■酒井 順子 『負け犬の遠吠え』(講談社2003年)についての、ある書評。
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悪趣味なコピーセンス Date:2005-11-04
おすすめ度: ★★☆☆☆
確かにキャッチーなタイトルで、実際読んでみれば痛快です。
酒井氏超一流のユーモアとペーソスが漂っています。
しかし、酒井氏の大胆なターゲット設定の結果、「三十台未婚女性」たちが、毎日毎日電車の中吊りや書店で「三十台 未婚 女性 負け犬」という、決して気持ちの良くないコピーを見せ付けられるのです。そしてその不快感は、この本を実際に読まなければ解消されないのです。
何の落ち度もない人たちに対して、著書を読まない限りつきまとい続ける不快感を与えるような方法で話題をさらい、売上を伸ばす。
確かに巧妙です。しかしそれ以上に悪趣味です。
社会的な問題点を暴くための大胆なレッテル貼り行為なら、まだ人々の利益になるでしょう。しかし、この本の内容に、他人のプライドを犠牲にしてまで売る価値があるとは思えませんでした。

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■「「三十台未婚女性」たちが、毎日毎日電車の中吊りや書店で「三十台 未婚 女性 負け犬」という、決して気持ちの良くないコピーを見せ付けられる」というが、講談社は、刊行後2年ほどたつのに、いまだに そういった広告をうちつづけているのだろうか? ■が、女性らしいこの書評者は、「実際読んでみれば痛快です。酒井氏超一流のユーモアとペーソスが漂っています」と、一応の敬意は評している。しかし、「社会的な問題点を暴くための大胆なレッテル貼り行為」をよみおとして、「人のプライドを犠牲にしてまで売る価値があるとは思え」とまで痛撃する自信が、どこからでてくるのか、理解にくるしむ。
■一転して、ベタぼめ系書評を転載。
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★★★★★見事な補助線としての「負け犬」設定, 2005/5/31
レビュアー: canberraact - このレビュアーについて

本書は「三十歳代以上でかつ未婚の女性」を「負け犬」と総称した上で、その発生要因や行動様式、思考様式について論じたものである。その一方で、婚姻し、子供を出産した女性を「勝ち犬」と称することで、あえて二項対立的な論点を設定している。
さて、この「負け犬」の発生要因として、男性側にある「低方婚」傾向を指摘している。これは、昨今の女性の社会進出と密接な関係があり、それによって、労働市場に進出し、それに伴って経済力を有していることから、結婚することで男性の庇護下に入る必要がそもそもない女性の層が出現したということである。

このことは、逆に言えば、社会経済的地位において男性と同等か、それ以上を有することになるものの、男性側の「低方婚」傾向、すなわち、自分よりも下の社会経済的地位の女性と婚姻する結果、「負け犬」にとって、婚姻することが極めて困難という状況が発生していると指摘している。

著者は、こうした「負け犬」の生活様式を、経済力に裏打ちされた、高い質のものとして認めながらも、婚姻・出産をしていないという、その一点のみにおいて、「負け」と設定しているが、これはあくまでも、こうした分析を可能ならしめるための「補助線」に過ぎないものであることは明白である。

こうした「負け犬」という刺激的な名称をあえて用いた補助線設定は、議論を喚起するための高度な戦略性を帯びたものであるが、これが「補助線」として理解できず、「勝ち・負け」そのものの設定を行っていると誤読する、極めて知能水準の低い読者も大量に発生していることも事実だろう。

しかしながら、こうした誤読を承知の上での問題設定を行うことで、主張の拡散を試みた、著者の高度な戦略については、その軽妙な筆致であればあるほど、逆説的に明らかになるものといえる。こうしたことからも、著者の絶妙なバランス感覚に基づいた論点設定に関して極めて高く評価されるべきである。

