▼国後・択捉を取り戻すことは不可能

 ロシア側は、ソ連崩壊直後の混乱で国力が弱っていた1993年でさえ、国後・択捉の返還については全く応じなかったのだから、その後、経済力や国際政治力が再拡大している今のロシアが4島返還に応じる見込みは全くない。アメリカの覇権の衰退や、エネルギーの需給逼迫とともに、ロシアは今後も強い状態が続くだろう。

 日本が国後・択捉を領土として取り戻すには、自衛隊を出撃させて島を武力で占領するぐらいしか手がないが、ロシアと本気で戦争したら、ロシアの死者100万人に対し、日本の死者が2500万人になるような自殺行為であることは、前回の記事に書いたとおりだ。今の情勢では、国後・択捉を取り戻すことは不可能である。(関連記事

 にもかかわらず、日本政府が4島返還にこだわっているのは、なぜなのだろうか。アメリカが裏から日本政府に冷戦時代と同じ圧力をかけ続けているのか。そうではないだろう。


 すでに書いたように、クリントン時代(1993?2001年)のアメリカは、むしろ日本とロシアが経済関係を強化することを望んでいた。クリントンに比べてロシアへの警戒感が強いブッシュでさえ、ロシアとドイツの「手打ち式」に参列しており、ドイツと同様に日本がロシアとの関係強化を望めば、容認されたはずである。(アメリカの右派マスコミは批判記事を出すだろうが)

「政府が4島返還にこだわるのは、それが日本国民の世論だから」と考える人がいるかもしれないが、これは話の順序が逆である。政府が国民に、国後・択捉の返還が絶望的なこと、ロシアとの関係を正常化すればエネルギー源の確保や北海道の経済再生などの利点が大きいことをきちんと説明すれば、2島返還でも良いという世論が増えるはずである。政府がマスコミを動員して4島返還でなければならないという宣伝をしているから、多くの国民は「そんなもんかな」と思っている。

 どこの国でも、国民の多くは外国の事情には疎いから、外交問題をめぐる世論の多くは、政府の宣伝の方向性によって、いかようにも変わる。政府が「戦争すれば必ず勝つ」と宣伝すれば、好戦的な世論が増えるし「戦争はまずい」と宣伝すれば、外交交渉を好む世論が生まれる。

▼対米従属は官僚の天下

 私が見るところ、日本政府が4島返還にこだわるのは、それを言っている限り、ロシアと和解せずにすみ、日本が外交的にアメリカだけと緊密な関係であり続けられ、対米従属戦略を継続できるからだ。

 日本は、軍事的にアメリカの「核の傘」の下にあり、自衛隊は米軍の一部のように機能しているが、これと同様に、日本は外交的にもアメリカの世界戦略の傘の下にあり、外務省はアメリカ国務省の分室のように機能しようとしてきたのが、戦後日本の対米従属戦略である。戦後しばらくは、アメリカからの圧力で、日本は対米従属を強いられていたかもしれないが、この体制はしだいに日本側にとって、安心できて気楽で心地よいものとなった。

 日本にとって対米従属が安心できる理由の一つは、欧米諸国による謀略が複雑に絡み合う国際政治が、明治維新以来の120年の学習期間しかない日本人にとって不可解なものであり、特に惨敗した第二次大戦後は、自立した外交をやるとまた失敗しそうだという不安があるからだろう。中国やインドなど他のアジア諸国も、これまで欧米が動かしてきた国際政治に首を突っ込むことには慎重である。(関連記事

 この点、ドイツは古くから欧州の謀略政治の中にいたから、冷戦後、自国に対するアメリカからの圧力が弱まった機会をとらえて覇権の復活を目指し、ロシアとの手打ちにも積極的だった。日本はドイツとは逆に、アメリカの傘の下から出ない方が安全だと考え、ロシアとの関係正常化を好まなかった。

 一方、政治家と官僚という日本国内の権力構造から見ると、戦後の対米従属は、官僚がアメリカと直結し、国内政治家の影響力を除外して官僚が外交政策を決定できる体制である。政治家としては、本来は自分たちが持つべき外交権が「対米従属」の名目のもとに官僚に奪われてしまっていることになるが「アメリカの意志」という伝家の宝刀を振り回す官僚系の勢力にはかなわない。

 野心ある政治家としては、内政だけでなく外交でも、自分で考えた戦略や政策を実施したいと考えるのは当然だ。ところが、政治家が外交で独自の活躍をしようとすると、すぐに外務省などから横やりが入る。日露関係では、鈴木宗男氏がその例だ。彼は、北方領土問題に関して「2島返還プラスアルファ」の戦略を提案している。これは、ロシアが認める2島返還をベースにして、日本側の思いも少しはかなうよう、国後・択捉の島の一部、もしくは何らかの追加の権利を、ロシアから日本側に返す方向で話をまとめようとするものだ。

 この案は、問題解決の方法としては現実的なのだが、外務省など日本政府内の対米従属派としては、北方領土問題が解決されると困る。そのため2島プラスアルファの構想は無視されるとともに、鈴木を潰そうとする動きが起こり、鈴木は2002年に汚職の容疑で逮捕されたが、その後保釈され、2005年に衆議院議員として復活した。政界に復帰した鈴木がまずやったことの一つは、外務省に対する反撃としての、国会での厳しい質問だった。(関連記事

