■前便のつづき〔「イランとアメリカの危険な関係」2006年2月14日 田中 宇の、転載後半。太字は、ハラナによる強調部〕。
■ぞっとするような「シナリオ」が、えがかれている。■つねづね「地政学的現実主義」を、 くちにする タカ派勢力。日本軍首脳部は、どう 別のシナリオをえがいているのか、具体的にききたいものだ。■左派ではない、冷徹なナショナリスト 田中さんの観測が、左派や護憲派リベラルの となえる「不安」と、大同小異の結論にたどりつくのが、ひどく皮肉だ。

▼イスラム世界の反米感情を扇動する
 アハマディネジャドは、大統領になるまで海外に行ったことがなかった。そのため、彼の外交政策について欧米の新聞には「世界のことを全く知らず、他国に対して乱暴な発言を繰り返し、自滅に向かっている」と分析されているが、それは間違いである。
 イスラエルや欧米を繰り返し非難するアハマディネジャドの発言は、パレスチナ問題や、アメリカのテロ戦争、イラク占領など、イスラム教徒がひどい目に遭っている現状を見て世界のイスラム教徒が内に秘めている、欧米とイスラエルに対する怒りを扇動して表に出させる効果を持っている。繰り返される発言が無意識に基づいているとは考えにくく、本人もしくは側近の中に、イスラム世界を扇動し、欧米やイスラエルに対する決起を促す国際戦略が存在していると考えるのが自然である。
 アハマディネジャドは「ホロコーストは、シオニストが国際社会で権力を持つために使っている神話である」「イスラエルが、ナチスに弾圧されたユダヤ人のために作られた国家だというなら、それが中東にあるのはおかしい。ナチスは欧州人が起こした問題なのだから、ドイツやオーストリアが自国の州の2つか3つを割譲し、そこにイスラエルを移すべきだ。欧州に土地がないというのなら、欧米全体の責任ということで、カナダ北部やアラスカなど、土地が豊富な場所にイスラエルを移転させればよい」などと発言している。(関連記事その1その2
 これらの発言は欧米から非難・酷評されているが、世界のイスラム教徒の多くからは、喝采を持って受け入れられている。イスラム世界では、ホロコーストを「誇張・歪曲された話」と考えることが広く受け入れられており、1948年の赤十字報告書などを根拠に「ホロコースト自体がなかった」「ナチスドイツは、それほど悪い国ではなかった(戦前の日本と同様、悪い面だけでなく良い面もある国だった)」「アウシュビッツ収容所は巨大な工場で、そこでナチスは、商業の民であるユダヤ人に製造業を教えようとした。全滅させようとはしていない」といった主張も広く出されている。(関連記事

▼ホロコーストの「化けの皮」をはがすイラン
 以前の記事に書いたように、オーストリアやドイツなどの欧州諸国では、ホロコーストを疑問視するだけで犯罪になる立法がなされているので、私は、これらのイスラム教徒の主張に対し、自分がどう考えているかは表明しない。だが、世界の多くのイスラム教徒が、ホロコースト関連の話に対して「インチキさ」を感じ、欧州諸国の立法を「言論弾圧だ」と感じていること自体は、動かせぬ事実である。
 中東の政治家たちの多くも、私的な会話ではホロコーストのインチキさについて雄弁に語るが、欧米の反応を恐れ、公式には決して語らない。アハマディネジャドは、他の政治家が怖くて公式に言えないことを声高に語ることで、イスラム世界での人気を勝ち取ろうとしているように見える。
 イラン政府は昨年11月、欧州の著名なホロコースト・リビジョニストと話し合いの場を持っている。リビジョニストはイラン側に「ホロコーストの事実性の偽造こそが、シオニストのパワーの源なのだから、イスラエルと戦っているイスラム教徒は、従来のようにホロコーストを欧米内部の問題だと無視せず、ホロコーストの化けの皮をはがす努力をした方が良い」とアドバイスしている。アハマディネジャドは「ホロコーストは神話だ」と発言する前にリビジョニストの意見を聞き、周到に理論武装した可能性が高い。彼は、欧米の新聞が書いているような狂信的な愚人ではない。(関連記事
 最近、イスラム世界では、デンマークなどの新聞が掲載した預言者ムハンマドの風刺画に対する怒りが爆発しているが、激しい事態が続くと、欧米が馬鹿にしていたはずのアハマディネジャドの主張の方が説得力があり、ムハンマドを中傷するのは言論の自由なのにホロコーストへの疑問視は違法だとする欧州諸国の方がおかしい、という話になっていきかねない。少なくとも、世界の13億人のイスラム教徒の頭の中では、すでにそういう話になりつつある。
 同時に「イスラエルは400発の核弾頭を持っているのに、イランにはウラン濃縮も許さないのは不公平だ」「イランに圧力をかけるのは、イスラエルに核兵器を破棄させてからにすべきだ」という話にもなっている。(関連記事

