■別処珠樹さんの『世界の環境ホット!ニュース』のバックナンバーから転載。■シリーズ第41回【今回はリンクを割愛】。

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世界の環境ホットニュース[GEN] 627号 05年12月19日
発行:別処珠樹【転載歓迎】意見・投稿 → ende23@msn.com     
枯葉剤機密カルテル(第41回)         
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 枯葉剤機密カルテル          原田 和明

第41回 ハラスメント

 モンサント社のデータはそれまであらゆる裁判などで引用され、人体への影響を否定する決定的な資料であっただけに、こうした操作は犯罪的でさえありました。ベトナム帰還兵の枯葉剤訴訟で和解することになったのも、これらのデータの存在が大きな壁になっていたのです。しかし、産業界の「癌隠し」はモンサント社だけではありませんでした。1985年には西ドイツのBASF社も1953年に起きた工場労働者のダイオキシン被曝事故に関し、モンサント社と同じ手口で「癌になるケースが他より多いわけではない。」と、データを示しながらもっともらしく発表していたのです。(中村梧郎「グラフィックレポート・戦場の枯葉剤」岩波書店1995)

 BASF社の主張に納得しなかったのは当のBASF社の労働者たちでした。彼らはデータを再検討するために中立的立場の科学者に調査を依頼しました。その再検討により偽装の手口が明らかとなったのです。(ギプス「21世紀への草の根ダイオキシン戦略」)
 米国環境保護庁(EPA)は両社の偽装されたデータを基にダイオキシンの規制を緩和する準備をしていましたので、両社の不正な研究が明るみに出た1990年2月、米国環境保護庁(EPA)の固形廃棄物局のプロジェクトリーダーであったケイト・ジェンキンス博士は環境保護庁の科学諮問委員会に対し、「新たに判明したこれら不正の事実に注意を払うように」警告を発し、さらに11月には「モンサント社の犯罪調査?製品のダイオキシン汚染の隠蔽・ダイオキシン影響調査の偽証」と題する報告書を提出、「モンサント社は「ダイオキシンが含まれないよう特別に調製された245T」を捏造データとともに環境保護庁に提供し、それが資源保全再生法と 連邦 殺虫剤 殺菌剤 殺鼠剤法の規制を緩和させる結果になった」と述べ、列車 脱線事故 裁判で明らかになった 偽装データを 再評価しモンサント社のダイオキシン研究の科学的 監査を実施するよう 環境保護庁に要求しました。(エコロジスト誌 編集部「モンサント ファイル」緑風出版 1999)
("A History of Monsanto" from Townsend Letter for Doctors and Patients -
January 2000)

 ジェンキンスは「科学的監査」を要求したにも関わらず、環境保護庁の犯罪捜査局は「犯罪捜査局による全般的な犯罪捜査」を勧告しました。(ギブス「21世紀への草の根ダイオキシン戦略」KKゼスト2000)それには「ウラ」がありました。環境保護庁政策アナリストW・サンジョールは次のように報告しています。

米政府は詐欺行為に関するどのような申し立ても、いかなる手段を駆使して全範囲に亘って調査・検討すると確約していましたが、モンサント社により繰り返された宣伝活動、議会工作の中で何ひとつ捜査されませんでした。その代わりに米政府は告発者ケイト・ジェンキンスを調査して、不法な嫌がらせを行ないました。」(W・サンジョール「モンサント調査」1994.7.20EPA報告書)

 環境保護庁はモンサント社に関するすべての嫌疑を捜査するより、「密告者」ケイト・ジェンキンスの身辺調査に2年間を費やしたのです。同時にジェンキンス博士に対する 嫌がらせ(ハラスメント)も始まりました。1990年8月30日には仕事を取り上げられ、労働長官が仲裁に入る1992年4月8日まで彼女にはいかなる任務も与えられなかったのです。

 ベトナム枯葉作戦を指揮した経験をもち、従軍していた息子をその枯葉剤被曝で亡くしたエルモ・ズムウォルト元提督は 90年6月の米下院公聴会で証言し、公の研究に手が加えられ操作されてきた事実を強く糾弾するとともに、「枯葉剤は幅広い種類の疾病と先天異常を引き起こしており、帰還兵には正当な補償がなされるべきだ。」と主張。下院 小委員会は8月、「偽装された」研究が大手をふってきた事態を「汚い『科学』と政治コントロール」の結果だったと断罪しました。(中村梧郎「グラフィックレポート・戦場の枯葉剤」岩波書店1995)ジェンキンス博士に対するハラスメントはこの直後から始まったのです。

