【つづき】

▼「犯人」ではなく「犯人になりたかった男」

 911の「犯人」を裁く、残る一つの裁判は、アメリカで行われていたザカリアス・ムサウイの裁判である。ムサウイはモロッコ生まれのフランス人で、911直前に、アメリカのフライトスクールで飛行機の操縦を学んでいるときに「ジャンボ機の操縦を学びたい。離着陸の操縦技術は要らない。飛行中の操縦だけを学びたい」と教官に要求したため、テロリストではないかと怪しまれて逮捕され、911犯人の一人として裁判にかけられた。(関連記事

 ムサウイは「死刑を逃れられない以上、イスラム教の英雄的殉教者として死にたい」と考えたらしく「私はアルカイダだ」「この裁判は、アメリカとアルカイダの戦いだ」「私は、911事件で本来、5機目のハイジャック機を操縦してホワイトハウスに突っ込むことになっていた」「自分は、911の次に計画されていたハイジャック計画の主犯になるはずだった」などという発言を、公判のたびに繰り返した。(関連記事その1その2

 結局、裁判官は、ムサウイの数々の主張のうち「私はアルカイダだ」という部分のみを重視し、アルカイダの協力者であるという罪でムサウイを有罪にした。裁判官は、ムサウイが発した他の主張については、真実と考える根拠がないとみなし、取り合わなかった。ムサウイは911の「犯人」ではなく「犯人になりたがった男」となった。(関連記事

 その後、陪審員が量刑を判断し、5月上旬に、ムサウイは死刑ではなく、無期限勾留の終身刑となった。検察側は、ムサウイを死刑にしようとして「911直前にムサウイがFBIに拘束されたとき、間もなくテロが行われるという計画について正直に話していたら、911は防げた」と主張した。だが、当のFBIでは911直前、ムサウイを尋問した係官が上司に「もっと捜査を広げるべきだ」という報告書を出したのに、ワシントンの上層部から拒否されていたことが以前から報じられており、そのことを被告側弁護士から指摘され、検察の主張は崩壊した。(関連記事

 終身刑の判決が出た後、ムサウイは「私が、自分はアルカイダとしてテロを計画していたと発言したのは、てっきり死刑になると思って(英雄になるために)ついたウソの自白でした」と主張し、裁判のやり直しを求めた。裁判の経緯を見てきた人の多くは「やっぱりムサウイの主張はウソだった」と感じただろうが、ムサウイを厳罰に処することが政治的に要求されていた裁判所は、ムサウイの撤回を素直に受け入れるわけにはいかず、ムサウイの申請をすぐに却下した。(関連記事

▼「911の犯人はアルカイダ」はいい加減な話

 結局、アメリカ、ドイツ、スペインのいずれの裁判でも、被告がアルカイダの関係者(同情者)であることは立証できても、911の計画に関与していたことは立証できなかった。

「アルカイダに同情すること自体、十分犯罪的なことだ」と考える人もいるかもしれないが、そうした考えは本末転倒だ。アルカイダが911の犯人であることが立証された上でなら、アルカイダに同情することは犯罪行為かもしれないが、アルカイダが911の犯人ではないとしたら、犯罪視する前提が崩れてしまう。「911の犯人はアルカイダだ」ということは、米当局が主張し、マスコミが「事実」であるかのように報じただけで、立証された「事実」ではない。

 米当局は、911の首謀者としてハリド・シェイク・ムハンマド(Khalid Shaik Mohammed)と、ラムジ・ビンアルシビ(Ramzi bin al-Shibh)という、2人のビンラディンの側近を以前に逮捕し、2人を世界のどこかの米軍基地内などにある秘密の監獄で尋問した結果、911の犯人はアルカイダだということについて立証できるだけの材料を持っていると報じられている。(関連記事

 アメリカ、ドイツ、スペインのいずれの裁判でも、ハリド・シェイクらの証人尋問が要請されているが、米当局は「証人尋問に出すと、アルカイダにしか分からない暗号で、次のテロ計画についての連絡を世界に流す懸念がある」などという理由をつけて、すべて断っている。

 アメリカのマスコミなどでは「ハリド・シェイクを証人として法廷に出しさえすれば、911の犯人がアルカイダであることが世界に証明される」「米当局は、ハリド・シェイクを拷問してしまったので、法廷に出せないのだろう。911の犯人がアルカイダであること自体は、すでに確定している」といった言論が見られる。

 しかし、これもおかしな話である。ハリドシェイクの生死、今どこにいるか、彼が911とどう関与したのかは、匿名情報源に基づいたマスコミの推測報道のみで、事実は分からない。信頼性の低い、いい加減な話だけをもとに「911の犯人はアルカイダだ」と断定することはできない。(関連記事

