■別処珠樹さんの『世界の環境ホット!ニュース』のバックナンバーから転載【リンクは、ハラナによる追加】。■シリーズ第28回。■いつもどおり、ハラナがかってにリンクをおぎなっている。

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世界の環境ホットニュース[GEN] 613号 05年10月12日
発行:別処珠樹【転載歓迎】意見・投稿 → ende23@msn.com     
枯葉剤機密カルテル(第28回)     
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枯葉剤機密カルテル            原田 和明

第28回 ナパーム弾も日本製(1)

枯葉剤とナパーム弾(焼夷弾)を組み合わせて、ベトナム人に大量のダイオキシンを浴びせかけるという悪魔のアイデアも、日本の協力なしにはなし得なかったことでしょう。

ナパーム弾の9割が日本製であると北ベトナム紙が非難しています。北ベトナム労働党機関紙ニャンザンは「日韓会談調印によって、佐藤内閣は軍事的、経済的負担を日本に分担させようとの米国の夢を実現させ、北東アジアの侵略的軍事ブロック設立への道を開いた。」という論説を掲げ、さらに次のように述べました。
日本の支配層が現在ベトナムで行なっている犯罪的行為は米国の共犯者としての彼らの性格を暴露している。朝鮮戦争のときと同じく、彼らは米国が日本をベトナム侵略の補給基地として使うのを許している。米軍が南ベトナムで投下したナパーム弾の92%は日本製であり、このほか日本は米国に対して毒ガスや有毒な化学製品を供給しているほか、佐藤政権は南ベトナムへの軍事物資輸送のための人員を米国に提供している。」(1965.6.25 朝日新聞夕刊)

1967年に北ベトナム・ハノイを訪問した楢崎弥之助(社会党)ホーチミン大統領からベトナムに投下されている大量破壊兵器の代表はボール爆弾とナパーム弾であり、そのナパーム弾は日本製であると聞かされます。楢崎はまさかと思って調べたところ、その事実が見つかったのです。(1987.4.22 衆院本会議)

ホーチミンが語ったという大量破壊兵器に枯葉剤は含まれていませんが、それは楢崎の訪問が枯葉作戦の本格化、つまり、その主目的が秘密兵器ダイオキシンの投入に切り替わったばかりの頃だったために、まだ枯葉剤に対する認識が浅かったからでしょう。

1966年3月、海原防衛局長は、ナパーム弾はもっていないと答弁しており、その後も、楢崎弥之助が「焼き尽くし、殺し尽くし、破壊尽くす代表的な兵器である枯葉剤、ボール爆弾、ナパーム弾を自衛隊はもっていないでしょうね?」と質問したところ、蒲谷装備局長は何を血迷ったか(楢崎談)「ナパーム弾はもっておりません。」とそれだけはっきりと答弁したのです。(1971.2.23 衆院予算委員会第三分科会)

ところが、71年2月27日には防衛庁長官・中曽根康弘は 楢崎からナパーム弾に関する追求を受け、ついにナパーム弾を持っていることを白状させられてしまいます。そのときの様子が1987年4月22日 衆院本会議で楢崎の口から語られています。

「私は、昭和46(1971)年2月27日 予算委員会においてこの問題を取り上げた。
時の防衛庁長官は中曽根康弘総理であります。最初こう質問をした。まさか、燃やし尽くす、破壊し尽くす、そういうナパーム弾を日本の自衛隊が持っておることはないでしょうねとまず聞いた。そうしたら、そういう事実はありません。あの方は、御承知のとおり、背が高くて手を大きく振って歩かれる方です。
最初の答弁のときには、ありません、持っているわけがありませんと、大きく手を振って答弁席に来られた。だけれども、私は本当に持ちませんかと念を押した。そうしたら、防衛庁の役人が走って行って何か耳打ちしておった。そうしたら、また中曽根防衛庁長官は手を挙げて、訂正をいたします、六発使用しました。

最初は持っていないと言ったのに、六発使用しました。本当に六発だけですかと言ったら、また防衛庁長官に役人が走って行って何か耳打ちした。中曽根さんは手を挙げて、委員長、そのときの委員長は亡くなられた中野四郎さんです。
訂正します、六回使用しました。六発が六回になった。そうして、その六回は展示演習のためにやって、弾は五十発使った。六発が五十発になった。もう訂正しないでしょうねと言った。そうしたところが、顔面蒼白になった。そして、汗がたらたら出てきた。二月二十七日ですから真冬ですよ。真冬に汗が出るというのは脂汗でしょう。ガマのあぶらじゃあるまいし、脂汗です。そして、具合が悪くなって、中野委員長が、長官は具合が悪いようだから医務室へやりたい、いいかと言われたから、それは人道問題だからいいですと言った。

そして、その次出てきたのは何です。官房長が何と言った。結局六千発ナパーム弾を持っています。最初持たぬと言ったのが、六発、五十発、六千発、そのうちの四千発はアメリカに返し、二千発、今自衛隊は持っております。議事録を見なさい、うそだと思うなら議事録を。そして、ついに中曽根さんは医務室に運ばれた
のですよ。自分でうそを言ったから、そうなったんだ。」

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■中曽根康弘という政治家は、戦後日本を代表する保守政治家とされているが、とても清廉潔白な人物とはいいがたい。■まあ、ウソがバレて医務室にはこばれる程度には、羞恥心がのこっていたという点で、まだマシなのかもしれないが。
■アメリカにおしつけられた憲法を廃して自主憲法をうちたてるという、戦後の自民党の党是を象徴するような人物として出発した中曽根氏だったはずが、なんのことはない、一貫した新米(=反共追米)政治家としていきたのだった。■中曽根氏に代表されるとおり、日本の保守政治は、アジアにおける大義などとは完全に一線を画して、ベトナム戦争でも単なる米軍の後方基地として機能・蓄財する日本という位置をまもりつづけたのだった。かれらは、ほんの20年まえに大東亜共栄圏構想を報じていたひとびとであり、そのほとんどは、アメリカ軍に対する敗戦を倫理的敗北とは考えたがらなかった層、およびその後継者だった。■アジアを解放するという理念は、単なる反共に変質したのである。反共のためには、そして追米国防のためには、大量殺傷というハレンチがくりかえされても容認できるような倫理的堕落が延々とくりかえされた。
■国会で野党からの追及に、自民党や官僚たちが回答したことの本質とは、こういったハレンチのくりかえしだったといえるだろう。■これが責任政党だと、むねをはれることだろうか? 世界の経済大国の一角だといった、自負をもちえる本質だろうか?■戦前のみならず、戦後も客観視したときに、それこそ「脂汗」をながし「顔面蒼白」になりそうな事実をつきつけられるような作業になる。それら作業を「自虐史観」などととらえる一派がおり、それを全面的にバックアップする組織がある。その代表的メンバーのひとりが安倍首相なのである。
■真に「新しい歴史教科書をつくる」作業とは、「枯葉剤機密カルテル」といったハレンチを真剣に直視しつつ資料集などをあむことであり、教育とは、冷静に一世紀強のこれら蛮行・無策をふりかえり、生徒に提示することではないのか?■『美しい国へ』ほかの保守政治家の著作から、こういった知的誠実さをみてとることは、ほとんどできない。宇都宮徳馬さんといった、ごく例外的な人士をのぞくとね。