■『阿修羅』経由からの記事。

慎太郎都知事怒った 東知事の「傲慢」発言を一蹴 (スポーツ報知)
http://www.asyura2.com/07/senkyo34/msg/112.html
投稿者 天空橋救国戦線 日時 2007 年 4 月 29 日 09:41:53: ZtsNdsytmksDE

(2007年4月28日06時00分 スポーツ報知)

http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20070428-OHT1T00006.htm

 東京都の石原慎太郎知事(74)が27日、宮崎県の東国原(ひがしこくばる)英夫知事(49)のホームページ(HP)上での「東京の傲慢(ごうまん)は復活した」との発言に対し、「田舎もんが東京のことを偉そうに言わん方がいい」と言い放った。「傲慢」発言については、東国原知事が複数のメディアで「傲慢なのは石原知事ではなく、保守的でありたいと願う都民」などと説明。この弁明に、石原知事は不快感を露骨に示し「言うことがあるなら、オレの目の前に来て言えばいい」と“直接対決”を突きつけた。

 「目の前で言え、オレの前で言ってみろ、向こうにそう言っときゃいいよ」石原知事は、東国原知事の名前が出ると、質問を遮って、吐き捨てるように語った。
 東国原知事は都知事選開票翌日の9日夜、HP上の日記で「東京は創造(変化)をいったん拒否した。東京の傲慢は復活した。これで暫(しばら)く、東京は変わらない」と持論を展開。“石原都政批判”とも受け止められ、石原知事は23日の会見で「何をもって傲慢というのか、もう少し詳しく聞かせてもらいたい」と語っていた。

 これに対し、東国原知事は複数のメディアで「傲慢」は石原知事個人ではなく、「変革」を求めず「保守」でありたいと願う都民を指していると説明。9日の日記にも、東京について「『夢』と『可能性』を信じるために保守であり続けなければならない街」「『改革』に気付きたくない都市」と論じている。

 しかし石原知事は、東国原知事の“弁明”を「つじつまが合わない。日本語になってないな。もう1度、勉強してメッセージを出した方がいい」と真っ向から否定。「都民が保守的でありたい? そりゃいいものを残すのが『保守』であり、悪いものを直すのが『改革』でしょ。両方やっているじゃないですか」と説明した後、ついにキレた。「どういう人か知らんけどさ。あまり田舎もんが東京のことを偉そうに言わん方がいい」

 最後に「東国原知事に言いたいことは?」と問われると、ひときわ語気を強めて「ないねー」。さらに「舌足らずじゃなしに、言うことがあるならオレの目の前に来て言え。面と向かって。別にそこでケンカするわけじゃないけど」と“直接対決”を要求した。

 一方で、人気知事同士の場外バトルは本意ではないようで、「また、そんなことであおんなさんなよ」と少々うんざりした様子でもあった。

 ◆釈明「数字が違うかも」

 石原知事は、当選後の会見などで阪神大震災発生時の兵庫県知事の対応を「首長の判断が遅かったから2000人余計な人が死んだ」と批判したことについて、「ちょっと数字が違うかもしれない。(知事選の選対本部長だった)佐々淳行さんの受け売りだった」と釈明した。

 その上で「崩れた現場で人の気配があっても、重機がないまま人がむざむざ死んだ。だから法改正で自衛隊の判断で出動できるようになった」などと話した。

 石原知事の発言に対しては、発生時の兵庫県知事だった貝原俊民氏が「判断の遅れではない」と反論する手記を公表している。

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■まあ、なんと正直というか、まさに「図星」をつかれたので、ムッとして、こえをあらげてしまったということ。■マッチョに「一蹴」したかのように報じられているけど、なんのことはない、この程度の発言を「挑発」を感じてしまう程度の 線のほそさが馬脚をあらわしたということ。お粗末。
■「どういう人か知らんけどさ。あまり田舎もんが東京のことを偉そうに言わん方がいい」だって? 「知らん」ということで、不勉強をタナにあげて、みずからを一所懸命もちあげているようだが、芸能人系のタレント政治家という意味では、世代がズレているだけで、スタートラインは同質のはず。■芥川賞作家とか石原裕次郎の実兄といったブランドなしに、人気がでたと誤解しているんなら、どうかしている。まあ、あれだけ「石原軍団」を選挙戦に動員した以上、自覚はあるんだろうけど(笑)。

■で、実際のところ、東京都民の相当部分は、自分たちを「かちぐみ」ないし、その予備軍と誤解したからこそ、新自由主義を演出する石原氏に投票したわけで、要は「東京」という、なにも努力なんぞしなくたって、大企業が本社をおいてどんどん税収がみこめる異様な大都市にむらがって、地方を収奪しつづけようという「合意」ができていたってことだよね。■それが「傲慢」でなくて、なんなわけ? ま、投票した大半の層は、トンだカンちがいをしている、擬似「かちぐみ」層ないし真性「まけぐみ」層で、その意味では一見気の毒なんだが、それは自業自得というもの。むしろ、日本中に矛盾を転嫁している自覚がない分、実に「はた迷惑」。原発にしろ、東京におけや

■ちなみに、問題の文章が公開されているのは、『新そのまんま日記!』の「電波知事の憂都 (04月09日 20時16分)」。■該当箇所を全文転載しておこう。

 8日(昼)お台場から東京駅(八重洲グローバル)まで走った。途中、有明にある2016年東京オリンピック選手村建設予定地を通った。お台場から晴海通り、そこに今の東京が存在した。
 一体、東京はどこに行くのだろう?行きたいのだろう?
 
 東京は、結局、マニフェスト不在選挙だった。「マニフェストの壊死」。東京のある種なその圧倒と後退、「実は保守の素顔」、その真実をあっさり露呈した。そんなことは百も承知だったが。改めて認識させられた。
 ドリームのある都市はいつでもどこでも保守的である。保守的であることが「夢」や可能性を際立たせる。
 それを彼は知っている。
 
 東京に「革命」「改革」の機運はまだまだ起こらない。起こるための決定的でかつ現実的なファクターが薄い。いや、多数の人々が薄いと感じている。いや、気付いてないのだ。もしかすると気付きたくないのかも知れない。気付きたくない人が都会に集中してくるのかも知れない。
 
 「革命」より「夢」や「可能性」が優先される。「夢」と「可能性」を信じるために保守であり続けなければならない街――東京。
 「改革」に気付きたくない都市、東京。
 保守であることによって理想と「夢」を、実際に「夢」が存在することを演出した街。ある意味、それが人々の理想であることが皮肉な現実である。
 
 選挙は、ときに、社会とその社会に暮らす人々とそれらの正体・実体を浮き彫りにする。逆に言えば、それらへの先見が選挙を制する企てと言えよう。
 
 東京は創造(変化)を一旦拒否した。東京の傲慢は復活した。これで暫く、東京は変わらない。日本も変わらない。それが是であるか非であるか?その検証も当面封印された。



●「慎太郎、東知事に激怒「田舎モンがとやかく言うな」」『ZAKZAK』
●「東京は変化する事を拒否した」(『もみじ日記』)
●「東京は変化する事を拒否した」(『介護と防災について考える』)
●「地方は原子力行政の手段じゃない
●「沢山・東洋町長怒る(朝日)=高レベル放射性廃棄物最終処分場問題