▼テロ戦争から距離を置き出した欧州諸国

 911後、2004年3月11日にはスペインのマドリードで近郊電車に対する連続爆破テロが起き、05年7月にはロンドンで地下鉄とバスに対する連続爆破テロが起きた。いずれも、発生当初は、当局はアルカイダの仕業だと発表していた。

 しかしスペイン当局は、2年間の捜査を経た後の今年3月、マドリードのテロ事件の犯人組織はアルカイダとは関係ないと判断するに至っている。犯人組織は、地元のイスラム過激派で構成され、彼らがアルカイダの行動から、テロを計画するという発想そのものを考えつくという影響は受けただろうが、アルカイダのメンバーと電話連絡をとったり、資金提供を受けたりした経緯はないとスペイン当局は結論づけている。(関連記事

 その後、イギリス内務省も今年5月、ロンドンの爆破テロ事件は、イギリス内部で生まれたテロ組織による犯行で、ビンラディンから精神的な影響は受けたが、具体的な支援は受けていないという報告書をまとめている。(関連記事

 私はこれまでに、マドリードとロンドンのテロ事件について、一般に報道されていることとは異なる真相がありそうだということを、何回かにわたって書いてきた。当時、私の分析を一蹴して「アルカイダがやったに決まっているじゃないか」と反発してくる人もけっこういた。だが、今考えると、私の分析は、その前の著書「仕組まれた9・11」を含め、アルカイダ犯人説を鵜呑みにしない方がよいという根本的な考え方として、間違っていなかったことになる。(関連記事その1その2その3

 スペインとイギリスの当局が、今春に相次いで「テロはアルカイダと関係ない」と言い出したことには、純粋に犯罪捜査の結論が発せられたのではなく、両国が政治的な意味で、アメリカの「テロ戦争」から一線を画すために発せられた決定だったのではないかという感じもする。

 スペイン当局の場合、911の裁判で被告を有罪に持ち込もうとする努力を放棄した時期と、マドリード爆破テロがアルカイダと関係ないと言い出した時期が、ほとんど重なっている。その点でも、これは捜査上の結論ではなく、政治的な決定であると感じられる。

 アメリカの「テロ戦争」は、テロが起きた国の捜査当局の内部にアメリカの係官が入り込んで国家機密にアクセスし、時には内政干渉的な言動をとることにつながっている。911後しばらくは、各国は覇権国アメリカとの協調関係を重視し、これらのマイナス面に目をつぶっていたが、イラクの泥沼化や、米軍による拷問事件の頻発などを経て「テロ戦争」が失敗の色合いを強めるとともに、アメリカから距離を置く国が増えている。

▼「裸の王様」

「テロの犯人はアルカイダではなさそうだ」という話は「裸の王様」の物語に似ている。王様の周りの人々が「本当は王様は、有能な人にだけ見える服を着ているのではなく、仕立屋に騙されているだけで、裸なのではないか」とうすうす思っても、それを公言すると「王様の服が見えないお前は無能だ」と言われてしまうので、思わないようにしているという状態と似ている。

 日米などのマスコミは「王様は裸だ」と言うことができない。マスコミの人の多くは、そのように考えることを自ら禁じ、思考停止に陥っている。しかし、もはや事態は、王様が裸だということを認知した上で「なぜ王様は裸なのか」「なぜ奇妙な現状に至ったのか」という分析に着手すべき時期に入っている。このままの状態が放置されると「ジャーナリズム」は世界的に自己崩壊しかねない。

 911については「当局が事件の発生を黙認ないし誘発したのなら、その理由は何なのか」「テロ戦争の真の目的は何なのか」「なぜサウジが悪者にされる必要があったのか」「なぜマスコミは、簡単に騙され、いまだに積極的にウソを報じ続けているのか」といった疑問が残っている。「911の犯人はアルカイダではない」ということは、実は911の本質を考える際の入り口にすぎない。

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■「2004年11月はじめに、オサーマ・ビンラーディンが、「モハメド・アタを通じて犯行を指揮した」と、ビデオによって証言した」のは、なぜか?〔「▼「ビンラディンの声」はニセモノ 」〕 ■ブッシュ大統領一族ほか、アメリカ政府首脳となかよし=グルのはずの、サウジ王族がを窮地におとしいれかねない情報宣伝がくりかえされたのはなぜか? ■いくら多極化が多国籍企業とそこへの投資家層にとってこのましいとはいえ、アメリカ帝国の覇権を自壊させるだけではなくて、世界全体を大混乱におとしいれかねない、一連の戦争政策の意図はなにか? ■たしかに、なぞは、ふかまるばかりだ。
■「対米追従一色」の日本の保守勢力の論理は、わかりやすいが(笑)。
■それにしても、こういった日本政府の姿勢を徹底追及しない野党、およびマスメディアは不可解だね。実に。

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