■検察の体質的問題については、冤罪関連で再三再四とりあげてきた。■でもって、最近冤罪事件が続出しているということで、最高検察庁が鹿児島富山の両事件について、捜査上の問題点を調査する専門のプロジェクトチームをくむんだとさ。


「時事」2007/08/04-12:39
無罪相次ぎ、調査、検証
=証拠吟味不十分、幹部の指導不足
?最高検

 鹿児島県議選の選挙違反事件の無罪判決や富山の冤罪(えんざい)事件について、最高検察庁が内部調査を行い、地検幹部の指導不足や証拠の吟味が不十分だったことなどを教訓事項や問題点などとして挙げていたことが4日、分かった。最高検は今月中に報告書にまとめ、全国の地検に通知する方針だ。
 最高検は今春、両事件について調査する専門のプロジェクトチーム(PT)を発足させた。両地検に指示して捜査上の問題点などを調査させ、高検を通じて報告させた。
■おつぎは、かなり特集っぽい『朝日』の記事。

相次ぐ無罪、検察が検証 
最高検がPTで改善策
2007年08月04日10時20分

 鹿児島県議選の選挙違反事件など無罪判決が相次ぎ、検察当局が異例の検証を進める中で、起訴に消極的な意見が考慮されなかったことなど、地検幹部が捜査を主導し過ぎた弊害が指摘されていたことがわかった。「異動を控えた幹部が功を焦った疑いがある」と率直な身内批判も浮上。最高検は検察捜査に組織上の問題があったとみて、起訴の決裁のあり方を考えるプロジェクトチーム(PT)を作り、改善策を検討している。

 最高検は今春、各地の無罪判決や、富山県で強姦(ごうかん)罪で服役した男性の冤罪が発覚したことを重く受け止め、対応を検討。近年に無罪判決が確定した各事件について、各地検が捜査や公判上の問題点をまとめ、高検を通じて報告を受けた。

 それらによると、鹿児島県議選で公職選挙法違反の罪に問われた候補者や住民計12人全員が無罪となった事件では、県警の取り調べに問題があったことを鹿児島地検が起訴前に把握するのは難しかったとしつつ、買収があったとされた会合での被疑者のアリバイ捜査や供述の信用性の吟味は不十分だったと指摘。冷静な目で検討していれば起訴しなかった可能性が高かったとしている。

 報告では、当時の地検首脳が取り調べに関する指示を各検事に直接出すなど、検察捜査を主導していたことを問題視した。地検内には起訴に消極的だった検事がいたにもかかわらず、その意見を顧みなかった疑いが強いとし、組織内のひずみが指摘されたという。

 一方、背任罪に問われた佐賀市農協の元組合長の無罪判決が05年に確定した不正融資事件では、佐賀地検による独自捜査の問題点が報告された。

 捜索で押収した証拠資料の分析に検事が加わらず、容疑者らのアリバイ主張につながるような記載を見落とすミスがあったとした。また、複数の参考人の調書で、生年月日が同じだったり、同じような文章が続いたりするなど、コピーした疑いがあるとしている。

 また、人手が不足し、基礎捜査が不十分な中で、農協トップの元組合長を逮捕した問題にも言及。実質的に主任検事の立場だった地検幹部が、直後に異動を控えていたため、「在任中に逮捕したいと功を焦った疑いがある」ことが指摘されたという。

 こうした報告を受けた最高検ではPTを編成。各地検で「決裁官」となる検事正や次席検事が起訴すべきかどうかについて適切な判断が出来ていたかを検証し、決裁の手続きなどでの改善策を探っている。

 最高検はこれまでの全国会議などで、無罪判決の反省から、自白の裏づけ捜査の徹底などを各地検に指示している。

 報告で問題点が指摘された鹿児島地検の当時の首脳は「お答えすることはない」としている。佐賀地検の当時の幹部も「組織内部にかかわることであり、取材には対応しない」としている。