▼見ざる、考えざるは続かない

 冷戦後「日本は対米従属一本槍を脱し、ロシアや中国などとの関係を緊密化した方が良いのではないか」という意見が国内で強くなったが、対米従属派の劣勢は、2001年の911事件を機にアメリカが「単独覇権主義」を採ったことによって、見事に挽回された。

「世界最強のアメリカは、対抗してくる者をすべて先制攻撃で潰す」というブッシュの姿勢を見て、日本の対米従属派の人々は「アメリカはいずれイラクや北朝鮮だけでなく、中国やロシアなども全部潰すに違いない。日本は、アメリカとの関係だけを強化し、中国やロシアとは関係しない方がよい」という主張をさかんに行い、マスコミの論調も「日米同盟万歳」的な傾向が強まった。

 これでアメリカのイラク占領やイラン制裁が成功し、単独覇権主義が長期的な戦略として確立していたら、日本にとっても幸せだったのかもしれないが、事態はそうならなかった。アメリカは単独覇権主義を採ったことによって、逆に覇権を失っており、アメリカの覇権失墜の傾向は今後ますます強まりそうである。日本は、どこかの時点で、対米従属戦略を続けられなくなる。

 イラクが大量破壊兵器を持っていないことは侵攻前に指摘されていたし、イランが間もなく核兵器を完成させるという米政府の主張も間違いだということは、欧米の新聞を少し詳しく読めば分かることだった。ブッシュ政権の単独覇権主義は、最初から破綻することを運命づけられていたといっても過言ではない。ブッシュ政権が発するメッセージは、言葉通りに受け取ってはならない何らかの「謀略」であると思われるものが多い。

 だが、私が接した限りでは、外務省など日本の対米従属派の人々は、今もまだブッシュ政権の裏側について全く考えていない。たぶん、ブッシュ政権が提示した「単独覇権主義」が、日本の対米従属路線にとってあまりにも好都合だったので、外務省などは、ブッシュ政権の戦略の裏側を、あえて見ないように、考えないようにしてきたのかもしれない。

 ブッシュ政権の自滅的な単独覇権行動によって、世界中に反米感情が広がっても、日本政府は親米を貫き、マスコミは国民の反米感情を誘発しかねない国際ニュースをカットし、代わりの穴埋め的に、国内の殺人や誘拐事件を長々と報道している。これらも、対米従属を維持するための戦略の一部なのだろうが、その結果、日本人は世界の動きに無知なまま、何の準備もなしに、対米従属をやめて独自の外交戦略をやらねばならない時期を迎えねばならなくなっている。

 石油収入で財政が黒字化したプーチン政権は最近、北方領土の飛行場や道路などの交通基盤にかける政府予算を、従来の20倍に増やすことを決めた。観光業の振興も計画の一つになっており、日本の写真家を北方領土に招いて写真を撮って発表してもらい、日本からの観光客を誘致できないかと考えたりしている。(関連記事

 日本の外務省は、写真家が北方領土に撮影に行くことを禁じたため、計画は頓挫したが、このロシアの動きは、日本がいずれ世界の多極化に対応せざるを得なくなってロシアとの関係も改善することを予期した動きとも思える。国後・択捉は、山と海が迫り、知床半島と似た自然環境にある。日本人が夏休みの旅行先として、世界遺産になった知床を好むのなら、政治環境さえ整えば、国後・択捉にも日本人が大挙してやってくるはずだという読みなのかもしれない。(関連記事

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■前編でちょっとかいた推測がほぼうらづけられた。■可能性が絶望的な「4島返還」という主張は、交渉がすすまないようにしくまれた、必然的な選択だったのだ。

■それにしても、「日本は、軍事的にアメリカの「核の傘」の下にあり、自衛隊は米軍の一部のように機能しているが、これと同様に、日本は外交的にもアメリカの世界戦略の傘の下にあり、外務省はアメリカ国務省の分室のように機能しようとしてきたのが、戦後日本の対米従属戦略である。戦後しばらくは、アメリカからの圧力で、日本は対米従属を強いられていたかもしれないが、この体制はしだいに日本側にとって、安心できて気楽で心地よいものとなった。

 日本にとって対米従属が安心できる理由の一つは、欧米諸国による謀略が複雑に絡み合う国際政治が、明治維新以来の120年の学習期間しかない日本人にとって不可解なものであり、特に惨敗した第二次大戦後は、自立した外交をやるとまた失敗しそうだという不安があるからだろう。中国やインドなど他のアジア諸国も、これまで欧米が動かしてきた国際政治に首を突っ込むことには慎重
……
」というまとめは、すばらしい。

■ただね、アメリカや外務省のおもわく、ロシアに散々利用されそうな状況はよくわかったんだが、「北方四島」はもちろん「二島返還」自体が、まともにかんがえるにあたいする選択肢なのだろうか?

「北方領土」と呼ばれている地域が、「日本固有の領土」であることが自明のことであるようにニュース番組で報じられている現状に対して、先史北方文化研究は、どのような役割を果すことができるのか。
アイヌ民族が日本・ロシア両国に北海道・千島列島・樺太における自治権/財産権を請求する可能性を見据えた研究を希求したい


っていう考古学者の発言に、どう反応するのか?■このての「領土問題」ってのは、本質論をさけた、メンツとか謀略ばかりがめだっていて、全然合理性や大義が感じられんぞ。

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