平良夏芽牧師が辺野古の調査事業に従事する作業ダイバーに潜水用酸素ボンベのバルブをしめられたとする事件の続報。■「アベ内閣による殺人未遂事件の重要証拠写真(きっこの裏日記)」の補足記事というよりは、訂正要求というべき性格の重要な文書の転載。 

■かなりおくれたが、『ちゅら海をまもれ!沖縄・辺野古で座り込み中!』からの表題記事の転送。


緊急声明「バルブ事件に関して」



 被害を訴えている平良夏芽です。多くの方々にご心配をいただいておりますが元気です。様々な情報が飛び交っておりますので、事実と、私の思いを公にしたいと思います。
 ことは、7月21日(土)午後12時30分頃に起きました。順を追って説明します。パッシブ・ソナーという機材を海底に固定するための台座の杭の打ち直し作業が行われようとしていました。作業ダイバーたちがタンクを背負って海に入ったので、私もタンクを背負って潜りました。14リットルのタンクに満タン(200)を確認し、バルブを全開にしてから半回転戻すという基本操作をして潜りました。
 皆さんに知っていただきたいのは、作業ダイバーが作業を強行する時もお互いの安全確認がなされていたということです。この日もダイバーのリーダーは、海底で何度も何度も私の安否を問うてきました。私が押しつぶされるたびに、私の目の前にOKサインを出して確認して来たのです。私のタンクがはずれた時に背負い直す手伝いをしてくれたのもダイバーのリーダーであり、急浮上した私を介助してくれたのもダイバーのリーダーです。
 それゆえにエアーが止まって急浮上した時、私はバルブが閉められたとは夢にも思いませんでした。
船上にあがって落ち着いた私は、作業ダイバーが乗っている船に阻止船を近づけてもらって「助けてくれてありがとう。エアーがゼロになってしまったみたい」と告げているぐらいです。
 ダイバーがそんなことするはずがないという思いと、海底でかなり息が荒れていたのでエアーの消費が激しかったのだと判断した私は、原因を確かめることもせずにお礼を言いに行ったのです。
 しかし一緒にいた仲間たちから「バルブをさわっていたようだが閉められていないか」と確認され、改めて確認してみたらバルブが閉まっており、エアーの残量も150もあったのです。船上の仲間たちはもちろんバルブをさわっていません。状況として作業ダイバーがさわったとしか言えないというのがはっきりと言える事実です。更にこれを補完する資料として映像があります。前日に購入したばかりの防水ビデオカメラに現場の映像が映っていますが、じっくりと見ないと分かりにくい映像です。
 現在、ブログ等で出回ってしまっているくっきり写っている写真は、バルブが閉められて瞬間のものではありません。確かにバルブに手が伸びており、半回転ほど回っているようですが、閉めたとも言えますが開いているのを確認したとも言える映像です。ですから、この部分の映像や写真を現場写真として使用することは止めてください。関係のないダイバーを巻き込むことになります。
 もう一つ大切なことは、辺野古の闘いは「相手との関係性を大事にして来た」ということです。基地建設計画が白紙撤回されたとき、作業をしていた人たちと酒を飲めるような、そんな阻止行動を目指してきました。現実は厳しいもので、なかなかそのようにはいきませんが、目指していたのはそのような関係性です。バルブを閉めた本人は、その責任を負わなければなりません。しかし、必要以上にその個人を責めるのではなく、現場の作業員をそのような精神状態に追い込んでしまった権力にこそ、その矛先を向けて欲しいのです。
 施設局は、これまで多くの怪我人を出してきました。気を失って救急搬送された仲間もいました。どんなに危険な状況が生じても、一切の責任を負わず、ノルマだけを業者に押しつけ続ける施設局こそが糾弾されるべきです。これが「防衛」という言葉を使っている人々の実態です。現在は現場に責任者もおかず、すべての責任を業者だけに負わせる体制をとっています。全国の皆様、このことをこそ問うてください。絶対に許してはならないことです。お願いします。
 壊れてしまった信頼関係を回復することは非常に困難です。しかし、この困難を克服しない限り本当の平和を創り出して行くことは不可能だと思っています。
 基地建設に繋がる作業の強行がなされないように厳しく対峙しながら、個々人を追い込まない方法を模索しています。どうぞ現場の思いを理解し、ご協力をよろしくお願いいたします。

              2007年7月26日

            うふざと教会牧師
            平和市民連絡会共同代表  平良夏芽

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■「平良牧師が おおウソつきだ」とか、「精神的に破綻している」という極端な想定にたたないかぎり、ここにかかれている文章に不自然さをかぎとることは困難だ。■極度の人間不信によって、すべて あいてを混乱させるために完全にデタラメな、あるいは責任のがれのために正反対な説明をあえてしているとか、病的な精神状態で支離滅裂ないし妄想的な状況が構築されていると仮定でもしないかぎり、ここにかかれていることは、相当程度信用するにあたいすると、ハラナ個人は判断する。
■だとすると、久間もと防衛大臣やネット右翼系など、これまで反対運動にかかわる市民たちを「ひとごろし」よばわりしてきた層、今回の騒動を不自然でデッチアゲにちがいないと断定してきた層は、自分が現地でウラとりをしたのでないかぎり、自分たちの憶測がどの程度の根拠・整合性をたもっていたのか、検証する責任がある。■それをしないなら、根拠のない誹謗中傷というほかない。
■ちなみに、反対する市民が作業ダイバーに対して殺人未遂をやらかしたとする「右派」層の議論は、結局充分な証拠にあたる続報をいっさいもちえていない以上、きわめて「はたいろ」がわるいことを自覚すべきである。

■そして、これは、こころあるひとびとが再三かたったきたことだが、作業ダイバーがかりに「実行犯」であるとしても、かれらの個人的犯意に問題を還元・矮小化するのは、あきらかなまちがいである。■かれらが、いくら 明確な指示を当局からあたえられずに、現場でおもいつきで犯行におよんだにせよ、「作業がこれ以上おくれたら、解雇など懲罰的なしうちがくる」とかいった、なんらかの精神的重圧をかかえていたと推定される。■要は、沖縄戦下の「集団自決」の構図と同様に、明確な殺人ないし傷害の意図をもった「未必の故意」が実在したかどうかは、この際本質的な問題ではない。ダイバーに殺人未遂ないし傷害未遂をしでかさせるような「文脈」が実在し、それが不幸なかたちでふきだしたということ。この構図における「主犯」はあきらかに、そういった「文脈」を意図的に、ないしは無意識に放置した当局の責任者にある。


●「トラックバック・ピープル 安倍晋三