■しばらく ごぶさただった 田中宇さんの『国際ニュース解説』。しかし、この論題をかかれては、とりあげないわけにもいくまい。

日米同盟を揺るがす慰安婦問題
2007年4月3日  田中 宇


 従軍慰安婦問題が大きな騒動になっているが、今回の騒動の最大のポイントは、なぜアメリカの側が、今のタイミングでこの問題を持ち出してきたのかということである。

 米議会下院では、今年1月末以来、日本政府に対し、従軍慰安婦問題についての明確な公式謝罪を求める決議を行うことを検討しており、すでに下院の外交委員会を通過し、4月に下院本会議で可決される見通しとなっている。安倍首相は4月に訪米する予定で、政権就任から半年目にしてようやく念願の訪米を実現する安倍のために米側が用意しているのは、慰安婦問題という反日の針のむしろという、意地悪な状況になっている。

 日本では、下院で対日非難決議の提案を主導した日系のマイク・ホンダ議員が、戦争犯罪問題で日本を非難する市民運動を続けている自分の選挙区の中国系アメリカ人から政治献金を受けていたことから「中国政府が日本を陥れるために在米団体を使ってホンダ議員を動かした」「これは中国の陰謀だ」といった見方が出ている。

 しかしアメリカでは、議会だけでなく政府(ブッシュ政権)も、議会と同様の態度をとり、慰安婦に対する強制はなかったと主張する日本側の対応を非難している。3月はじめにいったんはこの問題に対し、従来の日本政府よりも否定的な姿勢に出た安倍首相が、その3週間後、1993年の河野談話に沿って謝罪するという、従来どおりの日本政府の姿勢に戻った後の3月26日に、国務省報道官は「謝罪がなされたことは評価するが、日本政府がこの問題についてさらに責任ある対応と、重大な犯罪であるという認識をとり続けることを求める」と表明している。この姿勢は、ホンダら米議会と大差ない。(関連記事
(ホンダ議員は日系人だが、中国系が北京や台北の本国政府と連携して米政界に影響を与えようと政治活動をする人がけっこういるのに対し、日系人は東京の政府と結託してアメリカで政治を展開するということをやっていない。戦後の日本政府が外国の日系人に冷淡だからである。そのため、アジア系の票田を狙っているホンダ議員は、日系ではなく中国系の活動家とつながる傾向が強いのだろう。ホンダは911後、差別に苦しむ中東系の住民による差別撤廃運動に協力しており、これも彼の票集め戦略であろう。彼は「日系人として、戦時中に収容所に入れられて苦労したので、911後に差別されている中東系の人々の苦労がよく分かる」と述べているが、うまいことを言うものである)(関連記事

 昨年秋の中間選挙で民主党が多数派を奪って今年の会期を迎えた米議会上下院と、共和党のブッシュ政権とは、イラク占領政策や税制、財政などをめぐり、しばしば鋭く対立しており、一枚岩ではない。カーター以来、同盟国の人権問題も非難する傾向がある民主党と、イスラム教徒やロシアなど反米諸国の人権問題のみを攻撃する共和党ブッシュ政権では、日本の戦争責任問題に対する態度が異なっても不思議はない。米議会が日本の従軍慰安婦問題を非難する決議をしても、米政府はそれを軽視して「戦後の日本は良くやっている」と、日本をかばうともできたはずだ。

 従来のブッシュ政権は、日本を擁護する姿勢を採ってきた。しかし、今回の議会の決議を機に、米政府は、米議会と同じ姿勢をとっている。今後の展開がどうなるかによるが、アメリカは、戦争責任問題で日本を非難することを控える姿勢から、積極的に非難する姿勢に転換し始めた可能性がある。

▼ブッシュ政権は日本を擁護してくれると思ったが・・・

 従軍慰安婦の問題は、1990年代初めに日本や韓国の市民運動によって問題にされて以来、当時の日本の軍と政府にどの程度の責任があるのかをめぐり、韓国・中国と日本の左派(反日派)という左派連合と、日本の右派との間で議論が続いている。

 911以来、単独覇権主義を掲げて中国やロシアへの敵視を強めるブッシュ政権に合わせるかたちで、日本政府は小泉政権から安倍政権にかけて、右派の姿勢を強めてきた。日本政府は、アメリカ主導の対中国包囲網の一環となることで、米単独覇権体制の世界の中で生き延びていくことを目指した。

 だが今回、ブッシュ政権が対日批判の議会決議案に同調したことは、右派の姿勢をとっている安倍政権にとって、大きな危機となっている。これまで日本政府が描いてきた「日米で中朝露に対抗する」という戦略が瓦解し「米中朝韓から一斉に日本が非難される」という悪夢のシナリオになりかねない。

 これまで米政府は、日本政府が戦争責任を縮小方向に見直すことについて、ほとんど批判したことがなかった。日本政府が国内のナショナリズムを扇動して、防衛庁を省に昇格したり、憲法9条を改定し、在日米軍の負担を減らすことを、むしろ歓迎していたからだ。

 そのため、今年2月に米議会の審議を皮切りに慰安婦問題が騒動になったのに対し、安倍首相は、慰安婦問題についての当時の日本軍や政府の責任は、従来日本政府が「河野談話」などで認定していたより少ないという結論を出す方向で再調査を行うことを、3月初めに自民党内から提案させたりして、米議会決議案と正面から対決する姿勢を見せた。おそらく、米議会が反日決議を出しても、ブッシュ政権は日本を擁護してくれると思ったのだろう。(関連記事その1その2

