■社会学者 新崎盛暉〔あさらき・もりてる〕さんの『未完の沖縄闘争 沖縄同時代史 別巻●1962?1972凱風社が、ことし はじめにでている。■「沖縄同時代史 別巻」とあるとおり、新崎さんは 凱風社から、「沖縄同時代史」 シリーズ全10巻を刊行してきた。それらがカバーするのは、1973?2003年という、「沖縄返還」の翌年から約30年間。■本書は、その前史にあたる、1962?72年という 約10年間、つまり「復帰運動」「ベトナム戦争」のまっただなかがカバーされている。 
■新崎さんが「沖大存続闘争」にかかわり沖縄にわたって沖縄大学で先生をはじめるのが1974年だから、調査で一時的に渡沖したとき以外、基本的に東京にくらし、東京から琉日関係=安保体制を批判的に位置づける作業を くりかえしていた時期にあたる。新崎さんが、東京都の職員と二足わらじで、英文学者中野好夫主催の沖縄資料センターで主任研究員として すごした時期である。■新崎さんについては、以前「沖縄戦60年=2世代の意味」,「日米地位協定と沖縄 3」などでもふれたが、1936年東京のおうまれ、2度も沖縄大の学長をつとめたが、いまは名誉教授として、ごくわずかのコマをおしえているだけのはずだ。■東京うまれだが、「新崎」姓は 沖縄独自のもので、新崎さんは「2世」である。ただ、大学卒業後も30代後半まで東京ぐらしをされていたから、沖縄口は第一言語ではない。

■それはともかく、「未完の沖縄闘争」という表題は なにを意味するかといえば、新崎さんご本人が、「はじめに」の後半の方でおかきのとおり、「平和を求め、自治(自己決定権の獲得)をめざす沖縄闘争は、いまなお続いている」という認識にたつからだ。■「沖縄で、自己決定権の行使としての住民投票が実現したのは」、「沖縄返還」から「四半世紀が過ぎた、97年の名護市民投票によってであった」が、「市民投票を実施した市長自身が、市民投票に法的拘束力は無い、として、市民の意思を無視」してしまうという、事態として、みをむすばなかった。■だからこそ、「沖縄闘争」は「未完」なのだ。
■本書には、当時かかれた文章の解題にあたるような みじかい補足が つけられている。当時の事情をそれなりにしっている読者にとっては、非常に便利な解説となるだろう。■そして、各章をざっとよんで読者が感じるのは、おそらく 既視感だろう。もちろん、30年以上もまえの 沖縄の状況をおぼえていて、その記憶との比較で 「どこかで経験した感覚」をおぼえるなど、ごくごく わずかな層にしかありえない心理状態のはずだ。■なぜなら、沖縄の住民は 日本の1%程度であり、かつ30年以上もまえの 沖縄の状況をよくおぼえているのは、40代後半以降の世代だからだ。■そうである。実は、解説文をかいている 屋嘉比 収
〔やかび・おさむ〕さんも指摘するとおり、日米両政府の沖縄対策が、基本的に変質していないのだ。徹底的に沖縄を軍事利用するために、買弁勢力をだきこみ、弱者を抑圧し、なんらかの 方針転換は、現地の意向など無視して、完全に「あたまごし」にすすめてしまう……。という、基本姿勢が まったくといっていいほど、かわっていない。■もちろん、「沖縄返還」をさかいに、施政権がきりかわり、もちろん法体系も一応かわったのだが、日米地位協定や軍用地特別措置法といった法制度の実質的な適用/運用という次元では、基本的構図は ほとんどかわっていないのだ。■屋嘉比さんも 指摘していることだが、新崎さんの視座と見解が、現在まで みごとに一貫していて ブレをみせないのも、実は、琉米日3極の関係性が、ずっと基本構図として変動しなかったという、おそるべき歴史的経緯の反映でもあるのだ。■新崎さんが40年ものあいだ、ブレずにいるという驚異的な状況は、新崎さんが エラいのではないくて〔いや、実際、軍事基地反対運動や、石油備蓄基地反対運動など、その ガンコぶりは、実にエラいのだけれど〕、日米両政府の 異様なばかりの 植民地主義の 持続力の もたらした必然なのだ。* 
* 普天間基地返還問題についての迷走状況については、先日かいた文章、およびそこで紹介した「沖縄・辺野古海上基地の問題を中心に maxi's_page」の最近の記事を理解するためにも、「SACOって知ってる?」「SACOは米軍の強化策」「1966年からの米軍計画」といった歴史的経緯をおさえる必要がある。■また、これのら解説記事を理解する基礎知識としては、Wikipedia「普天間基地」「嘉手納基地」「アメリカ海兵隊」「日米地位協定」「日米安保条約」など、参照。■また、リンク集にもおさめてある、「日本国民に告ぐ。沖縄県民斯く戦えり」や「沖縄通信」も、非常に こいサイトである。


■もちろん、新崎さんも積極的に運動してきた 反基地/反戦闘争は、すこしずつ事態をかえてきている。40年まえ、30年まえと、状況が全然かわっていないということはない。米兵による殺傷事件なども、以前よりは激減しているなどね。■しかし、沖縄国際大学に米軍ヘリが墜落するといった事件が発生すると、既視感をおぼえるほど、本質は、ほとんどかわっていないことが、あらわになるのだ。■その意味で、普天間基地の返還問題が 日米政府間で合意がとれたといった新聞・テレビなどの報道も、結局は「現地住民の アタマごし」という本性が むきだしになったわけであり、新崎さんの時事評論の しめくくりともいうべき本書が、「未完の沖縄闘争」であるという意味は、非常におもたい。

■本書は、冒頭でものべたとおり、ベトナム戦争当時と 完全にかぶっている。当時、沖縄は、大型爆撃機B52による「北爆」の出撃基地として、「悪魔の島」と、ベトナムからよばれていた。■沖縄で、農地をとりあげられるなど、失業状態だった ひとびとのおおくは、米軍の したばたらきとしての、軍作業やサービス労働に従事していたが、その相当部分が、反戦運動の一環としてストライキに参加するなど、すさまじい状況が展開されていた。クビきりの不安におののきながら、事実上職場の縮小をもたらすような反戦闘争というのは、かんがえただけでも、すごいことがわかるだろう。■是非、遠藤聡『ベトナム戦争を考える』〔明石書店,pp.148-56〕などと あわせて よむことを、おすすめする。 ■もちろん、Amazonに直接アクセスできるよう リンクした両脇の欄のうち、ほぼ固定化された みぎがわは、日米両国民の無自覚な植民地主義をうつ労作ばかりで、ハラナの イチおし文献集である。