■別処珠樹さんの『世界の環境ホット!ニュース』のバックナンバーから転載【リンクは、ハラナによる追加】。■シリーズ第24回。■いつもどおり、ハラナがかってにリンクをおぎなっている。

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世界の環境ホットニュース[GEN] 609号 05年09月27日
発行:別処珠樹【転載歓迎】意見・投稿 → ende23@msn.com     
枯葉剤機密カルテル(第24回)     
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枯葉剤機密カルテル           原田 和明

第24回 ダイオキシンは語る

「三井東圧化学は自社除草剤中のダイオキシン濃度を知っていて減らしていた」と主張したのは横浜国大教授(当時)中西準子と益永茂樹です。彼らはまったく別の目的で行なった研究から、このことに気付き、その結果、彼らは「無視」あるいは厳しい「迫害」を受けたのです。

1990年代 後半に沸き上がったダイオキシン騒動の中、1999年1月に中西らのグループが農家に残されていた古い除草剤PCPとCNPを分析して、除草剤由来のダイオキシン汚染の 実態を 大学のワークショップで発表しました。CNPとは1965年に三井東圧化学がPCPに代わる水田除草剤として開発した農薬です。商品名 MO(M=三井、O=大牟田)が示すごとく、三井東圧化学 大牟田工業所(福岡県大牟田市)を代表するヒット商品になりましたが、1994年に胆のうがんの原因物質であることが指摘され生産中止となりました。このCNPも、PCP同様枯葉剤生産とは不可分の関係にあると考えられますが、ここでは説明は省略します。
中西は自らのHPで研究の意義を次のように説明しています。

「私たちの研究室は、今年の1月に開かれたワークショップで、日本でかつて大量に使われた水田除草剤に最も毒性が高いダイオキシンが含まれていたと発表した。しかも、それらの毒性換算量(TEQ)は、『総量で ベトナムに散布された枯葉剤の量を超え』、わが国で都市ごみ焼却炉から排出されていると推定される量と比較しても10倍程度高いという推定を出した。この結果は、都市ごみ焼却炉だけを目の敵にしたような論調や行政の政策の変更を求める、歴史的な研究だと自負している。」

中西らの研究はゴミ焼却炉建設一本やりのダイオキシン行政に一石を投じるもので、国会で何度も取り上げられましたが、「朝日新聞を除くジャーナリスムは、完全に無視」(中西のHP)という状況でした。その背景にはダイオキシン特需に水を差されては困る産業界の意向があったと思われます。その後、中西らにとって想定外の展開が待っていました。

その年の3月末に開かれた日本農薬学会で、三井化学のT氏が、告訴するといい、さらによく事情が呑み込めないのだが、農水省までが国会内で、市民団体に対し、告訴も考えると発言した。

さらには、「表面での無視とは裏腹に、水面下で我々の研究グループにかけられている圧力と誹謗中傷、直接的な脅しは、背筋が寒くなるほど厳しい」(中西のHP)という状況が続きました。

中西らは製造年次がわかる古い農薬を集めて、それぞれの農薬中のダイオキシン濃度を測定、その結果とその農薬の年次ごとの過去の出荷量(統計データ)の掛け算から年次ごとのダイオキシン放出量を推定したのです。その結果は大型焼却炉建設一辺倒という国策の誤りを指摘するものでしたが、彼らが明らかにしたのはそれだけではありませんでした。「日本国内で放出された除草剤由来のダイオキシンは米軍がベトナムで散布した枯葉剤由来のダイオキシン量より多かった」ことを指摘するとともに、冒頭の「三井東圧化学は自社除草剤中のダイオキシン濃度を知っていて減らしていた」ことまで証明してしまったのです。

三井東圧化学の除草剤を生産年順に並べると、不純物として含まれるダイオキシン濃度に不自然な「不連続性」が見つかりました。そして、その「ダイオキシン濃度が激減する不連続ポイント」とダイオキシンが社会的問題となった時期とがピタリ一致するというのが中西の主張の根拠です。

しかし、中西は「知っていて増やした」と言ったわけではありません。知った以上、当該製品の製造中止ないしは有害物質を減らすのは企業努力として当然のことと思われます。それなのに、なぜ三井化学のT氏や農水省は告訴するというほどに狼狽したのでしょうか? 三井東圧化学は1997年に三井石油化学と合併して「三井化学」になっていました。

