■まずは、先日の死刑判決の報道を朝日新聞から。

笑う被告、涙の両親 奈良女児殺害判決
2006年09月26日13時10分
 判決が言い渡された瞬間、法廷は一瞬静まり返った。奈良市で04年11月に起きた有山楓(かえで)さん誘拐殺害事件で26日、小林薫被告(37)に言い渡された奈良地裁判決は、検察の求刑通り死刑だった。子どもが犠牲となる犯罪が多発する中、地裁は厳罰を求める両親の感情や世論をくみとった。母親はピンクの布にくるんだ娘の遺影を胸に抱き、父親とともに死刑判決に涙した。

 裁判長が「被告人を死刑に処す」と告げた瞬間、被告席に立つ小林被告は体を動かさず前を向いていた。

 判決の言い渡しが終わると、父親は水色のハンカチで両目をふいて頭を下げた。母親は嗚咽(おえつ)をもらした。

 裁判長が最後に、小林被告に「自分の犯した罪の重大性を真剣に受けとめるようにしてください」と求めると、被告は2度、3度と首を揺さぶった。

 「主文(量刑)は最後に言い渡します」。開廷直後の午前10時過ぎ、奈良地裁101号法廷に響く裁判長の言葉を、口ひげをはやした小林被告は立ったまま聴き入った。

 弁護人前の自席に戻りながら、傍聴席に目をやった。着席すると、にやりと笑い、右手を握りしめて腰の脇で数回振り、小さくガッツポーズした。そして目を閉じて何度かうなずいた。

 70ある傍聴席はほぼ満席となった。母親はディズニーのシンデレラ城の柄のあるピンクの布に包んだ娘の遺影を胸に抱き、父親とともに奈良県警の捜査員に付き添われて傍聴席の最後列に座った。冒頭の裁判長の言葉に父親は下を向き、目を閉じた。

 母親は時折前を向くが、すぐにまたうつむく。開廷約10分後に死体を側溝に遺棄した経緯を裁判長が朗読すると、肩で息をするようだった。

 一方、小林被告は目をつぶり、裁判長の声にじっと聴き入っていた。時折、腹の前に置いた手を握ったり開いたりして指を動かしていた。裁判長が小林被告の虚言傾向に言及した際、目をつぶって口をゆがませて笑ったような表情になった。自身の最愛の母の死について触れた時には目をつぶったままじっとしていた。

 初公判から約1年半、両親はこの日の判決を含め11回あったすべての公判を傍聴した。

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 「裁判は茶番。もとから死刑を望んでいる」

 小林被告が死刑を願う気持ちをはっきりと述べたのは、「反社会性人格障害」などと診断された情状鑑定後、9カ月ぶりに再開した第6回公判(3月27日)だった。

 その後の公判で、小林被告は死刑を望む真意や女児の両親に謝罪しない理由などについて聞かれても「言いたくない」と拒み続けた。周囲には、謝罪や反省の言葉は減刑を望んでいるようで本意ではないし、それを促す弁護人にも従いたくないと漏らしていた。その結果、肝心なことには口を閉ざす、開き直ったような態度となった。

 警察の取り調べ段階から、小林被告は、死刑確定から1年足らずの04年9月に執行された付属池田小事件の宅間守元死刑囚を例に挙げて「第2の宅間守になりたい」と死刑を望む言葉を口にしていた

 昨年10月に接見した弁護人には「社会が許してくれるのなら生きたい」と揺れる思いも見せたが、朝日新聞記者に小林被告があてた1月16日付の手紙では「やり直す気持ちがなくなり、人を信じて裏切られてきた人生を死刑で終わりたい」と記した。

 小林被告と文通をしている月刊誌「創」の篠田博之編集長によると、一般の人から「早く死ね」と書かれた手紙が被告に届くなどしていた。篠田編集長は「どうせ社会は受け入れてくれない、と世の中への未練を断ち切ってしまったのでは」とみる。

 公判で、小林被告が感情をあらわにしたのは、小4の時に亡くなった自分の母親について聞かれたときだった。法廷で「(その後は)生き続ける方がつらい」とすすり泣いた。

 小林被告は左目の視力が低いことなどから小・中学時代にいじめにあい、そりの合わない父親から度重なる暴力を受けていたと語っている。唯一、自分を守り、認めてくれていたのが母親だった。

 5月25日の第8回公判では、女児の両親が言葉を詰まらせながら心情を述べた。その感想を、小林被告は接見した篠田編集長に「あの子はすごく親に愛されていたんだな。うらやましい」と語った。その一方、両親の痛みを思いやる言葉はなかったという。

 公判を傍聴したことがある前奈良大教授で臨床心理士の藤掛永良さん(72)は「小林被告はその生い立ちから、世の中に対する敵意や仕返ししたい気持ちを募らせた。自分を被害者だと思い、孤立無援の世界にいると感じているのでは。つらい現実から逃避するために死を望んでいる」と分析する。

