■『朝日』の3週間まえの記事。

裁判員時代の公判調書、自動化なるか 
方言認識など課題

2007年4月25日(水)12:56

 裁判員制度のもとで、証人や被告が法廷で話した内容を翌日には裁判員たちが確認できるよう、最高裁は審理中のやりとりを機械で文字化する「音声認識システム」の実用化を進めている。2年後の制度開始までに全地裁での導入を目指すが、言葉の認識率をどう高めるかがカギ。全国一律のシステムのため各地の方言、独特の言い回しへの対応が困難という課題も浮上している。
 裁判の証人尋問や被告人質問は裁判所速記官が廷内で記録していたが、最高裁は98年に採用を停止。現在はやりとりを録音して後でテープ起こしする「録音反訳」が主流だが、調書作成に4日はかかる。

 裁判員制度の裁判では公判は原則ほぼ連日開かれる。調書のないまま連日開廷したのでは、きちんと流れをふまえて尋問・質問に臨みたい検察・弁護側や、評議に入ってから核心となる証言や供述を確認したいという裁判員・裁判官のニーズに応えられない。

 そこで最高裁はすばやい文字化を図ることにし、昨年度からNECに音声認識システムの研究開発を委託。今年度は1億3000万円を計上し、認識率の向上にかけている。完璧(かんぺき)な書面化には時間がかかるにしても「確認したい場面のチェックが優先」として、検索機能を充実させ、すぐ「頭出し」できるようにする考えだ。

 NECによると、アナウンサー調の話し言葉であれば認識率90?95%まで向上したものの、そのほかは話し手や話す状況によって数値は大きく変わる。同じ響きの他の言葉に変換される、語尾が文字化されない、などの課題は残り、最終的には人による点検が必要という。

 法廷に出てくる人にアナウンサー並みの話し方は期待できない。特に難題なのは、地方によって違う方言や言い回しの認識だ。法廷でよく使われている言葉の辞書化も進めているが、全国一律なシステムのため、各地裁の管内に特有の言葉への対応は困難という。

 大阪地裁で40年以上、速記官の経験がある石渡照代さん(63)は「記録には正確さが高く求められる。速記官は聞き取りにくければその場で聞き直しを頼むが」と機械による音声認識を懸念している。「転勤族の裁判官はともかく、法廷で方言を使うことはごく日常的。例えばヤクザの方言を使ったおどしが恐喝罪が成立するかどうかを左右するだけに、地方に合った対応が不可欠だ」と指摘する。

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■判事さんというのは、コトバの専門家のはずだが、こと一般人の言語生活の実態はうまく把握できないようだ。■この件も、本質をみごとにハズしていて、全然論点が整理できていない。

■「きちんと流れをふまえて尋問・質問に臨みたい検察・弁護側や、評議に入ってから核心となる証言や供述を確認したいという裁判員・裁判官のニーズ」に応じられるよう、「「確認したい場面のチェックが優先」として、検索機能を充実させ、すぐ「頭出し」できるようにする」という目的であれば、認識能力を少々たかめらればいいわけだ。

■もともと、「アナウンサー調の話し言葉であれば認識率90?95%まで向上したものの、そのほかは話し手や話す状況によって数値は大きく変わる。同じ響きの他の言葉に変換される、語尾が文字化されない、などの課題」といった音声処理技術の問題はともかく、それと「法廷でよく使われている言葉の辞書化も進めているが、……各地裁の管内に特有の言葉への対応は困難」といった地域語問題とかは、からまないはずなのだ。
■だって、原告・被告らの権利をまもるためには、確定とみなされる記録については「最終的には人による点検」が不可欠なはずだし。。■死刑制度などもからむし、原理的に100%は不可能でも、かぎりなく100%にちかづけるという努力義務が生じるよね。■つまり、機械による音声処理・記録化ってのは、「記録には正確さが高く求められる。速記官は聞き取りにくければその場で聞き直しを頼む」といった微妙な次元がからむ話題では、本来ないはず。


■ともかく、「法廷で方言を使うことはごく日常的。例えばヤクザの方言を使ったおどしが恐喝罪が成立するかどうかを左右するだけに、地方に合った対応が不可欠」って現実がある。■そんななか、「各地裁の管内に特有の言葉への対応は困難」といった地域語問題が、「アナウンサー調の話し言葉であれば認識率90?95%まで向上したものの、そのほかは話し手や話す状況によって数値は大きく変わる。同じ響きの他の言葉に変換される、語尾が文字化されない、などの課題」といった音声処理技術の問題とからめられるのは、根本的にまちがっている。
■?「法廷で方言を使うことはごく日常的。例えばヤクザの方言を使ったおどしが恐喝罪が成立するかどうかを左右」っといった現実は、「転勤族の裁判官」自体が、そういった微妙な次元で全然地域にねざせていないということ、人権・公平さをまもるうえでの資質にかけていることを推定させる。■その意味では、「記録には正確さが高く求められる」がゆえに「聞き取りにくければその場で聞き直しを頼む」ことで柔軟かつ適当に対応していた裁判所速記官たちを全廃した、最高裁判所の言語感覚は、地域文化への無理解を端的に象徴しているといえそうだ。■「アナウンサー調の話し言葉であれば認識率90?95%」といった音声処理の技術論にことを矮小化してかんがえているのも、ある意味、そういった無神経さ・鈍感さのあらわれなのだ。
■?もともと原理的に「各地裁の管内に特有の言葉への対応は困難」なのであって、「全国一律なシステム」なんてしろものができるなどと夢想する方がヘンだ。■機械による音声認識が「全国一律なシステム」として構築可能なら、東北各地や沖縄などの医療・福祉施設で、高齢者むけの地域語マニュアルなどつくられるはずがなかろう。■柔軟性・即応性があるヒトでさえも、地域ごとに高齢者対策マニュアルが作成されている現実は、そういった融通無碍を期待できない音声処置機械のばあい、地域ごとに言語データをいちいち入力しなければならない、ってことを意味する。「全国一律なシステム」などとんでもないことであることは、はじめからわかりきったことだ。


■そうかんがえると、裁判所速記官経験者が「転勤族の裁判官はともかく、法廷で方言を使うことはごく日常的」とのべたのは、痛烈な皮肉と理解すべきだ。■裁判所速記官制度を廃し、「はやりとりを録音して後でテープ起こしする「録音反訳」」ですまそうといった「改革」は、いかにも外注も視野にいれた、人件費節減にかなっているようにみえる。■しかし、かりに経費節減ができても、厳密な記録として「最終的には人による点検」が不可欠という宿命からはのがれられないし、それを熟練した技術者でなく機械の音声認識で代替できるかもしれないなど、あらぬ方向に暴走している裁判所。その知的に無残なありようはなんだのだ。法学部・法科大学院を優秀な成績でおえて過酷な選抜試験にとおるための知力があっても、こと庶民の生活実感から遊離していたんではね…。


■どうやら、田中克彦『法廷にたつ言語』の初版が四半世紀ちかくまえに提起した問題点は、全然前進していなかったらしい。■南北アメリカ大陸やオセアニア、シベリアのように近代になって展開した植民地でないかぎり、コトバの地域性はぬぐいさられることはない。■それを、一律に標準語に法的な術語をまじえればことたれりとする感覚は、コトバの専門家の見識として、あまりに貧困といえる。