地震学者村瀬 圭 氏)が、東海地震の予知の可能性に疑義をとなえている。■地震関連のサイトのホームページは「Welcome to The Fractal World ! <地震編>」。■その悲観論を転載する【太字/リンクは、ハラナによる追加】。「公認「地震予知」を疑う」の続編。
--------------------------
宿命的予知困難性(その5:「東海地震」は予知できるか?)
 この場合の予知の可否とは,「警戒宣言」発令の有無である. 結論から言うと,筆者はまったく期待していない
 なお,筆者はここ十数年ほど強化地域内(静岡県中部および神奈川県西部)に住んでいたので,予知成功を多少は期待していたが,最近横浜(強化地域外)に移ったので,もはやどうでもよくなっている.

 「東海地震」は,駿河湾から遠州灘を震源域とするプレート境界型の巨大地震で,一般的には,近い将来の発生が予想されているものを指す.この領域の地震は,前回が1944年東南海地震前々回が1854年安政東海地震,その前が1707年宝永地震と,飛鳥朝の時代より記録が残る典型的な「繰り返し地震」である.繰り返しの周期は100?150年であるが,前回の1944年東南海地震のときに,駿河湾から遠州灘にかけての領域が滑り残ってしまい,「満期」を迎えた状態で今に至るために,いつ地震が起こっても不思議ではないということである.確かに,明治以来の測量記録を見れば,1944年東南海地震で紀伊半島が南東に押し出されているにも関わらず,静岡県中西部は北西に押し込まれ続けており,この領域に歪みが溜まっていることは明白である.したがって,いずれはこの歪みを解放するために地震が起こると考えるのは,自然の成り行きである.これが起これば,M8クラスの巨大地震で,強震動は静岡県中西部を中心として広く周辺地域におよび,大津波を伴う.当然,大変な被害が予想される.

 こういう場合,何らかの対策をとらねばならないと考えるのは人間社会の宿命である.東海地震の場合,発生の数日前に直前予知をすることが可能であるという説があったため,予知により警報を出して人命の損害を最小限に抑えようという対策が中心に据えられた.この警報に当たるものが「警戒宣言」であり,手順や効力などが1978年制定の大規模地震対策特別措置法により定められている.古来,地震学に限らず,研究途上での学説というものは時と共にころころ変わり,それに伴って技術の信頼性も変わる.実際のところ,現在では,東海地震の直前予知が完璧にできると考えている研究者は極少数派である(と言うより,皆無と言った方がよいかも・・・).しかし,法律を変えるのは大変である.つまり面白いことに,現在のところ東海地震の予知は,予知技術ではなく法律(政治的な都合)に基づいて計画されているのである.

 東海地震の予知が可能であるとされる最大の根拠は,1944年東南海地震直前に見られた地殻変動にある.これは,光学式測量機器で検出可能なほどの変化が日単位で進行した顕著な地殻変動で,静岡県掛川市でおこなわれていた測量にかかったものである.地震直前の地殻変動というものは,他地域の地震でもいくつか記録・史料が残されており,比較的よく見られる前兆である.それが東海地域でもあったのだから,次回の東海地震でも同様のものが検出されるはずであり,最新の観測技術をもってすれば,それを見逃すことはあるまいということだ.したがって,判定会の招集基準が歪み計データによるなど,観測の中心は地殻変動観測である.地殻変動は,地殻の挙動を直接的に反映する上に,他の項目(地震活動・電磁気現象等)に比べて"鈍感"なため原因が特定しやすく(当然,多点観測が原則だが),「空振り」の危険も少なくなる利点がある.