▼ドタキャンしてアメリカを怒らせる
 アハマディネジャドが繰り返したイスラエル批判発言に対しては、大使などとして欧州に駐在するイラン外務省の外交官の中から、イランと欧米の関係悪化を危惧する声が出た。大統領になる前から「外務省は欧米にへつらいすぎている」と批判していたアハマディネジャドは、この機会をとらえて、親欧米的な外務省幹部たちを一気にラインから外し、3人の大使を辞めさせ、18人の大使を召還した。核問題でEUと交渉していた担当者も交代させられ、イランは欧米が交渉しにくい国へと一変した。(関連記事
 2006年1月、イランは欧米の反対を押し切って核開発施設の一つを再稼動した。この後、この件についてイランの代表団がウィーンのIAEA本部を訪問し、説明する予定になっていたが、直前になって出席のキャンセルを通告してきた。ドタキャンされた欧米側は怒り出し、米ライス国務長官は「これでイランは外交で問題を解決する気がないことが明らかになった」と、もはや軍事攻撃しか選択肢がないという趣旨の発言をしている。(関連記事
 この一件で、アメリカ側がイランの核施設を空爆する可能性が高まった。ドタキャンしたイラン側は、アメリカの攻撃を誘発したことになる。イランにとって自滅的な行為とも言えるが、アメリカとイランの戦争では、この後で説明するように、意外なことにアメリカの方が負ける可能性が大きい。アハマディネジャドが過激な戦略を採るのは、勝算があってのことであろう。

▼中東の一般市民を動かすアハマディネジャド
 中東の多くの国では、国境も権力者も、欧米によって確立されたものである。エジプトのムバラク大統領と、ヨルダンのハシミテ王家は、アメリカの支援が失われたら政権の座を追われる可能性が高い。サウジアラビアとクウェートの王家も、アメリカの協力なしには国家建設ができなかった。こうした構造があるため、中東では「一般の人々は反欧米だが政権は親欧米」という断絶状態になっていた。従来、民主主義が弱かった中東では、人々が政治権力を持っておらず、人々の反欧米感情は、政治的には無視されてきた
 ところがブッシュ政権が「中東民主化」をやり、イラクやパレスチナ、エジプトなどで選挙が実施された結果、反欧米の勢力が民意を受けて政治権力を持つようになっている。こうした中で、アハマディネジャドは、中東の一般の人々の心に響く直截的な表現で欧米を批判し、人々に支持されている。パレスチナのハマス、エジプトのイスラム同胞団、シリアのアサド、ヨルダンのヒズボラ、イラクのサドルなど、アハマディネジャドと同じ意見の強硬派も増えている。
 事態がこのまま進むと、他の親欧米の権力者たちは、従来のように一般国民の反欧米感情を無視して政権にとどまり続けることができなくなり、反欧米的な発言をせざるを得なくなる。すでにクウェートでは、民主国家でないにもかかわらず、国民の反欧米感情を重視して、最近組閣された新内閣に、従来いなかったイスラム主義者が何人も含まれ、改革派が排除される事態になっている。(関連記事
 このように中東全域で反米感情が高まる中、ブッシュ政権はイランに空爆などの軍事攻撃を加えることを検討していると報じられている。昨年の「6月攻撃説」のように、今年も「空振り」かもしれないが、すでにイランの核問題は国連安保理に上程され、実際の攻撃が行われる可能性は、昨年よりも増している。
 最近「今年3月に、アメリカかイスラエルがイランの核施設に対し、爆撃機による空爆か、ミサイル攻撃を行う」という予測が出ている。3月はイスラエル総選挙の時期であり、イスラエルのリクード右派系の勢力が、選挙で自派を有利にするため、欧米のマスコミを操作し、この予測を流している疑いがある。そのため、3月という時期については怪しいところがあるが、昨今の情勢の流れ方だと、今年から来年にかけてのある時点で、イランへの攻撃が実施される可能性は高い。(関連記事

