいな本とかね。
■その意味で 本書は、表題どおり 「多言語社会」日本を 正面からすえた はじめての「事典」だ。百科事典的な「よむ事典」という意味でもね。■出版社の岩波書店の宣伝文を転載させてもらおう。

近年日本では,外国人住民や観光客の増加によって街角の言語表示や,メディア・情報サービスが大きく様変わりしている.一方,日本固有の言語や方言を見直す動きも強まっている.これら多様な日本語と外国語が織り成す現代日本の社会状況を,151のキーワードを通して浮き彫りにし,豊かな多文化共生社会への道筋を展望する.

■なんか、保守的なオジサンの感覚を シッポとして ひきずっている感じがするが、ゆるそう
(笑)。ハード・カバーをおおっている、カバー うちがわの紹介文も、大体同趣旨だが、だいぶマシか。

「単一言語・単一民族」といわれてきた日本でも,外国人移住者や観光客の急増によって,街角の言語表示や外国人向けの情報サービスは大きく変化してきた.また,方言など日本語の多様性を尊重する動きや,「日本語」という枠組みの自明性を問いなおす研究も増えている.これら現代日本の社会と言語の現在を様々な角度から浮き彫りにし,母語によって理解・表現する権利と,言語を通して社会にアクセスする権利という両面から,豊かな多言語・多文化社会の構築への道筋を展望する.

■しかし、おびコピーの方が、ずっと内容を正確に反映しているようにおもう。

◆言語政策や社会言語学の基本的なキーワードをわかりやすく解説
◆外国人や日本語教育に関する地域・学校・企業の現況や,国・自治体の施策を多面的に説明
◆在日外国人コミュニティやマイノリティの現状・課題を提示
◆バラエティに富んだ国内外のさまざまな日本語の世界を紹介


■ま、これで 本書の性格の 8わりぐらいは、カバーできているんじゃないか? *


* 社会言語学関連の文章をよみなれていないと、あるいは、国際労働移動とか移民研究、など経済学や社会学の近年の動向をおっていないと、うえの 岩波の2種の宣伝文の よしあしが よくわからないとおもう。■ひとことでいうと、おびコピーは、おもてむき 政治性をまったくおびていない。しかし、わかるひとには 充分わかる。そして、わからないひとにも、とっかかりとして、非常にすぐれた紹介となっている。■しかし、うえの ふたつの紹介文は、現代日本という社会の変動が めだって、それに対応して、言語サービスとか、日本語の多様性への関心がたかまったかのように、よめてしまう。■実際には、新聞など 大規模媒体が 特集記事とかを くむようになったとか、文科省あたりが いろいろな施策をうつようになって、なにやら あたらしいことが おきているように うつっているだけだ。■歴史的実態としては、外国人居留地の開設以来の 漢民族の 移民・定住にはじまり、日清戦争後の 朝鮮半島/台湾からの 労働力移動と定住、戦後の フィリピン/ベトナム/イランなどからの 移民、など、一貫して 日本は外国人労働力や難民をうけいれてきた。少数であり、欧米先進国とは比較にならない質/量ではあったが。■そのなかでも、突出していたのは、人口の1%は しめると推定される、朝鮮半島出身者と その子孫たち定住者だ。もちろん、横浜中華街とか神戸の南京町長崎新地中華街といった、漢民族の集住地や、沖縄・奄美出身者の集住地などの人口も無視できない。最近でこそ、周囲との区別つきにくくなったが、30年ぐらいまえまでは、みな「移民」的な色彩がのこっていた。■人口的には 微々たるものでも、西南日本に点在する 陶工の町のおおくが、秀吉らの朝鮮侵略時に強制連行されてきた職人たちの子孫であるといった経緯も、文化的には無視できまい。
■このように 日本列島上をみてくると、実は、「留学生10万人計画」とか、1990年代初頭にjはじまった、入管法改正による 日系南米人の大量流入といった、近年の状況の まえに かなり ながい前史があり、「外国人」ないし、「ヤマト系市民」とはいいがたい層が、ずっと定住をくりかえしてきたのだ。■その意味では、「近年日本では,外国人住民や観光客の増加によって街角の言語表示や,メディア・情報サービスが大きく様変わりしている」といった説明のしかたは、事実誤認をしているか、すくなくとも読者に誤認させてしまうという危険性に鈍感な点で、非常にこまったさんの作文だ。■また、「「単一言語・単一民族」といわれてきた日本でも,外国人移住者や観光客の急増によって,街角の言語表示や外国人向けの情報サービスは大きく変化してきた」という作文は、かなりマシにみえるが、単に「「単一言語・単一民族」といわれてきた」、「」をつけることで、「単一言語・単一民族という認識が神話であることには、自覚はあるよ」「問題の所在には きづいているよ」という、アリバイ的なポーズをつけて、きどっているだけだ。■「以前も、めだたなかっただけで、実は 点在というかたちであれ、ずっと遍在してきた 多言語空間」について、大して問題を感じない当事者であったこと、そういった経緯をわすれていることなど、作文者自身の 鈍感さが、バレてしまっているという自覚が全然ない。ま、ないから、こんな はずかしい作文ができるんだが(笑)。
■このように、分析・批判をくわえていくと、まえの2種類の宣伝文は、カッコつけようと、経緯をかきこんで、本書誕生の必然性=政治性をうたったがために、馬脚があらわれてしまった典型例。■それに対して、簡潔な おびコピーは、なにも かたらないがゆえに、おくぶかい配慮が すけてみえる紹介という、好対照となっている。
■ただ、2つめの宣伝文の後半の「これら現代日本の社会と言語の現在を様々な角度から浮き彫りにし,母語によって理解・表現する権利と,言語を通して社会にアクセスする権利という両面から,豊かな多言語・多文化社会の構築への道筋を展望する」ってまとめは、うまい。■「母語によって理解・表現する権利と,言語を通して社会にアクセスする権利」ってのは、いわゆる「言語権」という概念の解説だし。

■ちまちました、業績主義にこりかたまった 自称「社会言語学的実証研究」が はびこるなか、方法論的に 戦闘的な 層もふくめて、社会言語学周辺の 執筆陣がそろった感じ。■うえにあげた、社会言語学系の雑誌『ことばと社会』の 編集委員も数名くわわっているし、編者の おふたりは、関西の社会言語学を代表する人物だし、『ことばと社会』の 編集母体である 多言語社会研究会を東日本の先端部分とするなら、編者おふたりは、関西系の最先端組織多言語化現象研究会の首脳部。

■民族語の継承機関や民族系メディアの動向や、災害時の情報提供/交換や医療/司法関係の通訳など緊急時の諸問題/施策などは、もちろんのこと、日本手話点字といった 通常、福祉関係者でないと あまりふれない諸媒体についての情報など、さまざまな情報が えられる。■索引で おもしろそうな項目をひろっていってもいいし、目次の7つの大項目にそって、順によんでいくことで、その分野の体系的・総合的な知識をえることもできる。いわゆる社会言語学のテキストを最初からよむという、苦痛になりがちな作業をするよりも、この方が自然かつラクに 社会言語学の具体的理念がわかるかもしれない。■社会言語学、日本語教育関係者はもちろんのこと、教育学/社会学/民族学周辺の関係者や中学高校の先生方も、職場に1冊の必携文献だとおもう。

■なお、本書と関連するサイトとして、リンク集にもあげてある、「弘前大学人文学部 社会言語学研究室」には、「「やさしい日本語」を用いた減災研究」といった、災害時の 外国人などへの情報提供についての、実践的なとりくみのページなどが、よめる。■まさに、応用言語学的研究といえるだろう。