■『田中宇の国際ニュース解説 世界はどう動いているか』の先日の記事の一部転載。■リンクをかってに補足してある。

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つぶされるCIA
2006年5月30日  田中 宇

「ブッシュ政権の中枢で権力を握っている人々は、アメリカの軍事力や経済力を自己破壊させようとする行為を、意図的に続けているのではないか」という印象を、私は毎日アメリカの情勢をウォッチする中で、2003年のイラク侵攻の前後から持っている。
 人間は、個人としては時に自殺をしたくなったりするが、国家という大組織が、自滅的な行為を継続的、組織的に行うなどということは、常識ではあり得ないことである。小規模な独裁国家なら、独裁者の一存で異常な政策がとられることもあるが、アメリカは理性的な政治を行うための諸制度が整った大国家である。一部の高官たちがおかしなことをやっても、議会やマスコミなどが是正に入ると考えるのが自然である。

 そのような常識があるので、私は「自己破壊のように見えて、実は違うのではないか」という自問自答を繰り返しながら、アメリカの動きを見るようにしている。だが、どう見ても自己破壊だと思われる行為を、米政府は軍事、外交、経済の全分野で広範囲に展開しており、もはや破壊行為ではないと考えることの方が難しくなってきた。これまで記事にしたものの一部として、以下のケースがある

・いずれ人権問題になると分かっていたのに、米軍が911後、グアンタナモ基地に、世界各地で捕まえたテロ容疑者を、尋問するためと称して無期限拘束していること。被拘束者を戦争捕虜とみなすなら、ジュネーブ条約に沿って扱わねばならないし、犯罪容疑者とみなすなら、容疑を確定するための裁判をせねばならない。グアンタナモでは、どちらも行われておらず、世界各国の人々の反米感情を煽っている。

イラク占領のやり方として、イラク人をわざと怒らせるような行為を続け、反米のサドル師を支持するイラク人が増える結果を招くと分かっていながら、サドルへの攻撃を繰り返した。アブグレイブ刑務所での拷問写真の流出も起きた。当然の帰結として、イラクの人々は強い反米意識を持つに至り、米軍は占領の泥沼に陥り、撤退不能になった。(関連記事

イラクは大量破壊兵器を持っていないと分かっていながら、大量破壊兵器の保持を理由に、イラクに侵攻し、アメリカの外交的な威信を失墜させた。同様に、イランは核兵器を開発しているという証拠がないのに、イランを攻撃しようとしている。シリアの高官がレバノンのハリリ元首相を殺したという証拠がないのに、ハリリ暗殺を理由にシリアへの攻撃を計画した。いずれも、もしアメリカが攻撃を実施した場合、後から開戦事由はウソだったことがバレて、アメリカの威信がますます失墜することになりかねない。(関連記事

・原油高騰によってロシアのプーチン政権が強化され、中央アジアなどの諸国が「アメリカよりロシアの方が頼れる」と思うようになった今ごろになって、チェイニー副大統領やライス国務長官が、さかんにプーチン批判を繰り返すようになった。プーチンを弱体化させるつもりなら、もっと早い段階で色々できたはずだが、すでにロシア政界の親米派だったオリガルヒー(新興財閥)は、すべてプーチンに退治されてしまっている。今さらの批判は、アメリカへの不信感を強めるだけだ。エネルギー源などの面でロシアとの関係を強化しているドイツなど西欧諸国は、アメリカのロシア敵視政策に冷淡になっている。(関連記事

・イラクなどで軍事費が急拡大する中で、減税を続け、しかも軍事費以外の予算の大盤振る舞いも続いており、財政赤字を故意に増やしている。

・双子の赤字によって、ドルが潜在的に弱体化する中で、本来なら外国勢にドル売りをしないでもらう防御的な政策が採られるべきなのに、米政府はそれとは正反対に、中国に対して人民元切り上げ圧力をかけるなど、アジア諸国にドル離れを促す政策を採っている。このままだとドルはいずれ下落し、基軸通貨としての地位を失う。(関連記事

