■よく野球選手、とりわけ長距離打者や「おさえ投手」などの年俸が問題にされるときに、「一打席あたり250万円」とか「一球あたり50万円」などといった「計算」が紙面にのったりする。■しかし、これはスポーツ選手の生活全般をみたら、まったく無意味な試算であることはいうまでもない。かりに最後の3球だけで試合をしめくくったにしても、そのクローザーは試合開始何時間もまえから球場につめて、しかも試合の進展をみながら、かたならし、かたづくりをおこたらず、出番がなくなる(「大勝」か「大敗」の確定)まで緊張がとぎれないわけだ。■しかも、試合時間前後の「拘束」時間以外の、練習・調整時間がある。いや、オフシーズンの休養さえも、投手にとって不可欠な「準備期間」の一部だろう。■これらの基本構図は、指名打者であれ、代打専門要員であれ、ピンチランナーでさえも同様だろう。■かれらは、「出番」をひたすらまつ。それも「しごと」のまぎれもない事実なのだ。■その際、「サッカーなどとちがって、ゲーム(ボール)がとまっている時間帯がながい野球」といった、比較は無意味である。サッカーが野球より過酷なスポーツであるという一般論は、野球の「待機時間」が「ムダ」を意味することにならない。
■いや、サッカーだって、はしりっぱなしの先発メンバーではない ひかえ選手が、はたらいていないのかといえば、そんなことはあるまい。ひかえ選手は、いつ出番がくるかわらない状況を、ひたすら観戦しながら「まって」いるのだ。そして、チャンスやピンチと監督が判断すれば、交代がつげられ、それまでの試合のながれをどれだけよみきっているか、あたらしい状況にいかに即応できるかが、つねに交代要員にはもとめられる。■また、本番以外でも、ひかえ選手の営為は重要な勝利の条件だ。ことし、Jリーグ1部を制した浦和レッズのブッフバルト監督が、「ひかえ選手がてぬきをしなかったおかげ」と、労をねぎらったのは、紅白戦での先発メンバーの調整を最高度にたもった「交代要員」たちの貢献度を評価したものだった。
■野球にしろ、サッカーにしろ、観客やスポンサーがカネをはらうのは、たしかにグラウンドの公式戦のなかでのパフォーマンスだけだ。■それをおみせするために、選手や関係者は集中する。しかし、それを最高度に維持するためには、試合以外の時間帯の最高度の有効利用、試合に一度もでないかもしれない要員の営為がかかせないのだ。

■おなじような構図は、もちろん野球/サッカーなどスポーツにかぎらない。

■ホステスさんたは、「よるの数時間だけで何万円もかせぐいい商売」などと、うらやましがられるのは、心外だろう。かのじょたちの「出勤まえ」の時間帯がオフなのかといえば、そんなことはない。■「おハダ」のていれから、美容院でのセット、お得意さんへのメールや、プレゼントの購入、同伴してくれる上得意があれば、はやめに「出動」だ。「ツケばらい」の固定客からの集金業務もかかせにあ。■美容のためには、充分な睡眠をとるとか入浴時間自体が、「資本」蓄積の時間帯になるだろう。野球選手の休養日やオフシーズんが、単なる「ヒマ」でないのとおなじだ。
■そして、出勤時間中に、かりにお客がさっぱりで、「ヒマ」になったからといって、それでかえってしまっていいわけではない。接客によって、「せめ」の態勢で「うりあげ」をのばすことはできなくても、時間の空白があるからこそ、できる準備作業はあるわけだし、第一、ふいの来店客をまたねば、みすみす上客をうしなうかもしれないのだ。つまりは、機会をひたすらまつこと自体が「しごと」なのである。
■してみると、接客業は、ホステスさんだけではないわけで、たとえば、コンビニや外食産業の昼食時間帯=かきいれどきの時給よりも、ものすごく「ヒマ」だろう深夜の時給の方がたかいのはなぜか、かんがえる意味がでてくる。■コンビニ牛丼屋は、24時間営業で、「いつでもあいている」というサービスが重要な「ウリ」なわけだ。■したがって、かりに「かきいれどき」のアルバイト人件費の時間あたり単価と利潤との比率、深夜の人件費の時間あたり単価と利潤との比率で、後者がもうからなくても、いやときに赤字であっても、アルバイトないし正社員で開店しておく意味があるのだ。
■このようにかんがえると、ずっと「ヒマ」だと倒産の運命がまっては いるが、少々の「待機時間」は、必要不可欠なことがわかる。いってみれば「有事=好機到来の際の即応」のために、接客業は、つねに「まちの姿勢」を維持する宿命にある。■それは、ホテル業しかり、タクシー業しかりだ。ホテルのフロント係やタクシー運転手ほど、「まちの姿勢」がさけられない業務もすくないだろう。■またなければ、客はつかまえられないのだ。「みんな予約客で仕事がいっぱい」なんて事態はこないわけだし(笑)。
■お客がくるのをまつしごとばかりでなく、本物の「有事の際の即応体制」がサービス商品の主軸の業界もある。警備員や警官、軍人などがそうだろう。■「有事」とはかぎらないが、ともかく車両や歩行者がとおることを、まちつづけないといけない交通誘導警備なども、あげねばなるまい。


■接客業や医療福祉業界のサービス労働を「ケア労働」とよぶとするなら、パフォーマンス/接客/輸送/警備関連、そして教育などの業務は「待機=準備労働」とよぶべきだろう。■ひたすら「出番」をまつこと、「出番」のときに最高のうごきができるように、準備をおこたらないこと、それが「おしごと」なのである。

■してみると、一台あたりの「みずあげ」があがらないと判断して、稼動台数をやたらにふやそうとするタクシー会社は、会社全体としては「待機時間」がへる(ひろえそうな客層がどのクルマにものっていない時間帯が、ごくかぎられる)のだが、巨視的には各ドライバーが客のとりあいをするハメにおちいり、1台(ドライバーひとり)あたりの「みずあげ」はドンドンおちるという構造=悪循環がとまらなくなる。■ひとりひとりの「待機時間」はドンドンながくなり、ひとりひとりの「うりあげ」はドンドンへっていくのである。こんなむごいはなしがあるだろうか?■タクシー会社の経営陣にとっては、全体の空車時間は、単なるムダなのだろうけど、個々のタクシー運転手にとっては、お客をひろうため不可欠の存在にほかならない。経営者たちは、ライバル会社とに市場争奪戦のかちのこりしか眼中にない。「待機=準備労働者」の本質が全然わかっていないのである。


●『最後の一本バナナ終末記。』『物見櫓からの緊急警告
〔双方とも待機労働にいそしむひとびとの日記がいもづる式にリンクのあみのめになっている〕


「ムダ」とは なにか?シリーズ
「ムダ」とは なにか? 1」「」「」「」「」「「たかがスポーツ」のはずが:「ムダ」とは なにか? 6」「差別論ノート17:「ムダ」とは なにか?7」「補強版Wikipedia:美容外科=:「ムダ」とは なにか?8」「無意味な読書とは=「ムダ」とは なにか?9」「惑星の定義がナンボのもの?4=「ムダ」とは なにか?10」「徳山ダム問題=「ムダ」とはなにか11」「倫理教科書買わせ偽装=「ムダ」とはなにか12」「娯楽」と、そうでないもの=「ムダ」とはなにか13