■まずは、Wikipediaから。

ネット右翼

ネット右翼(ネットうよく)はインターネット上で右翼的な発言をする人物をさす。ネットウヨク、ネットウヨとも呼ばれる。

概要
ネット上の掲示板やブログにおいて右翼的な発言および各種メディアへの批判をおこなうことで知られている。大半は1970年代?1980年代生まれの主に男性と見られているが、統計的な検証は行われていない。小泉政権発足後、急速に台頭し、注目されるようになった。これはブロードバンドの発達ともリンクしているとみられる。
また、ネット上の発言のみならず、政治団体市民団体報道機関に対し組織的集中的に抗議電話を掛ける・電子メールを送るなどして圧力を掛ける(電凸)といったオフラインでの抗議行為や、ネット上でコンタクトをとった後の現場における行動も含まれる。ただ、確固たる組織を形成しているわけではなく、個々がネットで連帯をとりながら行動している。

自然発生的に生まれた言葉であり使用する各人によりネット右翼の定義は様々であるが、2000年代の日本における若年層の右傾化の象徴とみなす向きが多い。また、ネット右翼に対してネット左翼という言葉が新聞・テレビといったメディア上では存在しないことも注目される。
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■まず「ネット左翼という言葉が新聞・テレビといったメディア上では存在しない」というが、要は左派系の市民は、「政治団体市民団体報道機関に対し組織的集中的に抗議電話を掛ける・電子メールを送るなどして圧力を掛ける(電凸)といったオフラインでの抗議行為」といった面で、めだった戦渦をあげていないのだとおもう。■たぶん、これらの抗議行動が自分たちに対する印象をわるくするといった、冷静な計算などがはたらくとか、限度をこえた しつこい抗議行動は、精神的暴力であって、ひかえるべきだといった、ごくまっとうな感覚が、暴走にいたる心理に「はどめ」をかけているんだと推測できる。
maxiさんたち、非左翼にいたっては、
私たちは言葉の上でも「非暴力」をつらぬきます。
反発を買うような誹謗中傷はしないで丁寧な表現で語りかけてください。
特に事業・営業妨害と訴えられかねない行動はお控えください

といったよびかけまでそえてあり、これら精神的暴力への敏感なセンスがみてとれる。

■こういった、左派や市民系のひとびとには 維持されているらしい節度ってものが、「ネット右翼」とよばれる層にはかけている。■2ちゃんねるなど、善良な市民のおおくがひいてしまうのは、この種の暴力的な態度に通底する異常さだとおもう。

■つぎは、関連する「はてなダイアリー」から。

ネットイナゴ ねっといなご
ブログ(個人サイト)のコメント(投稿)欄へ一時的に、悪意のある(ネガティヴな)匿名論客が不特定多数現れる、または特定サイトからのリンクによって流れ込む様を「畑の農作物を食い散らかす"イナゴ(稲子)の大群"」の自然災害に準えた言葉。関連:炎上現象。

id:ekken氏が
・自分の意見と異なる主張をする者に対して、相手の考えが変わるまでコメントを続ける者
  ・それが政治的に左翼思考であっても、(俺は)ネット右翼とみなしていた
・自分が直接コメントスクラムに参加しなくても、それを焚き付ける行為をする者
・他人のサイトが「炎上」するのを見て喜ぶ者
・単なる荒らしと異なるのは、コメントの際に意味不明な単語の羅列などは行わない事
越後屋 - ネット右翼にかわる何か別の言葉を考えた方がいいかもな


のような特徴を持つ者について「ネット右翼」に代わる表現を求めたところ、id:brainparasite氏がこれを受けてhttp://b.hatena.ne.jp/brainparasite/20060523#bookmark-1983322で提案した表現。

 
2007年2月22日、産経新聞に「「ネットイナゴ」がふさわしい」という記事が書かれ(http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/it/40383/)知名度が広がる。

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■この定義は、ウェブログに関するかぎり、この日記に先週末から発生している状況そのままではないだろうか? ■かきこんでいるご当人たちは否定されるだろうが、回数といい、しつこさといい、独善的としかおもえないその「正義感」といい、この定義がぴったりと感じる。■そして、排外的民族主義とか熱狂的王室崇拝といった特徴でくくれない粘着層がいると推定できるから、ウェブログへのしつこいかきこみは、この「ネットイナゴ」という類型化がもっとも適切かとおもう。■この無自覚でストーカー的な粘着性は、ネット右翼同様、精神的暴力だが。