 このように、アメリカを自壊させているのではないかと思われるブッシュ政権の行為は、経済、外交、軍事という「覇権」を構成する要素として重要な全分野にわたっている。(自滅したがるアメリカ

CIAから国防総省に移った諜報機関の中心

 私が最近、米中枢の自己破壊の動きを感じたのは、CIA長官の人事をめぐってである。5月5日、ホワイトハウスは突然、理由をはっきり述べずにCIAのポーター・ゴス長官の辞任を発表した。そして数日後、ホワイトハウスは後任の長官に、諜報分野の経歴が長い軍人のマイケル・ハイデンを指名した。ハイデンのCIA長官就任は、5月26日に議会上院で承認され、本決まりとなった。(関連記事

 この人事の意味をめぐり、アメリカの報道機関では、スキャンダルがらみであるという解説が流れた。国防総省の下請け発注をめぐってランディ・カニングハムという下院議員が賄賂を受け取ったとされる事件に、CIA高官が絡んでいたことが発覚したので、ゴスはその責任を取らされたのだという説である。しかし、私が見るところ、この説明はポイントを外している。(関連記事

 この人事のポイントは、ハイデンの就任によって、アメリカの主要な8つの諜報機関は、すべて軍人がトップに立ち、事実上、国防総省の傘下に入れられたことである。(関連記事

 敵の動向を探ったり、敵にウソの情報を流したりする諜報活動は、もともと戦争に勝つため、無意味な戦争をしないための、軍事行動の一部である。その意味では、諜報機関が国防総省の傘下にあることはおかしくないのだが、アメリカでは軍隊が政治力を持って軍事政権ができてしまうことが懸念された。

 軍に諜報分析を任せると、将軍たちに都合の良い分析結果がねつ造され、本当は負けているのに勝っているかのような分析が、最高司令官である大統領に流されかねない。このような事態を避けるため、軍隊から自立した諜報機関として、1947年にCIA(中央情報局)が作られ、DIA(国防情報局)など軍の傘下の機関も含め、すべての諜報機関をCIAが統括していた。

 ところがこの体制は、通信の傍受や盗聴などの信号分析が重要になった1970年代ごろから崩れ始めた。新設される信号関連施設のほとんどを国防総省が管轄したからである。そして、911事件の発生を機に、国防総省の政治力が急拡大し、諜報活動の中心は完全に国防総省に移った。(関連記事

▼責任をなすりつけられ「改革」させられるCIA

 以前の記事に書いたとおり、911のテロ事件の発生を許した責任の多くは、国防総省にある。たとえば、ハイジャックされた旅客機を追尾する戦闘機の発進が遅れ、なぜかワシントンDCから非常に遠い基地から戦闘機を飛ばし、ワシントンのすぐ近くにあるアンドリュー基地から戦闘機が飛び立ったのは、国防総省本部に旅客機が突っ込んだ後だった。

(最近、国防総省が発表した911当日のビデオ映像を分析した人々からは、突っ込んだのは旅客機ではなく翼のついたミサイルだったという説が出てきている。国防総省本部では、重要人物の部屋はすべて東側にあり、突っ込まれたのは西側だったことも「自作自演」説を活気づけている)(関連記事

 本来なら、国防総省の責任が問われるところだが、アメリカのマスコミは「CIAがアルカイダの動きをキャッチできなかったのが悪い」という報道に徹し、国防総省の責任はほとんど問われなかった。実はCIAは911の前に、何度かブッシュ大統領に対して「テロが起きそうだ」と報告しているのだが、そのたびにホワイトハウスの国防総省系の勢力(ネオコンなど)から「何日の何時にテロが起きるのかが明確でないと話にならない」などと反論され、軽視されていた。(関連記事

 911後、国防総省は急に権力を拡大したが、軍人の権力が拡大したのではない。米軍の最上層部にいるのは、軍人ではなく、大統領が指名し、議会が承認した文民たちである。ブッシュ政権の文民高官の中で、諜報をいじることに最も積極的だったのが、ウォルフォウィッツ前国防副長官、リビー前副大統領補佐官らの「ネオコン」の人々で、彼らは2003年のイラク侵攻に際して、イラクが本当は持っていなかった大量破壊兵器を「持っている」ことにする歪曲した諜報分析を作り、これをマスコミに大々的に報道させ、イラク侵攻を実現した

