■別処珠樹さんの『世界の環境ホット!ニュース』のバックナンバーから転載【リンクは、ハラナによる追加】。■シリーズ第29回。■いつもどおり、ハラナがかってにリンクをおぎなっている。

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世界の環境ホットニュース[GEN] 614号 05年10月24日
発行:別処珠樹【転載歓迎】意見・投稿 → ende23@msn.com     
枯葉剤機密カルテル(第29回)
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枯葉剤機密カルテル          原田 和明

第29回 ナパーム弾も日本製(2)

中曽根康弘がここまで追い詰められた背景には社会党軍事プロジェクトチームの活動がありました。防衛庁、防衛施設庁の国会図書館分室を訪問し、30部くらいの資料を選定、翌日借用申請すると、書棚からそれらの資料が消えていました。係官が上司に報告した結果の措置と思われ、楢崎らがその非をなじると、係官は上司の指図だと告白したのです。ナパーム弾に関する資料も前日はあったのに、消えていましたが、既に楢崎らが資料番号と主題を控えていたので、防衛庁も資料開示に応じざるを得なかったのです。(楢崎弥之助「楢崎弥之助の爆弾質問覚書き」学陽書房1979)そして、防衛庁は2日後に以下のことを認めました。
ナパーム弾は1957-59年に亘って約6千発分の材料を防衛庁が無償で米軍から供与され(注:「無償供与」といっても多くは後に米国から支払い請求されている)、66年7月から翌67年8月までに計6回、陸上自衛隊の者「等」に見学させるために青森県天ケ森演習場(旧日本海軍の演習場を戦後、米軍が接収し1952年4月に開設。69年より空自と共同利用)で 約50発展示演習を行なった。演習の目的は「敵が日本に上陸してから使うことがあった場合、応戦用に使う可能性を残しておく必要がある。決して外国への侵略用ではない。」(1971.3.1衆院予算委員会)

楢崎は言う。

専守防衛を旨としたはずの自衛隊がいったい何のためにこの殺人兵器を保有しているのか。どこで使うために保有、その訓練をしているのか。専守防衛であれば有事の際の戦場は日本本土であるはず。ナパーム弾を使わなければならない場合の日本は、日本国民はどうなっているのであろうか。」と。

佐藤栄作首相も「敵が使うかもしれない兵器の性能調査に 保有している。」と助け舟を出していますが、楢崎は「その理屈でいけば原爆だってもてるじゃないか。」と反論。たまらず中野委員長が速記を止めさせているため、この後の議論は不明ですが、これらの演習目的はいかにも無理があります。当時の天ケ森演習場は米軍の専用射爆撃場だったのですから、自衛隊が勝手に使うわけにはいきません。展示演習では、米国製のナパーム弾の威力を日本のメーカーに見せて参考にさせたり、日本製の試作品や製品の性能を米軍関係者に確認してもらったりしていたと考える方が自然でしょう。

それにしても、日本版枯葉作戦において、245Tの出荷量が多い県は三井東圧化学の工場が近い福岡、熊本、宮崎で、それについで、ナパーム弾の演習地だった青森県も多いのです。自衛隊のナパーム弾展示演習の時期が「ピンクの薔薇プロジェクト」と重なっているのも単なる偶然でしょうか。青森でも「日本版ピンクの薔薇プロジェクト」が行われなかったのかとの疑念は残ります。供与された約6千発のうち約4千発分は米軍に返却、2千発分は自衛隊高蔵寺弾薬庫(愛知県)にて保管されていて、地元からの撤去要請には応じていません。(1972.4.24 参院予算委員会第二分科会)

このとき楢崎は ナパーム弾の国産メーカーはあるか と質していますが、通産大臣・宮澤喜一、防衛庁長官・中曽根康弘、防衛庁装備局長・蒲谷友芳は揃って、国産化は否定せず、知らぬ存ぜぬを繰り返したため企業名までは明らかになりませんでした。

1967年6月には 毎日新聞の記者が南ベトナム民族解放戦線(ベトコン)と遭遇、身柄を拘束されるという事件がありました。(1967.6.27毎日新聞夕刊 以下要約)

小隊長は「日本には米国から金を貰ってベトナムにおける米国の戦争を支持するものがいると聞くが・・・」と言った。記者は質問の意味がわからず面食らった。桃の木の下にはナパーム弾の残骸がかき集められていた。その後開放されることが決まり、ベトコン兵士と 談笑していると「このナパームは 日本製とありますよ。」と言われ、背筋が冷たくなるのを感じた。そして、小隊長の質問の意図を理解した。開放された帰途、ナパーム弾の話が頭にこびりついていた。日本製のナパームと彼らが信じているものが彼らの頭上に落ち、彼らも含めたベトナムの人たちの田畑を 焼いている。ベトナム戦争に関して 口先の「政治的中立」という曖昧な立場がこれからも許されるだろうか? 日本に対する評価は日本製のナパームが降っていると彼らが信じている以上、いつまでも不変と考えるわけにもいくまい。(要約終わり)

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■政府というのは、基本的にウソをつきとおそうとするんだね。戦後を代表する、存命の有力政治家も、こういったウソつきの一味というわけだ。

■それにしても、オキナワは、北爆などB52が出撃する基地として「悪魔の島」とベトナム人たちからよばれたわけだが、ナパーム弾をはじめとして米軍の兵器の相当部分の補給基地・工場として、日本列島全体が利用されていたわけだ。■「悪魔の列島」だね。なにが平和憲法遵守だ。なにが「非核三原則」だ。わらわせる。