■前回紹介したとおり、笹原宏之氏が 豊富な実例をあげることで うきぼりにしてくれる「国字」の実態は、その周囲に めをこらすことによって、いろいろな 発見をひきおこしてくれる。■あたかも「俗字/正字」をはっきり区別できる「不磨の大典」かのようにもちだされてきた『康熙字典』の正統性が、あやしげであることはもちろん、漢字擁護論者の主張したがる「正誤判定」「正統性」が ほとんど無根拠であることも わかってきて、タイヘンちからづけられる(笑)
■たとえば、もっとも保守的な漢字擁護論者は、もちろん「正字」以外を俗流とみなすし、ましてや、カナとの「まぜがき」は、みぐるしいかぎりと軽蔑されてきた。■しかし、前回も紹介したとおり、?カタカナによる代行:「会ギ(←議)」「事ム(←務)所」「中の(←野)」〔p.28〕は、ごく普遍的な現実だし、?「文字体系そのものを交替させる」手法:「?右衛門」→「?ヱ門」「エ門」〔p.27〕などにいたっては、かれらが準拠しようとする前近代の「日本語の伝統」の一部なのであった。
■それだけでなく、?「異体字を遣い分ける」例では、「日本永代蔵』巻五には「仏」「佛」が一行の内に両方使われている箇所」があり、これなどは、「用法の違いによる遣い分けという手法をみるよりも、見た目の単調さを打ち壊すための変字〔かえじ〕法という表現技法としてとらえうる」し、「同一発音の語・文字の重出を欠点として避ける決まり」である「同字病」という忌避感覚の伝統の産物らしい。■その意味では、「書簡の宛名に「國立国語研究所」と書くと」「不統一だと思われるのは、近年の感覚である」らしいのだが、こういった指摘は、衝撃をうける層がおおそうだ〔p.41〕。■近世の文書のは、「町」がつづきすぎたから、途中で たてに「田+丁」とかえ、しばらくすると またもどすとか、何度もでてくる「國」のくずしかたをかえるとか、「活字化されると消えてしまうものもあるが」、近代の作家にもひきつがれるような、「同字病」忌避の「異体字」によるユレの伝統が、あったらしい。笹原氏は、「こうした揺れを許さないようになってきた」今日の風潮を、「編集者、校正者、そして著者までが「統一病」に罹ることがある」と皮肉る(笑,p.42)。
■ハラナ自身は、笹原氏にも批判的である。■てがき=肉筆から、急速に電子的な活字化がすすむ現在、てがきだからこそのユレなどを、「同字病」をきらう「嗜〔たしな〕み」などと、シャレこむのは、古典主義的なイヤミにすぎず、それこそ、文化資本の誇示を前提にした序列社会で、復古してほしいなどとは、とてもおもえないからだ。■ただ、「正字をつかえ」だの、「俗字・略字は はずかしい」といった、くだらん圧迫には、自信をもって対抗できそうだ(笑)。

■また、?「異体字を遣い分ける」ではなくて、?てがきに基盤をおくことで、「様々な字体が書かれてきた」し、「転記されるたびに字体が移ろう現象も確認される」「戸籍」簿の現実は、微苦笑を禁じえない。とりわけ、「人」という字の上部にスミが一滴たれて「・+人」が たてに1字化して正式登録されていた事例などは、同情をおぼえる。■戸籍業務が電算化されてひさしいが、肉筆漢字表記を前提にしているかぎり、笹原氏が指摘する「家の習慣や戸籍吏の筆癖」「個人の趣味や誤解、誤記」「婚姻や引越し、電算化などで戸籍が……転記される」といった諸要因が、ユレをなくさせないのである。〔pp.42-3〕

■このようにみてくると、「現在、非常に細かな字形の部分にまで、こだわりを示すケースが見られる」という現象は、総論的には「文字においては、気になったこと、意識化されたものこそが、「問題」とされる」という笹原氏の指摘どおりだろう〔p.43〕。■が、同時に、それは、てがきによって 自生的に多様にバラついていた現実=ユレが、活字イメージによって固定化し、人名・地名を中軸とした命名行為が物象化した、モジ・フェチともいうべき、一種の狂気じみたアイデンティティ/所有欲といえよう。■笹原氏のように、マニアックに漢字の使用動態をおもしろがれるわけではない ハラナとしては、集団神経症にしか みえない。
■たとえば「斉藤」「齋藤」「斎藤」「齊藤」……といった「異体字」への こだわりは、単純に異様な感じしかおぼえない。



【つづく】

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