 さて,大地震直前に急に地殻変動が現れる原理として,"プレスリップ"というものの存在が挙げられる.地震を起こす断層面は,均質に貼り付いているわけではなく,固着強度にむらがあり,同じ力をかけても最後まで粘る部分と適当に滑ってしまう部分とがある.岩石はわずかではあるが消しゴムのように弾性変形できるので,一部が固定されていても,他の部分は多少動くことが出来るのである.このとき,前者は滑ると強い地震波を生じるが,後者はゆっくり滑るために地震波を出さず,地殻変動が観測されて気付かれる程度である.大地震の断層運動が,このようなゆっくりとした滑りから始まることがあり,これをプレスリップと呼ぶ.そして,最近の観測や理論から解ってきたこととして,これはかなり普遍的な現象といってよいらしい.プレスリップの過程は不可逆的で,理論的にはこれが始まれば確実に大地震に至るらしい.したがって,プレスリップが現れた状態とは,大地震が既に始まっている状態である.この論理からすると,プレスリップを検出することは,大地震の起こり始めを検出することであり,普通に扱われる地震予知(地震が起こる前に予知すること)とは違うので,失敗する可能性は小さい.特に,東海地域では,M8級の巨大地震の震源域の真上で観測ができるので,他の地震(沖合で起こる巨大地震や,直下型のM7級地震)に比べ,はるかに前兆変化を捉えやすいだろうというのが,最近の東海地震予知肯定派の主張である.


 ここで「なるほど」と納得してしまってはいけない.この種の主張は,あくまで行政書類向けのもので,他の研究者の同意を得ようとか,一般市民を納得させようとか,最初から考えていない.予算執行書類に上級官僚の決裁印が押されさえすれば,目的は達せられるのである(多くの場合,上級官僚が専門分野に精通していることはない).計画を出す段階でチェックするシステムもあるのだが,表立って全面的反対意見を述べる者はほとんどいないし(ハンコを上下逆さに押すくらいか),反対者と初めから判っている相手にわざわざ起案書を回す者などいないのは,役人に限ったことではない.結局,こういった書類に求められるものは,学術的に正しいかどうか以上に,文章全体が平易で読みやすく辻褄の合っていることである(それなりに正しくなければならないが,完全に正しくなくてもなんとかなる).したがって,この種の文章は,よく辻褄の合った名文となり,方々で引用されることも多いが,内容の科学的信頼性は別モノと考えた方がよい.

 行政的なことはさておき,上記の論理で東海地震予知が確実にならない学術的な理由は,極めて簡単な話である.まず,今までの地震予知研究において,プレスリップ段階に留意し区別して扱ったことなどない.ここで,プレスリップ段階で見られる前兆現象ならば,地殻変動に限らず,プレスリップと何らかの関係があるとみてよい(でなければ,他の段階でも現れる).そして,確実に地震予知に有効な前兆現象が1つも見つかっていない.つまり,プレスリップ段階で現れる前兆現象も,かなり調査されてきたはずだが,それらで完全には予知ができないことが,既に認められてしまっているわけだ.結局,プレスリップ云々は,従来からある一つの理論の可能性について「強調」しているのみで,新たな見通しを述べたものとはいえないのである.しかも,いくら東海地震が近くて大きく,前兆が観測されやすいとはいえ,折角捉えた大量の前兆現象に100%確実と学界から太鼓判を押されたものなど存在しない.それ以上に,東海地域では,2001年頃より,ゆっくりとした断層運動が続いているが,GPSによってそれが確認されたのは,始まってからかなり経過した後である.さらに,シミュレーションによると,東海地震の広い断層面のうち,どこでプレスリップが生じるかによっては,現在の観測網で有効な観測結果が得られる前に本震が発生することもあるらしい

 そんなものを頼りにしている地震予知体制では,当てにしろと言う方が間違っていると,これは筆者の私見である.

 ところで,最近の地震予知関係者のコメントで多いのは,M7級の地震は技術的に予知できる見込みがないが,M8級の地震のうち東海地震だけは,性質がよく分かっているので,予知できる可能性が高いというものである.
ここで,素朴な疑問があるのだが,東海地震を予知し損なった場合,M7.9と発表されたなら,予知し損なったのは仕方がないと言うことができるだろうか? なお,気象庁のマグニチュードとは,3ヶ所以上の観測点における振幅から推定した値を平均して決めており,各点での値には,かなりばらつきがある.通常でも,±0.2くらいの誤差は付きものである.そのあたりを利用して,無理矢理にM7.9にしてしまい予知失敗を取り繕うなんてことを,まさかしないと思うが・・・.
--------------------------
■地震予知に悲観的な 島村先生が、あしもとのスキャンダルで、当面「おやすみ」だろうからといって、「地震予知関係者」は、こういった悲観論に、有効に反論できるのだろうか? しろうとめには、悲観論の「圧勝」にうつるが。