■沖縄を代表する県紙の双方が、今回の「合意」を批判する社説を掲載している。■予想どおり、きびしい評価。まあ、当然だが。以下『琉球新報』社説〔2006/05/12〕を転載〔リンクは、ハラナがかってにつけている。〕。


普天間移設基本合意・負担軽減にはならない/知事は県民に説明できるか

 米軍 普天間飛行場の移設問題で稲嶺恵一知事と額賀福志郎防衛庁長官が会談し、在日米軍再編で日米両政府が最終合意したキャンプ・シュワブ新沿岸案を基本に協議を進めることで合意して、基本確認書を交わした。
 確認書では、5月1日に日米両政府が承認した政府案を基本に(1)普天間飛行場の危険性の除去(2)周辺住民の生活の安全(3)自然環境の保全(4)普天間飛行場移設事業の実行可能性―に留意して対応することに合意する、とうたわれている。
 確認書を交わした稲嶺知事の姿勢は分かりにくいと言わざるを得ない。これまで、新沿岸案には反対と言い続けてきたからだ。

基地固定化に懸念

 県の姿勢は変わらないとしているものの、確認書は政府案が基本であり、それに署名したのは、稲嶺知事が政府案に歩み寄ったとしか考えられない。新沿岸案の事実上の容認だ。
 これで政府は県からお墨付きを得たと考えるだろう。現に、防衛庁幹部も「沖縄県の事実上の受け入れ表明」と指摘している。
 政府は関係自治体との調整など在日米軍再編を実施する閣議決定に向けた作業に着手する運びだ。
 このまま進めば、普天間飛行場代替施設は政府案に沿って建設され、固定化されてしまう。
 普天間飛行場周辺住民の危険性除去もどういう方法で、いつ実施されるか分からない。これでは、基地からの負担軽減を求めた県民が納得するはずがない

 基本確認書では、日米安全保障協議委員会で承認された政府案を基に、普天間飛行場の危険性の除去や周辺住民の生活の安全などに留意することがうたわれた。
 しかし危険性の除去をどう担保するのか、具体策が見えない。文書そのものもあいまいだし、稲嶺知事、額賀長官とも具体策を明らかにしていない。
 稲嶺知事はこれまで、日米両政府が合意した、いわゆる新沿岸案には反対の考えを示していた。稲嶺知事は、キャンプ・シュワブ沖に代替施設を建設するという「従来案」でなければ、県外移設を求めてきた。さらに基地の固定化を避けるために「代替施設は使用期間を15年に限る」との案も政府に提示してきた。
 日米最終合意では、新沿岸案には使用期限が設定されていない。いわば、米軍が必要なら永続的に使用できる
と言っていい。
 これを裏付けるように、ラムズフェルド米国防長官は最終合意した後の共同記者会見で、「安定的かつ持続可能な米軍の前方展開に基づいて、日米同盟の永続的な能力を確固たるものにするだろう」と述べている。この考えに日本政府も同意している。

退けられてきた知事案

 加えて、最終合意を受けて稲嶺知事は、普天間飛行場周辺の危険性を早期に除去するためと、暫定的にキャンプ・シュワブ陸上部にある兵舎地区にヘリポートを建設する対案を提示した。
 しかし、この対案にも防衛庁内では否定的だ。政府から賛意を得られているわけではない。確認書を交わした額賀長官からも前向きの話はなかった。
 大多数の県民が求めていたのは県外移設だ。それが困難とみて稲嶺知事は緊急措置としてヘリポート建設案を提示した。ただ、その案についても県民は容認しているわけではない。今回の基本確認書は、県内移設で合意したことにほかならない
 一方、政府が想定している危険性の除去は、普天間飛行場の飛行経路の再検討など、従来の対応にとどまるとの見方が強い。
 飛行経路を再検討しても、米軍が守る確約はないし、普天間飛行場周辺住民の安全が100パーセント保証されたわけでもない。
 これまでの経緯をみても、稲嶺知事が求めた案はことごとく退けられてきたことが分かる。
 さらに新沿岸案では大半が海上にはみ出るため、海面を埋め立てなければならない。基本確認書では自然環境の保全も明記された。どうやって環境を保全するのか
、大きな疑問が残る。
 稲嶺知事は、基本確認書に署名したことで方針を変更したことにならないのか。この間の経緯や確認書に署名したことを県民にどう説明するのだろうか。
 県民が納得できる案が提示されなかったら、安易に合意すべきでない。稲嶺知事は態度を明確にし、県民に説明する責任がある。

(5/12 9:42)

--------------------------------
■それにしても、きのう紹介した全国紙との緊張感の差は歴然としていて、いささかゲンナリ。各紙の論説委員とやらの御仁たちは、はたしてめをとおしているのやら。■もっとも、大新聞社のおエラいさんたちは、地方紙なんぞに目はとおさず、せいぜい地方紙と情報を共有する共同通信のみだしをチェックする程度か(笑)。
■まともな理解力をもって、かつああいった社説を平然とかけるなら、神経がくるっているか、新聞社やスポンサーや政府の意向で、自分の良心・直感などものともせずに御用記事がかける官僚タイプのどちらかだろう。■そういった、既存の社会主義体制下の御用新聞のような姿勢をつらぬける言論人だとしたら、隣国の情報統制などをウンヌンする権利などないとおもうが……。■もしそうでないとすれば、「まともな理解力」がないということを意味する。それはそれで、全国紙を代表するたちばになどないことになる。どちらにしても、おそろしい事態だ。■そして、こういった記事を公然とかかせている読者は、その知的緊張度のなさを猛省すべきだろう。


【関連記事】
『沖縄タイムス』社説(2006年5月13日朝刊)[5・15行進]その一歩が築く平和
『沖縄タイムス』社説(2006年5月12日朝刊)[沿岸案基本合意]政府圧力に翻弄されるな
『沖縄タイムス』社説(2006年5月11日朝刊)[県民と米軍基地]地元だけの問題ではない