■別処珠樹さんの『世界の環境ホット!ニュース』のバックナンバーから転載【リンクは、ハラナによる追加】。■シリーズ第6回。

【シリーズ記事】「転載:枯葉剤機密カルテル1」「」「」「」「



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世界の環境ホットニュース[GEN] 589号 05年06月16日
発行:別処珠樹【転載歓迎】意見・投稿 → ende23@msn.com     
枯葉剤機密カルテル(第6回)       
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枯葉剤機密カルテル           原田 和明

第6回 工場周辺汚染


枯葉剤供給システムも秘密のベールに包まれていますが、枯葉作戦自体も秘密でした。枯葉剤散布部隊の志願兵は次の条件で募集されました。「民間人の服を着て米空軍の標識のついていない飛行機に乗り、捕虜になっても米政府は関知しない。」採用されると自宅に手紙を書くことさえ許さないという徹底ぶりでした。
その上でマクナマラ 米国防長官は「航空機には南ベトナムのマークをつけ、南ベトナム軍将校が表向きの機長として乗り込み・・・作戦への米国の参加は一切公表しないように」と語り、またノルティング駐サイゴン米大使は「使用する化学物質をICC国際監視委員会の査察から隠すために・・・民間貨物であると明記すべき」と進言しています。(中村梧郎 「戦場の枯葉剤」岩波書店1995)

なぜここまで秘密に拘ったのでしょうか? 枯葉作戦 開始直後の1961年11月3日付・米統合参謀本部覚書には「わが国(米国)が化学戦争あるいは生物戦争を行なっているという非難の対象にされないよう注意しなければならない。」(同上)とあります。そのためには供給システムも秘密でなければなりませんし、結果として枯葉剤供給国・企業も批判を免れることができたのです。
イワンワトキンス・ダウ社元幹部の告白は続きます。

オレンジ剤の生産開始当初、我々の製品は品質規格を守れませんでした。しかし、それ以上に問題だったのは米国ダウケミカル社より入手した製法などに関する技術情報に製品の安全性に関する情報が含まれていなかったことでした。
私たちは製品が人体に有害だとは知らされていなかったのです。」

その結果、同社の元従業員にガンが多発していました。ウエリントンのマッシー大学公衆衛生研究センター所長・ピアーズ教授が、元従業員は国平均の2?3倍の罹患率であるとの 調査結果を発表しています。癌死に関しては 国平均に対し、245T工場以外の従業員+24%、245T工場の営繕+46%、245T工場の従業員+69% でした。ピアーズ教授は

「同社がベトナム戦争の間、枯葉剤の供給基地であったことを思い出さなくてはなりません。ベトナムで起きていることはここでも起こりえます。労働省は今回の調査と同様の内容の調査を、工場周辺住民を対象に実施すべきです。しかし、誰もそのような動きをしていません。」

と語りました。これに対し、ダウ・アグロサイエンス社は「今回の研究は発癌リスクが高まっていることを示したものではない」との声明をだしています。ダウの責任者コリンズ博士(疫学)は「枯葉剤 散布者の発癌率は 平均以下で、工場労働者の 発癌率のアップも 統計学上有意な差ではない。」と反論しています。
(2004.10.19ニュージーランドTV放送)

元幹部はさらに次のように語りました。

(枯葉作戦が中止になって)使われずに余ったオレンジ剤は完全にお荷物で、ニュージーランド国内の農場に245T除草剤として再利用され、さらに余った数千トンの化学製品は工場に隣接する実験農場と呼んでいた場所に大きな穴を掘って埋めました。今でもニュープリマス郊外の地下に眠っていると思う。」
(NZ国際ニュースマガジン2001年1月号)

枯葉剤の「実験」のために1967年に購入した「実験農場」は枯葉作戦が中止になると今度は枯葉剤のゴミ捨て場になってしまったのです。イワンワトキンス・ダウ社は 米軍の要求に応えて オレンジ剤成分の生産を急増させました。ところが1970年に枯葉作戦が中止されたので、同社は大量の在庫を抱えて、その処分に苦慮することになったのです。

枯葉作戦中止以降に、ニュージーランド国内で再利用された証拠がありました。1987年の農業省報告に「24Dと245T混合農薬」の取り扱い説明があります。24Dと245T混合農薬とはオレンジ剤に他なりません。

この元幹部の証言について2000年12月にニュージーランド退役軍人協会が調査を要求、野党も厳しく政府を追及しました。政府がイワンワトキンス・ダウ社のオレンジ剤関与の証拠はないとした1990年の調査結果が根底から覆されたのです。
これまで同社は枯葉剤とは無関係としてきた政府は窮地に立たされました。保健省は 工場周辺住民の血中ダイオキシン濃度の測定を発表(2001年2月13日)、工場周辺の土壌調査も7月に行なわれ、9月に調査結果が発表されることになっていました。(NZ国際ニュースマガジン2001年7月号)ところが9月に米国で同時多発テロ事件が発生、国民の関心はイラク戦争へと移っていき、枯葉作戦の追求は忘れられていったのでした。

2005年にイワンワトキンス・ダウ社が24D、245Tで健康被害にあった労働者とその家族に補償するための全国基金設立を拒否したことから同社に抗議のデモ行進が行なわれていますが、大きく取り上げられることはありませんでした
(2005年3月6日グリーンピース・ニュージーランド発表)

1970年代にイワンワトキンス・ダウ社は自社農場に余ったオレンジ剤の成分を埋設したことは元幹部の証言を得る前にわかっていました。1972年には埋設当時の様子が地元タラナキヘラルド新聞に写真付きで掲載されています。さらに工場付近の海岸で 化学物質が入ったドラム缶が 住民に発見されていますが、地元紙は「イワンワトキンス・ダウ社の管理下にあり危険性はない」との同社常務のインタビューを報道していました。無害化しないままに廃棄することの問題は認識されなかったのでしょうか?

実は当時の社内会議でオレンジ剤成分の遺棄について科学者からいくつかの懸念が述べられていました。(国際ニュースマガジン2001年1月号)しかし、それを隠したまま、イワンワトキンス・ダウ社は途中、社名をダウ・アグロサイエンス社と変更しながら245Tの生産を1987年まで続け、他社が枯葉作戦中止(1971年)、イタリアのセベソ事件(1976年)、インドのボパール事件(1984年)を機に245T生産を中止する中にあって、世界で唯一の工場となったのでした。

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■政府や大企業が 権力犯罪をかくすのは普遍的現象だが、「アメリカ同時多発テロ事件(9・11テロ)」は、いかがわしい世界各国政府首脳たちにとって、「めぐみのあめ」だったことは、いなめない。■西太平洋 極西の某国でも、事情はおなじだったが。

■それにしても、毒ガスといい、さまざまな有害物質を世界の権力中枢は地中にえめさせてきたし、それはいまも有害なままうまっているわけだ。■「しらぬが、ホトケ」ってか?