■「産経は首相の謝罪を批判しないのか?=いわゆる「従軍慰安婦」問題について16」の補足記事。■先日の『JANJAN』の記事「恥ずかしい国 日本 元兵士証言?安倍首相訪米を前に(2007/04/27)のコメント欄に、ある種典型的な非難がでたので、全文転載。

安部総理の発言と行動について
名前:山口一男
日時:2007/04/28 03:31
  他のスレで私自身の慰安婦問題に対する意見は書いてきたので、それは繰り返さないけれど、この記事にある「安倍首相の『同情』との発言は当事者ではなく他人事の発言である」などの最近の安部総理のこの問題に対する発言や姿勢についての批判には、米国在住が長くで「外からわが国を見ている」一日本人として大きな疑問を呈せざるを得ない。安部総理の「慰安婦に深く同情する」「人権問題に真摯に取り組みたい」などの発言には米国でもワシントンポストの「2枚舌」批判やダニエル・イノウエ上院議員の「日本政府は本気かどうか疑わしい」という懐疑論はあるが、米国の知日派にはおおむね好意的に受けとめられている。この総理の発言に対し、日本では「左」はワシントンポストと同様の「批判の鎮静化を図るだけの策略」という批判的見方や、「右」からはそれまでの彼の思想からの「変節」と見る見方など、肯定的評価は極めて少なく、また日本の大新聞も事実の報道のみで論評は控えているように思われる。
 一国の首相である以上、本音はどうであれ、一つの建前(慰安婦問題には人権侵害問題であり、今後日本はこの問題に限らず人権侵害問題の解決に勤める)を対外的に繰り返し言明した以上、当然行動責任も伴うことを承知の上で在り、日本国内の左右の批判も当然覚悟の上でこのような人権問題の「グローバル・スタンダード」に立ったこと、それはわが国の今後に現在最も責務のある個人として、少なくともこの問題に対する総理の最近の一連の行動は、高く評価すべきであると私は思う。本音などはどうでも良い。建前とその誠実な遵守が政治には重要である。この点「他人事の発言」という批判はおかしい。彼は慰安婦でも、慰安婦に強制売春させた旧日本軍や関連業者でもなく、その意味での当事者では全く無い。わが国の姿勢に責任がある個人という意味ではまさに当事者であるが、その役割では他人事で無いからこそ、左右双方からの批判を承知の上で国益も考え彼は大道についたのであり、一国を預かるに十分責任ある当事者の態度・行動といってよい。「本気で謝罪するなら行動が伴わなくてはならない」と記者は主張するが、公式発言も行動のうちであり、今後にその発言の責任を担っている。とりあえずは、慰安婦問題に関する首相の最近の一連の発言や行動を好意的に評価し、今後を見守るというのが報道の正道ではないだろうか。
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■「本音などはどうでも良い。建前とその誠実な遵守が政治には重要である」というのは、一応「正論」だ。■しかし、この論者は、さまざまな点で不勉強ゆえの誤解をしているようだ。

■?安倍首相は典型的な世襲議員である。しかも、母方の祖父を尊敬し継承すると意識的にブランド化をはかってきたわけだが、その祖父岸信介は、「戦後にA級戦犯容疑で逮捕され収監されたが、アメリカの方針が反ファシストから反共に転換したことから不起訴となり、政界復帰」したという、なうての人物である。■しかも岸が戦争犯罪の容疑をかけられた経緯は「満州で権力を握り、その後東條内閣商工大臣」という経歴ゆえのものだ。■「満州国に強い影響力を有した軍・財・官の5人の実力者を指した」「弐キ参スケ」の1名であり、しかも「このうち、鮎川義介・岸信介・松岡洋右を満州三角同盟ともいう」との記述は重要だ。■また、商工大臣である以上、国策にもとづいて大企業を中心に軍需産業を指導・統制していたわけで、満州からひきあげたあとは、より中枢で日中戦争・太平洋戦争に対する責任をまっとうしたことになる。■いってみれば、植民地支配・総力戦体制の大立役者だったことになるわけで、その人物を尊敬し継承することをモットーする人物は、その「負の遺産」をおうのは当然である。■「彼は慰安婦でも、慰安婦に強制売春させた旧日本軍や関連業者でもなく、その意味での当事者では全く無い。わが国の姿勢に責任がある個人という意味ではまさに当事者であるが、その役割では他人事で無いからこそ、左右双方からの批判を承知の上で国益も考え彼は大道についたのであり、一国を預かるに十分責任ある当事者の態度・行動といってよい」といった、途方もなくあまい評価がどうやったらみちびきだせるのか、きいてみたいものだ。■まさか、「岸信介が従軍慰安婦関連施設への具体的指示をくだした物証はないから、まごの安倍首相は無関係」などと、いいはるのではあるまいね?

■?前回もくりかえしたとおり、安倍首相は以前『歴史教科書への疑問』のなかで、石原信雄氏ら当時の慰安婦問題調査の営為を全否定するかのような疑義を呈し、しかも「明らかに嘘をついている人たちがかなり多くいるわけです」などといった口調で、当事者をウソつきよばわりした経緯がはっきり「物証」としてのこされている。■といか、かれは、なかまらとともに、自分たちがそういった決定的な失言をしているという自覚もなしに、慰安婦問題を矮小化できるだろうと、タカをくくって政治的プロパガンダとして出版をつづけている。■つまりは、かれは公式に、いまだ「明らかに嘘をついている人たちがかなり多くいるわけです」発言を撤回していないということになる。
■結局、かれの「公式謝罪」とやらは、過去の日本軍・政府の権力犯罪について形式的になされてはいるが、みずからの暴言については、くちをぬぐっているのである。■「日本国内の左右の批判も当然覚悟の上でこのような人権問題の「グローバル・スタンダード」に立ったこと、それはわが国の今後に現在最も責務のある個人として、少なくともこの問題に対する総理の最近の一連の行動は、高く評価すべきであると私は思う」といいきれてしまう、知性と感性をうたがうよ。■その、「プリンスメロン」に類する、異様な糖度の評価は、どういった情報処理からもたらされるのか、具体的にきいてみたいものだ。自分にトコトンあまい人物は、擁護者にもこういったトコトンめをつぶってくれる人物をひきよせるのだろうか?

■はっきりいって、安倍首相が政治的道義的責任をはたせるとしたら、■?モジどおり土下座をもと慰安婦のまえでおこない、■?『歴史教科書への疑問』等でくりかえしたかずかずの暴言についての具体的自己批判を刊行し、■?あわせてその広告を大々的に謝罪広告として有力メディアにつくすといったとことか?
■それが誠意ってもんだ。本心とくいちがったパフォーマンスであれ、そこまでやったら、みとめてやろう。「三代目にして、ようやく教養が蛮行を邪魔するようになった」とね。

●「トラックバック・ピープル 安倍晋三