前回もとりあげたとおり、笹原宏之氏は、漢字にかぎらず、肉筆作業の省力化=省略・変形といった作用以外に、識別目的=衝突/誤解回避のために、画数がふえる事例が意外におおいという事実を例示してくれた。■今回は、それを関連する「装飾や縁起かつぎのための変形〔pp.38-40〕
■笹原氏によれば、?「意図的に字体を美しく、見栄えがするように装飾を施すもの」、?「縁起を担ぐこと意図した異体字」、?「天皇・将軍・祖先・親などの実名に含まれている漢字」をさけるために、「一画減らして書く」といった くふうが、本家の中国大陸から「輸入」したようだ〔pp.38-40〕

■?「装飾」系:「非常に煩雑な形状」の書体(戦国時代)、「再現が難しいほどの独特の字形」(古代中国の)、「字の構成に空白が目立つ場合に……点画を追加する技法」である「補空」と「その逆の技法」。■「中」と「下」をかさねたような字体もあるそうだ〔p.38〕
■?「縁起」系:「鉄」は「金」を「失」うから、縁起がわるいと、旧字体「鐡」をえらんだり、「金」を「矢」で「射止める」といった縁起をかついで「金矢
〔シ:テツとは、よめない〕を あえて えらぶといった意識が実在する〔p.39〕。■「金矢」をえらんだために、「子供が試験で間違えたといった苦情を受けて看板を直したのでかえって出費がかさんだという話もいくつか伝えられている」といった、断言をさけた記述〔同上〕をよまされると、あまりにできすぎたハナシで、一種の「都市伝説」なのではないかとさえ、うたがえてくる(笑)。■しかし、「近鉄本社(上本町駅)や近鉄百貨店などに書かれていた「近鉄」の文字は、1967年3月まで「鉄」を「金」編に「失」でなく「矢」にした物(金矢)にしていた。「金を失う」が「金が矢のように集まる」になるという縁起担ぎが理由であったが、後にその看板を見た小学生が「鉄」の字を間違って覚えてしまうと沿線住民などから指摘され、正式な表記に直している。なお、現在のJR四国を除いたJR各社も同じ様な理由により、ロゴでは「鉄」の字を「金矢」にしている。」〔Wikipedia「近畿日本鉄道」〕とあるので、実話なのだろう。
■また、地名・人名などが、縁起をかついだ「好字」化/「嘉字」化という圧力がかかる傾向は、ずっと以前から指摘されてきたが(たとえば「瑞祥地名」)、結納や商売などでも、当然、「イメージを美化すること」に、漢字表記は利用されてきた。■「するめ」→「寿留女」,「?さんへ ?より」→「?賛江 ?与利」,「くず餅」→「久寿餅」,「豆腐」→「豆富」「豆冨」など。■なにやら、みにつまされる。
■?「タブーとしての欠筆」系:「秀吉」の「吉」を完成させることをはばかって、最後の一画をわざとはぶくとか、「分家だから本家と同じ姓であるがその字体を変える、芸名でも格下だから「澤」ではなく「沢」を用いるといった日本らしい世界も残っている」のだとか
〔p.39〕。■やりきれない気分にさせられる。■「将棋の駒でも「銀」の裏には楷書に近い「」、「歩」の裏には「金」が「」のごとく激しく崩された「と金」があるのも、書体と格を関連づける意識によるもの」という指摘にいたっては、近代にはいっても、依然身分社会のなごりをひきずりつづけるこの列島に、ほとほといやけがさしてくる。■「江戸文字」とよばれる、伝統芸能の種々の墨字書体の意味にもゲンナリさせられる。

■笹原氏は、これらの現象を「ことばの「言霊〔ことだま〕」を感じ、忌みことばがいまだに生き残っていることと同様に、文字には「文字霊」が寓すると信じて、字体に呪術的な作用を求めたものである」と、的確な人類学的、社会心理学的分析をくわえている〔p.39〕。■しかし、ハラナは こういった現象に対して、「おもしろい」というより、おぞましい印象しか おぼえない。
■こういった意識がのこるかぎり、固有名詞関連の漢字表記は、その起源が「かきまちがい」や「カンちがい」にあったにせよ、ともかく「文化継承」という大義名分がおしだされるにちがいない。■それは、とりもなおさず 一種の「物神崇拝」的な こだわりが、まかりとおり、情報伝達のための、そして情報弱者への対応のための 当然の改革さえも、あとまわしにされるだろうから。

【つづく】

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