■朝夕は充分すずしいが、日中ははれるとまだまだあつい。■ごくマレだが、ご婦人がたの一部は日傘をご利用。

■「分類行為再論2=差別論ノート32」の続編。■Wikipedia「傘」からの引用。

(かさ、umbrella、parasol)とは、上から降ってくる物に対し、手に持って差しかけて防護するための物。

通常は雨や雪が降っている時に体や持ち物を濡らさないために使用されるが、強い日差しを避けるために使用される物もある。前者を雨傘(あまがさ)、後者を日傘(ひがさ)と呼んで区別する。また、材質・地域によって和傘、洋傘の区別もある。

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雨傘と日傘
大まかに避ける対象によって、雨傘と日傘に区別される。雨傘をアンブレラ(umbrella)、日傘をパラソル(parasol)と呼ぶ。なお、umbrellaは英語で、parasolはフランス語でそれぞれ「傘」を指す単語である。

雨傘
雨傘は、2006年現在、最もよく見られる物であり、軸・骨が金属製で、防水加工した布が張られている物が多い。ただし匠の傘と呼ばれる手作りの高級品の軸(シャフト)には天然樹の樫棒が使用される。また骨もカーボン製の軽いものが使用されている傘も増えてきた。

日傘

日傘は、雨ではなく、強い日差しを避けるための物であり、地面に軸を突き刺して利用する大判の物もあるが、一般に「日傘」と呼ぶ場合は、雨傘と同じく手にもって使用する小型の物を指し、大判の物を「パラソル」と呼ぶ事が多い。

日傘はその用途上、防水機能よりも紫外線反射機能や装飾性が求められ、雨傘と比較して作りが華奢である場合が多い。また、男性は殆ど利用しないという特徴もあったが、昨今は男性も美肌や熱中症予防、そしてクールビズの用途で愛好家が増えている。

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■ハラナが 東京などにすんでいないためか、男性で日傘をさしている御仁になどでくわしたことはない。日本列島上のどのあたりがそうなのかはしらないが、「愛好家が増えている」などとは、とてもおもえない(笑)。
■それはともかく、「雨傘をアンブレラ(umbrella)、日傘をパラソル(parasol)と呼ぶ。なお、umbrellaは英語で、parasolはフランス語でそれぞれ「傘」を指す単語である」といった、Wikipediaの記述は、辞書的な水準にかぎっても、まずかろう。■どこでフランス語起源の「parasol」を日傘に、英語起源の「umbrella」を雨傘につかいわけているのか、きいてみたい。■すくなくとも、日本列島上で、日常的に「アンブレラ」などとくちばしる人物は外国人以外いないはずだし、「パラソル」だって、海岸やプールサイド、デパートのうばぐらいでしか、きかれないはず。■だから、後段の「一般に「日傘」と呼ぶ場合は、雨傘と同じく手にもって使用する小型の物を指し、大判の物を「パラソル」と呼ぶ事が多い」と一貫しないことになる。

■また、「通常は雨や雪が降っている時に体や持ち物を濡らさないために使用されるが、強い日差しを避けるために使用される物もある」といった記述もあまりに辞書的で、アホかいな?という印象がぬぐえない。■いや、辞書論的にも通時的配慮がなく、結局、この項目の歴史的経緯の記述で、東西の古代でのカサの出発点が「天蓋」だったこととの不整合がおきている。■要は、カサとは、固定式の「天蓋」を貴人用の移動式日傘として応用発展させたものなのだ。
■ちなみに、ちょっとした英和辞典、仏和辞典あたりをひけば、“umbrella”「傘,雨傘,日傘……a beach umbrella ビーチパラソル……元来はラテン語で「小さな陰」の意.」とか、“ombrelle”「[婦人用の小型]パラソル」、“parasol”「[大型の]パラソル」などといった記述にでくわすことになる。■現在、いかに「あまがさ」が圧倒的多数であろうと、「umbra(かげ)」→「umbraculum(ひかげ→ひがさ)」という起源・経緯を前身に現在の語形があることは、あきらかだ。■“sol”など みるからにラテン語の「太陽」からきているし。


■結局のところ、貴人たちの後継者であるブルジョアや官僚たちは、炎天下をであるくような身分ではなかった。■軍人であれば、戦地であれば、ひやけをさけるためにカサなどと、ユトリをみせているばあいではなかったろう。■つまり、男性たちはエリートであっても、天蓋からでるほかないときは、帽子以外に直射日光をわざわざさけるような ユトリを誇示しなくなった。
■一方、女性たちにとっては、ひやけは屋外での肉体労働を意味し、それは身分がひくいことの象徴となった。いわば、いろじろであればあるほど、「はこいりむすめ」「貴婦人」であることを意味したわけだ。■現在の女性たちが、紫外線対策と称して、ひがさを多用し、紫外線対策メイクにいそしむのは、あきらかに前近代・近代の身分社会の経緯をせおっている。■紫外線をわざとあびて、ひやけ(=有閑階級)を演出する方向(「ビーチガール」「プールサイドのマダムたち」)への戦略もあるが、それが主流になることはない。はだをだしても、いずれさめるような程度におさえるのが、大半だろう。
■これらは、弱者性(現場=労働・戦闘からの距離)が貴種性をおび、周囲が護衛義務をおうという、労働現場からはなれられない層にとっては、実にやりきれない特権を意味する。前線ではたらいている層が、「保護」されていないことをもって、評価がさがるとは、なんたるふざけた階級社会か?(「20」「21」「22」「生活保護拒み餓死か=差別論ノート23」「気品の本質=差別論ノート24」)

■一方男性たちは、従者にひがさをささせるほど、やわではない、という姿勢をみせないと競争社会でかちぬけなくなっていったのだとおもわれる。「ひやけ」していないということは、すなわち「有事の際にも戦闘モードにはいれない」ということを含意してしまったのだ(笑)。

■ハラナ個人は、はだがよわく、直射日光を必死にさけまわっている。くびすじに長時間日射をあびると、恐怖感をおぼえるぐらいだ。■しかし、屋内・ひさしのしたに「にげかくれ」できるだけ、「保護」されているということを意味する。■同時に、自分が男性性のとりこであることを充分痛感している。ご婦人がたの日傘が実にうらやましいのだ(笑)。しかたがないので、ウチワや扇子を「ひよけ」にして、直射日光を一所懸命さけることで、やりすごす。■女性たちのおおくが、機能性からズボンすがたに移行したように、ハラナをはじめとしたオトコどもが、ひがさをはずかしいと感じなくなるのは、いつのことだろうか?



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受刑者の診療要請を拒否 出所後にがん(朝日)=差別論ノート35