▼原油は200ドル、中東にビンラディン的な統一国ができる?
 アメリカがイランを攻撃した場合、中東での反米感情はさらに高まり、エジプトやヨルダンで親米政権が転覆される懸念が強まる。イランの前面の海には、世界の石油消費量の25%を載せたタンカーが通航する狭いホルムズ海峡があり、アハマディネジャドは「アメリカ側がイランを攻撃したら、ホルムズ海峡のタンカーを止める」と言っている。海峡が閉鎖されたら、すぐに原油価格は200ドルに達すると予測されている。この動きは、世界経済を破壊しかねない。(関連記事
 米側から攻撃されたイランは、イラクに地上軍を侵攻させ、イラクに駐留する米軍兵士を殺すことをもって「報復」とする可能性がある(イラン軍は越境せず、武器と軍事顧問をイラクの民兵に提供する選択肢もある)。クルド人以外のイラクの民兵は反米だから、彼らの多くはイランを支援する。米軍はイラクで本格的な地上戦に巻き込まれ、イラクからの撤退は中止され、米軍は逆にイラクに増派を迫られ、戦死者が急増する。全中東を敵に回すアメリカは、イラクでの地上戦の激化に耐えられず、おそらく何年かの地上戦の末に、イラクから敗退する。これは、中東におけるアメリカの覇権の終焉となる。
日本の自衛隊も、撤退せずもたもたしていると大戦争に巻き込まれるので、早く帰国した方が良い)
 この戦争が終わるまでには、中東ではいくつかの親米政権が倒れるだろう。反米イスラム主義の政権ができた国どうし、たとえばパレスチナとヨルダンとエジプトが合体し、オサマ・ビンラディンがかねてから目標としていた「イスラム世界を統合するカリフ国家の再建」が進むかもしれないなど、イギリスが100年前に引いた国境線が引き直される。石油価格の高騰は延々と続くだろう
 周囲が敵ばかりになる今後の厳しい状況下で、イスラエルが国家として存続できるかどうかは微妙なところだ。シャロンが始めたパレスチナ側との完全分離が成功するかどうか、成功してもアラブ側からの攻撃をどれだけ避け続けられるか、ということが国家存続可否の分かれ目になる。国家が存続できない場合、イスラエルに住むユダヤ人は、以前のような離散状態に戻るか、もしくはアハマディネジャドの「忠告」にあるように国家の移転先を探すか、という選択肢を迫られる。(関連記事
 アメリカで今年11月に行われる中間選挙で民主党が勝てば、事態が変わるかもしれないと考える人もいるかもしれないが、それは違う。ヒラリー・クリントン、ジョセフ・リーバーマン、ジョン・ケリーなど、民主党の主要政治家は、みんなイランに対して強硬姿勢をとることに大賛成である。
 なぜアメリカが政界全体として自滅的なことをやりたがるのかという理由の分析には、諸説あるかもしれないが、アメリカが中東戦略によって自滅に向かい、世界にとって大変な影響をもたらしそうだという予測は、しだいに確定的なものになりつつあると私は感じている
 アハマディネジャドについては、まだ肝心なことを書いていない。もう今回は大量に書いてしまったので、それは次回に書くことにする。