 奈良県警の捜査員は「小林被告が心の底から死刑を望んでいるとは思えない。誰にも相手にされず強がっているだけに見える」と話す。

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■ついで、おなじ朝日が判決の数日まえに被告の状況などを報じた記事。

小林被告、裁判長あてに死刑懇願の手紙 奈良・女児殺害
2006年09月22日15時53分
 奈良市の小1女児が04年11月、誘拐、殺害された事件で、殺人やわいせつ目的誘拐など八つの罪に問われ、死刑を求刑された元新聞販売所従業員、小林薫被告(37)が6月26日に奈良地裁で裁判が結審した直後、奥田哲也裁判長あてに2回、死刑を望む手紙を出していたことがわかった。地裁側は小林被告の弁護人に手紙を送り返したという。判決は26日に言い渡される。

 主任弁護人の高野嘉雄弁護士によると、手紙には「死刑にしてほしい」「更生する自信がない」などと書かれていたという。高野弁護士は「小林被告は自分の思いを表現するのが下手。人の命をあやめたことは自分の命で償うしかないと思っている」と話す。

 小林被告と文通している月刊誌「創」の篠田博之編集長によると、裁判長への手紙は6月27日と7月10日に、勾留(こうりゅう)中の奈良少年刑務所から出された。

 小林被告は公判でも「死刑にしてほしい」と訴えており、改めて手紙で念を押す行為を、篠田編集長は「自分をつまはじきにした世の中への未練を断ち切るため」とみている

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■すくなくとも、うらみをはらすという関係者の目的は、完遂されたとはいいがたい。「誰にも相手にされず強がっているだけに見える」というのは、そう信じたい関係者の願望の産物だろう。■被告には、わざとバレてつかまろうとしているフシもみうけられ、自殺願望をふくめた自滅志向が確実にしねる死刑制度の利用につながった可能性がたかい。■その意味では、大阪池田市の大量殺傷事件を意識しているのを、単なる つよがり/めだちたがりとみなすのは、はなはだ疑問がのこる。


■ところで、この件で『季節』が先日記事をかいている。


2006年09月26日
奈良女児殺害事件 死刑判決
 最近の重罰化傾向からすれば、驚くものではない。 その当否と別に、今日溢れるだろう、事件の詳細をわざとなぞる、ポルノまがいの死刑賛成の声にうんざりする。
多くが自らネトウヨ?と奇妙な名乗りを上げる手合いなのを、記憶しておこう。 こうした事件については呆れるほどの情報が流れる。
 しかし大半は、極刑死刑と繰り返すのみで、被害者関係者の悲しみ苦しみに共感すると言いながら、その実ご遺族の痛みを癒やそうとする歩みを、妨げる類のものばかりだ。
 それに、いわれない弁護士批判が間違いなく付属する。
 そうしたことを百万遍繰り返しても何も変わることなど無い。
 今回は再犯者、むしろそこに着目し、何故再犯者が発生するのか、それを低減させる努力は為されているのか、そうした点を論議すべきなのだ。
 現在刑務所は、定員超過収容、それは良く知られている。がそのかなりが覚醒剤関連なのは、知られていない。そして矯正施設と言いながら、薬物離脱プログラムなど無いに等しい事も。
 法務省が終始手を拱いているとは言えないが、刑務所の実体は、有用な多数の自主講座を有する、犯罪者の大学であるのは、関係者周知の事実だ。
 再犯累犯者には、殆ど矯正の効果がない、それが重罰化以前に改められるべき点なのだ。
 WEB上で、残虐事件の詳細を書き散らす、心ない輩は、それが社会規範に外れるのを承知でする。
 それと共通する構造だ。
 それをしにくい仕組みと、向かわない人間形成、社会構築、双方が必要なのだ。
 報復だ殺せ!そうした言葉の氾濫が何に資するだろうか。

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■たとえば性暴力や家庭内暴力の加害者の処遇は慎重になるほかない。■被害者が存命のばあい、受刑者がもどってくるというのは、最大の恐怖だろうから。
■しかし、いずれにせよ、死刑とならなかった被告は、いずれでてくる。■刑務所は受刑者に対するイジメの空間であってはならず、反省にもとづく更正の空間として最大限機能しなければならない。かりにそれが徒労におわるケースがおおかろうと、更正プログラムに最大限の努力がはらわれねばならないし、「有用な多数の自主講座を有する、犯罪者の大学である」といった現実は、シャレにならない。■更正どころか、再犯装置とさえいえるだろう。
受刑者の人権を軽視する伝統は、結局のところ、被害関係者のかなしみをいやさないばかりでなく、社会的リスクを放置・悪化させる機能を日々はたしているのである。■司法関係者には、そういった自覚があるのだろうか?