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■こむずかしげにかいてらっしゃる、研究者とおぼしき御仁
(笑)。■しかし、「低方婚」とは、酒井さんがズバっといいきるとおり「彼等が唯一、自分より女性の方が高レベルである方が良いと思っている条件が、容姿」。要は、「若い美人をかしずかせたい」という「男尊女卑」的価値観で、以前話題化された「三高」の うらがえし(笑)。酒井さん、この姿勢で「オスの負け犬」をつづけている自業自得オトコを「ジョヒ(=女卑)夫」と、分類(笑)
■重要なのは、「パラサイト・シングル」という、誤解された流行語の命名者、山田昌弘さんが、指摘した構図と、まったくかさなる点。■山田先生、『パラサイトシングルの時代』で、「パラサイト・シングル」の発生要因を、?中産階級に所属する父親と同等の生活程度を提供してくれる男性との結婚で、できれば専業主婦としていきていきたい女性と、?母親と同様に専業主婦として、みのまわりの世話をいっさいきりもりしてくれる女性と結婚したいとのぞむ男性が、?そんな かせぎのおおい 適齢期の男性など、いないという経済構造のもと、双方のミスマッチをおこしている点にもとめていた。■男性が「低方婚」、女性が「上方婚」をのぞむという価値観から解放されないかぎり、「実家」という「衣食住完備」の「パラサイト」状況=「ぬるま湯」から 寒風ふきすさぶ「自活」という選択肢は えらばれないし、そうであるかぎり、「パラサイト・シングル」は へりはしないと。■両親が年金生活者になり、さらには要介護的存在になるまで、「パラサイト」状況がつづきかねない経済=社会構造があるのだと。いってみれば、「自活」していない 「負け犬」とは、「パラサイト・シングル」の女性版なのだ。
■酒井さんは、「ジョヒ夫」が 構造的に「うれのこる」要因として、かせぎが たいしてないのに、わかい女性と結婚したがると、てきびしい。■なまみの女性に興味がなく、「二次元コンプレクス」の世界で充足している「オタ夫」はともかく、「ジョヒ夫」は、30代後半に突入するまえに 自身の価値観のハイリスクぶりを自覚、かつ適切な自己評価をくだせば ほとんど問題解消するはずなのだと、酒井さんはいいたげだ
(笑)

■ともかく、酒井さんの問題設定は、趣味や旅行などに時間・費用をさけるだけの、心身のユトリをかちえた 大都市部の未婚女性に議論をしぼるかぎり、致命的なハズシは、おかしていない。■異性愛者が家庭をきずくという 既存の価値観が まだまだ支配的な現代日本のなかで、未婚であるとか、コドモがいないという条件を「ひけめ」に感じる女性は少数派とはいいがたいし、あわれみや同情をふくめた差別的視線にも ことかかない。■「結婚で勝ち負けは決まらないとおもうわ!」「とムキになる人は、ムキになる時点で既に負けている」という「同類」への批判は、容赦がないが、そうおもわせている「世間」という「包囲網」が、逆に あざやかに うきぼりになるといえよう。

■もし、酒井さんの 議論に限界があるとしたら、大都市部での それなりに やりがいのある職種に ありつけている。心身が基本的に健康で、タフだ。だから、趣味や旅行で「いきぬき」「自己実現」もはかれるといった、めぐまれた条件をそなえていない層には、すくいにならない、という点だろう。■いろいろな事情から、いきぬくことで精一杯という女性たち、大都市のように 未婚者だけでなりたつ「たのしみ」に みちあふれた空間から 縁どおい女性たちには、「負け犬の美学」を追求するという選択肢があたえられていないという、残酷な現実が、陰画として うきあがってくる。
■もうひとつは、既存のセクシュアリティというか、異性愛者の女性性とか趣味を、ともかく自明のものとして、議論をすすめてしまっている点かな? でも、酒井さんは特別な、あるいは少数派の女性を対象にかいているわけではないから、これは、しかたがないだろう。

■ところで、おなじ「負け犬」かもしれない、「サーヤ」が 先日結婚=「あしぬけ」してしまったことで、少々 改訂しないといけなくなったかもね。

■いずれにしても、AMAZON のレビューが、412件は、ちょっと異常人気だね
(笑)。■おちついたら、文庫本にして、老後の貯金をしっかりためてほしい。


■おなじ酒井さんの『少子』(講談社文庫)とか、小倉千加子さんの『結婚の条件』(朝日新聞社)も、おすすめか……。


【関連項目】「森岡正博/荷宮和子新刊