結局、99年7月、三井化学と農水省は 告訴することなく、逆に記者会見を開いて三井東圧化学の除草剤に最も毒性の高いダイオキシンが含まれることを認め、さらに9月には三井化学のK氏が謝罪のため中西準子教授を訪問して次のように語りました。(中西準子のHP)

「今までのご迷惑を社として、深くお詫びします。今までの三井東圧のdirtyな部分は全部洗い直し、きれいになります。新しい社長の中西宏幸(三井石油化学出身)は、ともかくクリーンで、何が何でもクリーンでなければならないと言っております。現在、鋭意分析に努力をしているのですが、7月に発表した値より高い値も検出されており、それも含めて、データが出次第、データの説明をふくめて中西社長が謝罪に伺いますので、なにとぞ今までのことは御容赦いただきたい。中西(こちらは準子)先生が、疑問を出しておられる経年変化についても、きちんとご説明させていただきます。」

中西準子は その説明を 待っていましたが、何の説明も ないまま(中西のHP)2002年4月12日、農水省は 記者会見を開き、農水省が独自に分析した水田除草剤CNP検体33試料についての調査結果を公表
しました。さらに同日、三井化学も独自に調査した自社製CNPの分析結果をHP上で公開しました。
http://homepage3.nifty.com/junko-nakanishi/zak171_175.html

中西はその分析結果について、次のように述べています。中西らの分析結果と農水省の分析結果とは

試料が違うにも拘わらず、驚くほどの一致である。」「それに引き替え、三井化学が99年7月に発表した値は全く違う。よく見ると、低い値は我々の結果とも、農水省の結果とも一致している。しかし、三井化学の発表データには高い値が全くない。一体これは何だ?」(中西のHP)

つまり、かねて三井化学が主張していた除草剤のロットごとのダイオキシン濃度の違いは大差なく、ダイオキシン濃度の低い除草剤では中西・農水省・三井化学3者間にも大差がない。しかし、より誤差が少ないと考えられる高濃度ダイオキシンの除草剤では三井化学だけ低い数値になっているのは三井化学による意図的な情報操作の疑いがあると中西は告発しているのです。さらに中西は自身のHPで次のように指摘しています。

再度言いたい。1999年7月 記者会見までして、三井化学が発表したデータはどういう性質のものか? また、もしそれが間違いがあったとして、訂正値を今に至るまで、発表しなかったのは、何故か?(厳密には、今も発表していない。)それを、三井化学は説明する義務がある。そうでないと、嘘のデータを出しているということと同じことになる。」

1970年代後半における(ダイオキシン濃度の)急激な減少が、農水省と横浜国大のデータには 見られるが、三井化学のデータにからは読めない。1975?6年頃に、知っていたか否かは、企業責任問題の最重要ポイントである。」

1976年にはイタリアで枯葉剤245Tを生産していた工場の爆発事故があり、大量のダイオキシンが工場周辺に飛散しました(セベソ事件)。この事件をきっかけにダイオキシン問題が世界的関心事となり、ニュージ?ランドのイワンワトキンスダウ社を除く世界中の枯葉剤工場が閉鎖、日本の三西化学もこのとき工場を閉鎖したのです。

三井化学のT氏と農水省の担当者が中西を告訴するとまで言い出した原因が、中西の「ダイオキシンを知っていて減らした」との指摘にあることを三井化学自身が公表データで証明してくれました。そして、中西準子の指摘は中西宏幸・三井化学初代社長の当初の意向に反してでも隠さなければならない重大なタブーだったのでしょう。そのタブーは「化学兵器・ダイオキシン」と深く関わっていると考えられます。

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■中西さんは、宇井純さんとおなじように東大の助手として、排水問題をラディカルに指摘することで万年助手の悲哀をあじわった人物。■環境ホルモン問題では、いろいろ敵のおおい人物だが、ともかく疫学的な化学分析のするどいきりこみは、すごいね。
■国策でうごめいていた大企業がオタオタするとは、その威力は、大したものだ。■で、逆にいえば、大企業や政府がいかに危険な業務を運営・放置しているかという見本のようなものでもある。