■別処珠樹さんの『世界の環境ホット!ニュース』のバックナンバーから転載。■シリーズ第42回【リンクはハラナ】。

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世界の環境ホットニュース[GEN] 628号 05年12月23日
発行:別処珠樹【転載歓迎】意見・投稿 → ende23@msn.com     
           枯葉剤機密カルテル(第42回)         
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 枯葉剤機密カルテル          原田 和明

第42回 在庫処分

 枯葉作戦の中止によって 使用されなかった枯葉剤は その後どうなったのでしょうか? 枯葉作戦 中止命令(1971年4月)後の10月に、米軍は 枯葉剤 散布を中止していなかったことが判明しています。人体に有害だとして使用を禁止されたはずの枯葉剤を、南ベトナムのクアンチン、クアンガイ両省で 5・7・8月に数回、ドラム缶(250リットル)約百本分散布したことを米軍が認めています。(1971.10.24 朝日新聞)

 米軍は大量の在庫に困り果てていました。枯葉作戦中止によって未使用となた枯葉剤は 790万リットルもあり、ベトナムで散布された全枯葉剤の一割に当たる膨大な量です。このうち、570万リットルは 太平洋のジョンストン島(ハワイ諸島)に、残りは米ミシシッピー州ガルフポートにそれぞれ野積みされたままでした。容器の缶は錆び始め、その維持費だけでも年間40万ドルもかかり、米軍の頭痛のタネになっていました。たまりかねた米軍は72年にイリノイ州ソーゲットやテキサス州ディア・パークで焼却処分にしようとしましたが、環境汚染の心配があるとの反対運動と費用がかかりすぎるという問題に直面して頓挫していました。(1973.4.17朝日新聞)
 枯葉剤の容器が錆び始めているとのことですが、枯葉剤はいつ頃米国内に持ち込まれたものでしょうか? 沖縄のサリン移送問題から71年6月には 化学兵器の米国内への持込を禁止するグラハム法が成立していますので、枯葉作戦が中止となった71年4月からグラハム法発効前の6月の間にベトナムから搬出されたと考えられます。そして一部積み残した枯葉剤もあったことでしょう。それを処分するために南ベトナムで ドラム缶100本分の枯葉剤を散布したのだと考えられます。ミシシッピー州ガルフポートの野積み枯葉剤は1980年に漏洩が発覚しています。

 71年夏に沖縄から持ち出されたマスタードガスなど1万3千トンの化学兵器もジョンストン島に保管されたことになっています。ジョンストン島の化学兵器保管施設は70年末には「これから建設する」という段階で、その費用は日本政府が肩代わりした疑惑があります。(GEN558号)そして、71年末には2万トンもの化学兵器が貯蔵されているはずでしたが、1984年には在庫が数千トンになっています。(GEN561号)その間に相当量の化学兵器が持ち出されたことでしょう。

 73年には大量の枯葉剤の処分に困っていた米軍に、ニューヨークのIRI社など2社がブラジル、ベネズエラ、パラグアイなどの南米諸国に売りたいと払い下げを申請してきました。枯葉剤を化学兵器としてではなく、除草剤として南米諸国に安く売れば途上国への援助にもなり、ドルも稼げる一石二鳥のアイデアだというのです。輸出するときは容器を塗りなおし、米軍のマークを消すことになっていました。

 これに対し、ケースウエスタン・リザーブ大学医学部のエブステイン博士らは、「非常識きわまる」と猛然と噛み付きました。第一に、枯葉剤の毒性の問題、第二にいつでも軍事用に転用できる(というかもともと軍事用)点をあげ、ゲリラも多く政情不安定な南米に、米軍がお手本を示した化学兵器を持ち込むとは言語道断だというのです。会社側は、輸入国は毒性を承知で買っているのだから、安全な使い方をすれば大丈夫と反論しています。(1973.4.17朝日新聞)

 そして、枯葉剤は本当に払い下げられたのでしょうか。枯葉剤はその後ブラジルで使われたことが判明しています。西ドイツの自動車メーカー・フォルクスワーゲン社がアマゾンに大牧場を作るため、11万ヘクタール(淡路島の2倍)の原生林を枯葉剤で不法に立ち枯れさせていることが判明しています。なぜフォルクスワーゲン社が牧場を? その理由は優遇税制にありました。ブラジル・フォルクスワーゲン社は年産60万台でブラジル市場の半分を占有していますが、農牧地開発に投資すれば優遇税制の特典があるというのです。しかし、環境破壊を非難されて、ザウエル社長は「牛作りは 自動車作りよりも 難しい」とぼやいたとか。(1976.11.17朝日新聞)

 ブラジルではさらにアマゾンのアルミニウム鉱山開発のために、原生林が伐倒され、そのとき枯葉剤が大量に使用されました。このプロジェクトには日本企業が多数関与していて、住民に奇病が発生しているとの情報があります。(河村宏・綿貫礼子「毒物ダイオキシン」技術と人間1986)

 1984年11月に アマゾン地区 トカチンヌ川にツクルイ水力発電所が部分稼動を始めましたが、ここで発電された電力を300km 離れたベレンに送電するための高圧送電線建設に際し、全長225km、幅 100?300m にわたり、ジャングル伐倒のため1980?1982年の間に枯葉剤が散布されました。使用された枯葉剤はダウ・ケミカル社製でした。枯葉剤散布からほどなく沿線住民に奇病が多発しました。痙攣、頭痛、嘔吐に悩まされ、約50名が死亡(州政府の調査で17名は枯葉剤による死亡、25名は枯葉剤の疑いが強いと判定された)、30名の女性が 先天異常児を出産、2千頭以上の牛、無数の小動物も犠牲になりました。しかし、例によってダウ・ケミカル社は枯葉剤との関係を否定しています。枯葉剤を混合した飼料を牛に食べさせても 悪影響はなく、かえって 体重が増加したと発表、散布した会社社長は「村ではわれわれが来る前から病気が多かった。今度の事件で州政府などがこの村の貧困に配慮するようになってよかった。」と語っています。

 ところで、日本のODAで建設されたツクルイ水力発電所の電力は地元住民のためではなく、ベレン郊外のアルミ精錬会社に供給される計画でした。そのアルミ精錬会社に資金の49%を出資または融資したのが日本です。77年に日本側投資会社「日本アマゾン・アルミニウム」を設立して339億円、日本政府からは226億円が出資されました。融資も含めると 日本から1885 億円が拠出され、官民一体化した国家プロジェクトとみなすことができます。その事業で枯葉剤が使われたのです。

 このプロジェクトでは 日本国内にも 不穏なできごとが ありました。77年6月に「日本アマゾン・アルミニウム」の幹事会社三井アルミ社長宅爆破事件がり、公安当局は、それまで公害輸出反対の立場からこのプロジェクトに異議を唱えていた反公害輸出通報センターやラテンアメリカ行動委員会が、あたかも事件と関係があるかのようなデマ情報をマスコミに流し、それを受け売りした読売、日経、東京新聞などがでっち上げ記事を掲載したのです。アマゾン枯葉作戦はその数年後のことでした。

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■毎度かいていて、イヤになるが、大企業や政府の倫理観のなさ。

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