 その間、環境保護庁の犯罪捜査局はモンサント社のダイオキシン研究の監査をする代わりに、彼女の規律違反を発見すべく全力を注いでいました。彼女が国会議員に手紙を書いていないか、職場の文房具を私的に利用したかどうかまで調べられました。しかし、違法なものはおろか、政府規則に反するものは何も見つかりませんでした

 モンサント社は自社のダイオキシン研究の正当性を主張して、ジェンキンス博士を中傷し始めました。1991年4月に、元 環境保護庁弁護士でモンサント社顧問弁護士となったJ・ムーアは環境保護庁・副執行管理官ルドウイゼスキーに「捜査はモンサント社の評判に悪影響を及ぼす。一人の職員のプロらしくない努力からはじまった捜査をやめさせる義務が環境保護庁にある。」との書簡を送っています。さらに11月には環境保護庁の弁護士バーマンに「ジェンキンスの行動は不適切で、米国法曹協会倫理コードに照らして環境保護庁の責任問題である。環境保護庁はこの種の倫理違反が繰り返されるのを防ぐため、断固とした措置をとらなければならない。」

 92年3月のJ・ムーアの書簡には モンサント社と環境保護庁の関係が如実に現れています。

 「先週の電話で確認したように・・・モンサント社の研究で偽装が行なわれたとの証拠はない。環境保護庁の捜査は速やかに終わらせなければならない。電話の最後に、あなた(バーマン)はモンサント社の研究についての環境保護庁の監査状況と何を監査しているのかただちに私(ムーア)に知らせると言いましたよね。」
 
 モンサント社の工作対象が環境保護庁だけだったという根拠はありません。当然、議会、政府にも及んでいたと考えることは不合理ではありません。("A History of Monsanto" from Townsend Letter for Doctors and Patients-January 2000)

 ジェンキンス博士が干されている間に、ベトナム帰還兵の疾病に対する医学的因果関係の調査結果が米国アトランタの防疫センターから公表されました。調査の責任者・ヴァーノン・ハウク博士は「ダイオキシンの毒性はこれまで誇張されてきた。それが癌を誘発するにしても弱い発癌物質に過ぎない。」と断言しています。(1991.8.15ニューヨークタイムズ)

 ところがこの調査も偽装工作がされていたことが後に発覚しています。枯葉剤を浴びた歩兵中隊 200人のデータが外されて、浴びなかった1000人の歩兵大隊のデータが挿入される、兵役も 9ヶ月ではなく 6ヶ月の短期を入れる、というふうに「差が出ないようにしようという恣意的で詐欺的な操作」(ズムウォルト元提督の表現)が行なわれていたのです。

 92年2月25日付の アジアン・ウオールストリート・ジャーナルは「ダイオキシンに関する『見直し』発言は製紙業界と塩素化学業界から潤沢な資金援助を受けた宣伝キャンペーンの結果であった。」と指摘しています。(中村梧郎「グラフィックレポート・戦場の枯葉剤」岩波書店1995)

 業務をとりあげられたジェンキンスは業務の実行に対してハラスメントがあったと労働省に申し立てていましたが、こうした偽装工作の事実が露見して世間の批判を浴びたことから、労働長官の仲裁でハラスメントも終わったのです。

 そして、環境保護庁の犯罪捜査局は ジェンキンスの告発から2年後に「モンサント社の不正とされた研究は、ダイオキシンの規制を検討する過程にとっては重要ではなかった。」と裁定を下し、不正があったかどうかの判断も避けています。さらに列車脱線事故裁判で提出された申し立てについても「提訴期限を過ぎている」と門前払いにしたのです。犯罪捜査局の2年に亘る捜査について、環境保護庁政策アナリストW・サンジョールは次のように語っています。

犯罪的不正の判定には、まずモンサント社の研究に科学的欠陥があったという政府の科学者による調査結果が必要とされましたが、環境保護庁の科学者でモンサント社の捜査に関わるものがいなかったのです。誰も火中の栗を拾いたがらなかったし、権威ある地位の者でそうするよう命じる者は誰もいませんでした。」(ギブス「21世紀への草の根ダイオキシン戦略」KKゼスト2000)

 エコロジスト誌編集部「モンサントファイル」(緑風出版1999)には次のように書かれています。

 「アメリカ人はEPA(環境保護庁)やFDA(食品医薬品局)のような機関がちゃんと見張っているのだから、食品、医薬品はじめ空気や水は安全だと信じたがっている。しかし、これらの官僚機構には彼らの監視対象である製品を作る企業の過去及び将来の従業員が浸透している。そしてもし企業にやさしい政府と人事交流をもってしても企業の製品の認可がうまくいかないときには賄賂が使われることがある。」

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■権力は、こぞって大衆をだます。■普遍的な事実のようだ。

■孤立しても知的誠実をまもりつづける科学者は、それだけでうつくしい。