 しかし、日本側にとっては意外なことに、ブッシュ政権は議会の反日姿勢を支持した。このため安倍首相は急いで態度を変え、米議会決議案に対抗する姿勢を見せてから3週間後の3月下旬に、慰安婦問題について改めて謝罪し、河野談話を継承する姿勢を表明した。しかし、アメリカのマスコミは「本気で謝罪していないのではないか」という論調の記事を流し、日本非難はおさまらなかった。(関連記事その1その2

▼過激な論調の米決議案

 日本軍は、1937年に日中戦争が始まった後、多数の兵士を派兵した中国の諸都市に、軍の管轄下で、民間の業者に委託して運営される、軍関係者専用の「慰安所」(売春宿)を設立した。1945年の敗戦まで、慰安所は日本が軍事占領した中国、東南アジア、南洋などに広く作られていた。最初に慰安所が作られた上海のケースでは、軍が慰安所の設立を構想し、民間の業者に委託して、日本内地の各県から売春婦を募集したことが、当時の公文書などから確定されている。(関連記事

 兵士は日本人なので、日本人もしくは日本語ができる女性が好まれた。日本軍は業者に、最初は内地の日本人の売春婦を募集したが、中国や東南アジアでの戦線拡大で、戦地の兵士数が急増して売春婦の募集が追いつかず、朝鮮や台湾といった外地でも募集をかけるようになり、中国の地元でも売春婦を探すようになったと考えられる。

 米英は、人権重視の姿勢が外交的な力になるという考えから、売春を禁止する立場をとり、米英が主導して1920年に設立された国際連盟も、加盟国の条件として売春を禁止することが定められていた(日本政府は、国内の売春を規制して対応したが、中国などの植民地は例外とした)。このような経緯から、米英軍は、軍が慰安所の設立や運営にかかわることはなく、兵士は休みの時に個人的に民間の売春宿に通っていた。これに対して1933年に国際連盟を脱退した日本とドイツは、米英主導の価値観だった人権重視の態度を採ることをやめ、売春禁止よりも、兵士の性病罹患を防止することなどの効率性を重視し、国際法の逸脱を軽視して軍が慰安所を設立することにしたのだと考えられる。

 日本での従軍慰安婦をめぐる議論の中心は、軍の管轄下の慰安所の運営をめぐり、どれだけの違法行為、人権侵害行為があったのか、ということである。右派の人々は「当時の水準から見てのひどい行為は、例外的にしか発生しなかった」と主張する傾向がある半面、左派の人々は「人身売買、強制連行、誘拐、強姦、賃金上の契約不履行、暴行、監禁、奴隷化、強制堕胎などの犯罪的行為が多発していた」と主張する傾向がある。

 こうした状況を踏まえた上で、米議会で審議されている日本非難決議を見ると、その内容は、左派の人々の主張の中でも過激な方のトーンを採用していると感じられる。決議案は、慰安所での日本軍の行為について「ギャング的な強姦、強制堕胎、性的暴行、人身売買など、多数の非人道的な犯罪行為が、20世紀最大の規模で行われた。前代未聞の残虐さと広範囲を持った犯罪だった」と書いている。(関連記事

 米下院の外交委員会では、2月中旬に慰安婦問題を審議したが、その際に証人として呼ばれた元慰安婦らは、いずれも以前から反日運動を展開してきた活動家として知られている人々だった。(関連記事

 ホンダ議員らは、米議会下院で、一昨年からの前会期にも、ほぼ同じ日本非難決議案を提案し、審議も進めたが、昨年暮れ、最後の段階で、本会議の上程を見送っている。前回の決議案は、日本政府が作った「アジア女性基金」に対して否定的な見解を盛り込んでいるのに対し、今回の決議案は同基金に対して評価する文言に差し替えられている。今回の決議案では1993年の河野談話に対する評価も書き加えられているが、これは、前回の提案を見て驚いた日本政府が、米政界に対する説得活動を展開し、アジア女性基金や河野談話といった日本政府の政策を評価する文言を提案に入れてもらったからだ。米下院での決議案の中の、その他の部分のエキセントリックさは、前回も今回も変わっていない。(関連記事
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【後半は、次便】

■この文章をみただけでも、田中さんが、左派なんかではなく、リベラル右派
(上質な知性ではあるが)にすぎないことが、はっきりわかるだろう。■しかし、問題の本質は、こういった良質なリベラル右派ないし中道に位置する知性に、軽蔑される日本の右派政治家たちの認識水準のひくさだ。連中は、しばしばリベラル右派を非現実主義とこバカにし、左派にいたってはリベラル層でさえ論外だといいたげだが、かれらこそ国際政治の実相を直視できない妄想家集団なのである。


●Wikipedia「マイク・ホンダ」←「Mike Honda
●Wikipedia「慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話
●「ワシントンポスト社説の安倍批判=いわゆる「従軍慰安婦」問題について2
●「図星をつかれると、「アンタには、いわれたくない」が くちをつく?=いわゆる「従軍慰安婦」問題について3

●「トラックバック・ピープル 安倍晋三
【つづく】