■別処珠樹さんの『世界の環境ホット!ニュース』のバックナンバーから転載【リンクは、ハラナによる追加】。■シリーズ第32回。■いつもどおり、ハラナがかってにリンクをおぎなっている。

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世界の環境ホットニュース[GEN] 618号 05年11月10日
発行:別処珠樹【転載歓迎】意見・投稿 → ende23@msn.com     
枯葉剤機密カルテル(第32回)          
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枯葉剤機密カルテル           原田 和明

第32回 PCB次世代実験

カネミ油症事件が、ホルムズバーグ刑務所三井東圧化学で行なわれたような意図的に企画された人体実験だった形跡は見当たりません。それでも「カネミ油症とはPCBの人体実験である。」(紙野柳蔵・朝日新聞社「PCB・人類を食う文明の先兵」1972)、「カネミ油症という、そのまま人体実験とさえいわれる日本独自の悲惨な体験」(藤原邦達「PCBの脅威」第三文明社1973)など、カネミ油症事件は人体実験だったと指摘する人々がいます。PCBがそれまで安全無害な物質であり、世界規模での環境汚染物質であると認識される前に、人体にとって極めて有害な物質であることを人間自身で証明してしまったことを指していると思われます。
九大 油症班(医学部教授)倉恒匡徳は 油症の症状を次のように述べています。
(朝日新聞社「PCB・人類を食う文明の先兵」1972)

患者さんの中には、全身至るところの毛穴に、次々に悪臭をはなつチーズのような物質が蓄積し、はれあがり、激しく痛み、これまで100回 以上も切開手術を受けた人がいる。体中切り傷だらけである。そして、4年後の今も、なおこの状態が続いている。

また、たとえ外見上の皮膚症状が軽くなったように見えても、毒に犯された体の内部の苦痛は消え去らない。頑固な自覚症状がそれを物語っている。全身の脱力感、疲労感、激しい頭痛や頭重、食欲不振、吐き気、体の痒み、関節痛、腰・背中・手足の痛み、腹痛、下痢、頻発する発熱、目やに、視力減退、不眠、記憶力減退、精神集中力の減退、ハゲ、傷が治りにくいなど極めて多種多様だ。また、子供は発育障害、永久歯がはえてこない、歯がはえてももろくて折れやすい、などの症状に悩んでいる。


ライスオイルにPCBが混入したきっかけであるカネミ倉庫での工作ミスは単純なミスの積み重ねで、意図的なものは感じられません。高濃度のダイオキシンを発生させてしまったのも、混入したPCBを減圧・加熱下で分離しようとした結果と考えられています。しかし、事件被害者の分布には「人体実験を思わせる」特徴があります。

その特徴とは1971年8月時点での油症認定患者1058人中約4割が長崎県五島列島に集中していて、福岡県に匹敵する被害者がいること
です。被害者が最も多いのは加害企業の所在地で 人口も多い福岡県であるのは 当然としても、事件以前にはカネミ倉庫のライスオイルが持ち込まれたことがなかった離島に、なぜ事故油に限って持ち込まれたのか、その疑問には未だに解答が得られていません。

五島列島の被害者の特異点は「新生児油症(またはPCB胎児症、胎児性油症)」が多いことです。新生児油症は水俣の胎児性水俣病に匹敵するもの(加賀節「PCB汚染の恐怖・カネミ油症の 島からのレポート」果林企画 1972)で、母体に蓄積されたダイオキシンは胎盤を経由して胎児に移行し、出産後は母乳を介して乳児に移行します。倉恒匡徳は次のように述べています。(朝日新聞社「PCB・人類を食う文明の先兵」1972)

患者さんをさらに苦しめたのは、汚染ライスオイルをとったお母さんから、暗黒色の皮膚をもった赤ちゃんが生まれたことである。長崎県のある油症のお母さんが生んだ3人の子供が、3人とも黒かったと報道されている。

黒い赤ちゃんの体内にPCBが存在することが証明されているので、胎盤を通して母体から移行したPCBによって起こったものであることは間違いない。幸いこの異常な皮膚の色はわりに早く消えているようだ。しかし、患者さんにとって次にどのような病状が現れるか、恐怖は深刻である。子供が欲しいが、子供をもつことを断念した人は少なくない
。」

被害者は次のように語っています。「妊娠はしたけれど、子供を産むだけの体力があるとは思えなかったし、自信など全くなかった。それに何より『もし無事に産むことができたとしても、黒い赤ちゃんだったら・・・』という漠然とした不安もあった。」「(黒い赤ちゃんが生まれると)『こん子は色が黒かねえ』とみんな不思議がり、『黒人と浮気したんじゃろ』と陰口をきく人もいた。」(加賀節「PCB汚染の恐怖・カネミ油症の島からのレポート」果林企画1972)という状態で、差別を恐れて、妊娠しても中絶した人も多かったことでしょう。その中にあって、五島列島では被害者から多くの赤ちゃんが生まれているのです。

胎児性水俣病を発見した原田正純(熊本学園大学教授)はカネミ油症事件が起きて、同じ胎内中毒である胎児性油症にも関心をもち、五島列島の小さな町を訪問しています。原田は次のように記しています。(ストップダイオキシン関東ネットワーク「今なぜカネミ油症か」自主出版 2000)

「初めはなぜここに胎児性油症が集団的に発生したのかわかりませんでしたが、ここはキリスト教の村でした。母親たちは『黒い赤ちゃん』が生まれるという噂があっても産んだのでした。ここの母親たちの勇気ある行為はもっと評価されていいでしょう。」

ここでは江戸時代に厳しいキリシタン弾圧を逃れて移り住んできた隠れキリシタンの伝統があり、島のあちこちに教会があります。この島の神父たちが中絶を認めなかったという背景が あったのです。(林 えいだい「嗚咽する海」亜紀書房1974、KBC九州朝日放送「ドキュメンタリー・日の丸と十字架」1976年芸術祭大賞)つまり、五島列島は「次世代への影響を確認するには絶好の場所」であったわけで、たまたま事故油だけが、それまでまったく取引のなかった離島に持ち込まれたのは単なる偶然であると考えるには出来すぎた話に感じられます。ただ「意図的に」持ち込まれたとの証拠もありません。

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■事実関係はわからない。■しかし、いたいたしい。信仰と差別がかぶさっている点が一層。