 ところがその後、イラク占領が泥沼化し、実はイラクは大量破壊兵器を持っていなかったという事実が確定するに至って、アメリカのマスコミでは「CIAの諜報がしっかりしていたら、イラクが大量破壊兵器に関する間違いは起きなかった」という批判が、またもや出てきた

 イラク侵攻前、CIAは、イラクの大量破壊兵器について「持っていないかもしれない」という分析を出したが、ネオコンは「持っていないかもしれないということは、持っている可能性があるということであり、イラクがアメリカにとって危険な存在であることには変わりない」として「先制攻撃」を主張し、それがブッシュ政権の方針となった

 本当は、CIAの分析が正しく、ネオコンの主張に大間違いがあったのだが、マスコミや議会ではそのような話にはならず、911でもイラクでも失敗したCIAは「改革」が必要だという話になった。(政府機関に対する「改革」が、実はその機関をつぶしたい別の勢力による破壊行為だと感じられるケースは日本にもある)

▼マスコミ操作をめぐる戦い

 アメリカのマスコミが、国防総省のCIA潰しに荷担する結果になったのは、マスコミが「有事」に弱い体質を持っているからだ。アメリカ(や日欧)のマスコミは、平時には「公正な報道」や「社会の木鐸」を重視するが、戦時(有事)になると、この理想は消滅し、代わりに政府の戦争プロパガンダを流すことが「愛国的任務」となる。マスコミの、この二面性は、アメリカでは19世紀末の米西戦争以来続いている。

 国防総省は911以来「テロ戦争」という有事体制を主導している。アメリカのマスコミは、この有事体制下で、国防総省が流してくる情報を鵜呑みにして報じる状態を続けている。イラク侵攻前に、アメリカの主要マスコミが「フセイン政権は大量破壊兵器を持っている(に決まっている)」という間違った報道に走ったのも、その一例である。こうした状況下で、国防総省は、自分たちに向けられるべき911やイラク侵攻での失敗の責任追及の矛先を、CIAに向けさせることに成功した

 CIAも、マスコミ操作のノウハウは持っているが、911とその後のテロ戦争、イラク侵攻などは、すべて国防総省の主導で行われたため、CIAは守勢に立たされ、プロパガンダ戦争において国防総省に破れた。その挙げ句にすべての責任を背負わされ「改革」のメスを入れられることになった。
……
【以下略】
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■以下、田中さんの持論である、世界の多極化による多国籍企業(ユダヤ系もふくめた)のビジネスチャンスの増大と増益をねらった、ネオコンの「反米」的暗躍というシナリオを立証する作業がくりかえされるのだが、割愛。■とりわけ、CIAがどうなるのかといった みとおしとか、暗闘の細部などは、正直興味がわかない。
■それはともかく、ネオコンたちを軸とする、かくれた多極化志向という田中さんの持論を、トンデモ論と一笑に付すひともおおかろうが、実際イラク戦争などでの、アメリカ政府の動向は、理解にくるしむ。■もちろん、岸田秀さんのように、アメリカ建国期のトラウマの「たたり」として、反復神経症的な「正義のおしうり」がやめられないといった、社会心理学的な仮説はなりたたなくもない。しかし、ともかく、アメリカ政府はベトナム戦争での「どろぬま化」の記憶をいかさない悪循環にハマり、しかも現地の混乱しかもたらしていない。■アメリカが破綻し自己崩壊していくのは、かって(それこそ「自己責任」)だし、悪名たかいCIAの解体は世界の平和のためにもよかろうが、それら帝国の自壊作用の まきぞえ/とばっちりを世界がうけるのは、迷惑千万だ。■「自死」をえらぶなら、ほかに迷惑をかけない、ひっそりとした「退場」にしてもらいたい。