■バス車内が、かなりキツい空間であることは、まえにのべたが、今回は興味ぶかいケースが続出したので、スケッチ。
【通信状況のわるい新幹線車内から、おもいだしながら】


■乗車して運転席うしろの席についたが、つぎの停留所でどうみても60すぎとおぼしき御婦人がのってきた。■車内もそれほどこんでいない状況だったので、当然席をゆずる。だが、「すぐおりますから…」と、遠慮する。ま、固辞という感じでないので、再度すすめたら、すなおにご着席。ハラナのキャリーをあずかってくれた。あまり、一所懸命になってゆずるほどの年配ではなかったようだ。■しかし、この御婦人、すぐといいながら、なかなかおりない。結局、下車されたのは十数分のって終着から数か所てまえの停留所。■かついでいたリュックがおおきくて、のこりもすくないのに またすわって、すぐ下車準備するのも、なんなので、そのままたつ。■ま、退勤途上でではなく、10キロ程度のリュックを十数分かついだままで、消耗するものでもないが、「すぐおりますから」といった、みえすいたウソは、なんだかね…。
■まだ、「ゆずられるような年令じゃない」と、いいづらかったので、やんわりとことわる方便か? でしたら、失礼いたしました。■ただ、「老人力」の女性版には、ときどき圧倒されるんだが、こういった状況こそ、あんまり遠慮するのは無意味では?

■この御婦人とおなじ停留所からのってきた、60代前半(退職数年後?)とおぼしき紳士。■その せすじののびようから、ゆずっても、固辞ないし気をわるくしそうな御仁(笑)。■実は、さきの御婦人に席をゆずったあと、そのすぐうしろの席があいたのだが、紳士にはすすめず、その反対側にある優先席まえに移動。■予想どおり、紳士は黙殺。あとからのってきたご婦人が着席。
■問題は、そのあと。■前述した御婦人が下車したあとあいた席のよこまで前進したその紳士、当然のように空席を黙殺。しかし、その長身の紳士、たっているだけでジャマなわけだ(笑)。■うしろから、「すわらないのですか?」と、敬老バスをおもちらしい別の御婦人にたずねられて、最初はキョトンと。■自分が空席をほかの乗客からブロックしていたことに、ようやく気付いて、ゆずる。■わかさを確認しつづけるすがたは、ときにはた迷惑。その自覚がないようでは、うつくしい老後とはいえない。■優先席とはなばかりの、たった2席以外も、着席スペースは希少財。個人的な美学だけでいきるのではなく、周囲をよくみていきようよ。紳士たるもの。

■ハラナとおなじ停留所からのったらしい30代とおぼしきサラリーマン。■当然のように優先席でねむりこけている(笑)。あまりに当然のように熟睡しているようすをみて、「こりゃ、意外と過労死寸前の過剰労働とか、内部障害とかかかえているのかもしれんな?」などと、かんがえさせられる。みるからに かおいろがわるそうといったかたちでなく、外見上の異状がまわりにきづかれない体調不良などは、実は気の毒で深刻。■「この経済戦士も、徹夜あけか?」などと、しょっちゅう徹夜をやらかすハラナは、少々かんがえこんだ。
■ところが、この経済戦士、終着点で停車と同時にめざめて起立。別にねすごしたようなあわてぶりもないので、完全に予定どおりのご起床(笑)。■しかも、現金やICカードでのしはらいでなく、バス共通カードを洗練されたてつきでさしこみ、さっそうと下車していった。■かなりのりなれていることは確実。ということは、優先席はもちろん一般席にもにすわれなかった高齢者が、必死に自分の体勢を維持しようと、いろんなところにしがみついている実情は先刻ご承知のはず。まえものべたとおり、なにしろ、もともと路線が紆余曲折(笑)。乱暴運転もあって、ゆれるんだわ。■住宅地を循環する路線バスの時間帯による利用者層の実態もかなりつかんでいるだろうサラリーマンの、その厚顔無恥ぶりは、すごい。そこまで体力温存して、ライバルをけおとしたいか? あんたが、どこか具合がわるいなんて、到底おもえなかったのは、ハラナの誤解か?
■会社がこういった厚顔無恥というか、心身のユトリのない産業戦士を前提にしているかぎり、「美しい国」なんて、やってきっこないだろう。


【以下、夕食後に付記】

坂口安吾の「青春論」の一節から。

……
 去年の正月近い頃、渋谷で省線を降りて、バスに乗った。バスは大変な満員で、僕ですら喘(あえ)ぐような始末であったが、僕の隣りに学習院の制服を着用した十歳ぐらいの小学生男子が立っていた。僕の前の席が空いたので、隣りの少年にかけたまえとすすめたら、少年はお辞儀をしただけで、かけようとしなかった。又、席があいたが同じことで少年は満員の人ごみにもまれながら、自分の前の空席に目をくれようともしなかったのである。
 僕はこの少年の躾(しつ)けの良さにことごとく感服した。この少年が信条を守っての毅然たる態度はただ見事で、宮本武蔵と並べてもヒケをとらない。学習院の子供達がみんなこうではあるまいけれども、すくなくとも育ちの良さというものを痛感したのである。
 このような躾けの良さは、必ずしも生家の栄誉や富に関係はなかろうけれども、然しながら、生家の栄誉とか、富に対する誇りとか、顧みて怖れ怯(おび)ゆるものを持たぬ背景があるとき、凡人といえども自らかかる毅然たる態度を維持することが出来易いと僕は思う。
 とはいえ、栄誉ある家門を背景にした子供達が往々生れ乍(なが)らにしてかかる躾けの良さを身につけているにしても、栄誉ある人々の大人の世界も子供の世界もおしなべて決して常に此の如きものではない。のみならず、大人の世界に於ける貴族的性格というものは、その悠々たる態度とか毅然たる外見のみで、外見と精神に何の脈絡なく、真の貴族的精神というものは、又、自ら、別個のところにあるのである。躾けよき人々は、ただ他人との一応の接触に於て、礼儀を知っているけれども、実際の利害関係が起った場合に、自己を犠牲にすることが出来るか。甘んじて人に席を譲るか。むしろ他人を傷つけて自らは何の悔いもない底の性格をつくり易いと言い得るであろう。
……
底本:「坂口安吾全集14」ちくま文庫、筑摩書房
   1990(平成2)年6月26日第1刷発行
   1993(平成5)年3月10日第2刷発行
底本の親本:「日本文化私観」文体社
   1943(昭和18)年12月5日発行
初出:「文学界 第九巻第十一号、第十二号」
   1942(昭和17)年11月1日、12月1日発行


■日本の保守政治家で、弱者のための空席を確保すべき、すわろうとしない、といった倫理観をたもっている人士がどのくらいいるかね? ■むしろ、庶民にきづかれない特別列車やら、「グリーン車」ならぬ「ゴールド車」なる特別枠を確保したがっている連中ではないか?
■フランスでも韓国でもアメリカでも、大統領たる人士たちは、利権あさりに余念がないらしいので、こと日本列島の独自性ではなく、権力の座に通底する普遍的現象だとはおもうけど、あまりにさもしくはないか? ■連中とくらべたら、優先席でねむりこけるサラリーマンなど、かわいい方かって(笑)。


●「交通弱者のための「あし」としての路線バス