■もうひとつWikipediaの記述から。

確証バイアス

確証バイアス(かくしょうバイアス)とは社会心理学における用語で、個人の先入観に基づいて他者を観察し、自分に都合のいい情報だけを集めて、それにより自己の先入観を補強するという現象である。

例えばグループに一人だけAという女性がいた場合(他は全員男性)、Aが様々な行動を示していたにもかかわらず、自分(男性)が持つ女性への固定観念に合致する行動だけを特別に認識して、「やはり女性は○○である」という結論を導くといった行為を指す。

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■ごくあたりまえの見解である。■基地建設に反対する市民の運動をひとくくりにして全否定したいという動機があり
(経緯はいろいろだろうが)、全否定するためにつかえそうな(あくまで、かれらの主観的な判断でしかなく、しばしば恣意的でバランスや客観性の担保が欠如しているようだが)データだけが収集される。■その恣意性や、バランスや客観性の担保が欠如といった指摘をすると、ほとんど根拠にもならない反撃を開始したりする。

■あまり実体験はないのだが
今回が、この日記でははじめてである)、とりあえず、つぎのような言動の特徴が共有されているようにおもう。

■?おそらく、ほとんど男性である。■そして、ヒマをもてあましている。
■?「自分たちの自明の正論を理解できない愚劣な人物が、あやまった意見にこりかたまって、ガンコに修正に応じようとしない」といった、独善的な正義感があり、そこには みがってな被害者意識がすけてみえる。
■?「自分たちは冷静に議論をしようとしている」と、いいつつ、激烈な熱情がともなっているがゆえに、異常な回数・分量の文章をかきこんでいるという自覚がない。膨大なかきこみ全部が「知的誠実さ」だと信じ、あいての回答はほとんど「不誠実で欺瞞的」という先入観でこりかたまっている。あいてが、「まけ」をみとめるなど、「勝利」を確信できるか、かきこみ禁止措置や削除されるまで、やめられない。まさに「依存症」的である。■また対象に対して平気で人格攻撃にいたるが、その自覚もない。
■?「自分たちは客観的な見解にたっている」と信じこんでいるが、はじめから「正邪の明確な分離」という「結論ありき」で、絶対に修正されることはない。■自己批判の必要性とか感じないし、みずからの立論にみじんもあやまりはないと、信じきっている。
■?しかし、こういった「自信満々」にみえる言動は、おそらく、絶望的なまでの孤立感・焦燥感のうらがえしと、推測できる。■「自分の意見と異なる主張をする者に対して、相手の考えが変わるまでコメントを続ける」という偏執狂的な攻撃性自体が、みずからの持論の孤絶性をうすうすきづいているということだとおもわれる。■要は、同種の思考論理と粘着性をもつ、ごくごく少数派同士の自慰的なもりあがり以外に、まったく「よるべ」がみあたらないのである。■おそらく、私生活にしろ公的空間での地位にしろ不満だらけであり、非常に孤独なのであろう。■先述したとおり、ヒマをもてあましているがゆえに、一層やりばのない暴力性が増大し、それをぶつける対象を日夜さがしつづけているのだろう。■ブロードバンド空間が定着し、安価で安易な情報行動がとれるようになった現在、匿名性という低リスクな「娯楽」がてにはいったがゆえに、どんどんのめりこんでいくと。■経済的な格差が可視的になり、未来への展望が絶望的にみえる層が、その不遇さゆえに、不毛で殺伐とした精神的暴走行為をくりかえす。それは、『美しくない国』の象徴だろう。
■?どの程度いるのか推測もできないが、かれらの依存症的な精神状態は、悲劇的であり、なんらかのケア=いやしが必要だろう。■充分な時間的・精神的ユトリと、博愛精神のある人物がボランティアでもはじめないかぎり、おさまりそうにない。


【追記】なお、この記事脱稿後、「ネットイネゴ」という項目が、Wikipediaにつくられた。