     ◇

 〈キーワード:鹿児島県議選の選挙違反事件〉 03年4月の県議選で投票依頼のために現金を授受したとして、公職選挙法違反(買収、被買収)の罪に問われた元県議=4月に再選=と住民の計12人について、地裁は今年2月に無罪を言い渡した。地検は3月に「供述などの証拠関係全体の吟味・精査が不十分だった」として控訴を断念し、無罪が確定した。

 〈キーワード:佐賀市農協の不正融資事件〉 組合員の土地の担保評価を過大評価して約1億円を不正に融資させたとして背任罪に問われた元組合長について、地裁は04年1月、「不正融資の認識があったとは認められない」などとして無罪を言い渡した。二審も無罪で、05年9月に無罪が確定した。同農協の元金融部長は同地裁で有罪判決を受け、確定している。

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■何度もかいてきたとおり、県警・地検などでの とりしらべ過程での不正行為を防止するためには、弁護士陪席といったかたちで、ビデオで録画・録音をおこなうといった、徹底的な可視化・記録化以外にない。■つまりは、関係者や裁判官たちに、公明正大にとりしらべ過程を透明化し、かつ透明化しても問題ない程度に、うしろぐらい=やましいところの介在しない清潔な取調べ調書作成が急務なのだ。■しかし、予想どおり、最高検察庁をはじめとした検察首脳部は、根本的組織病理にはたちいらず、ひたすら直視をさけた「検証」「改革」でお茶をにごすつもりらしい。まあ、官僚制の典型的病理だわな。


失敗学的に冷静にかんがえてみてほしい、労働災害の統計学的法則化でしられる「ハインリッヒの法則」を援用するなら、鹿児島・富山・佐賀などの最低の事例が、突出して例外的な不祥事のはずがない。■1件の重大な不祥事の背後には、かなり悪質なのに露見しない不祥事が多数あり、その背後にはちいさな不祥事が膨大な数でかくされてきたはずなのだ。そういった、健全な推計意識からすれば、最低の事例をいくら詳細に検討して、「二度とこのようなことがないようにする」などとちかったところで、気休め=自己満足=幹部の自慰的業績づくりにしかならないだろう。■警察幹部が交通安全の標語をあつめれば、中長期的に事故がへると演出しているのと同質の、ことの本質から目をそらさせ、保身をはかるアリバイ工作ということだ。

■コメント冒頭でのべたとおり、とりしらべ過程を密室化から解放し、公明正大な可視化(透明化・記録化)をはかれば、詳細な検討をおこなうプロジェクトチームの発足といった、人材・税金の浪費もさけられる。■ただ、こういったアリバイ工作にはしりたがる検察幹部の精神病理的な体質の分析をおこなっておく意味はちいさくないだろう。■「かれらは、なぜ完全可視化に抵抗するか?」「なぜ最悪の事例を検証することで、問題解消につながると信じている(ふりをする)のか?」


■?おそらくこれら防衛機制の基盤は、「司法試験と研修所での修行をへた法曹が、致命的なまちがいをおかすはずがない(≒すくなくとも地方・高等・最高という3段階をふまえれば、致命的ミスは根絶できる)」という、無謬神話にすがりつきたい。あるいは、そういった大衆の権威主義を維持するためにも、威信にきずがつくような不祥事は徹底的にかくしたい。という、暗黙のエリート意識=大衆蔑視がある。■それが、たとえば「有罪率99.9%」といった、異様に無罪判決をイヤがる体質をもたらしていることは、うたがいえない。

■?かれらのエリート意識からすれば、警視庁・道府県警の「そこつで拙速な現場主義=必要悪」を自分たちが門番としてチェックし、起訴・不起訴というかたちで二分することで、不祥事をふせいでいるということになるだろう。■それはそれとして、かれらのなかで軸となる「黒星をうみだすな=無罪率0.1%を死守せよ」という行動規範が、「冤罪を必死にださない=不適当な起訴による被告の人権を可能なかぎりまもらねばならない」という司法倫理からみちびかれたものではない点が最大の病理だ。■「うたがわしきな被告人の有利に」が刑事裁判の基本だといわれながら、有罪率99.9%という数値が立証しているとおり、検察と裁判所のなれあいが事実上横行していることは、いうまでもない。歴史上の有名な冤罪事件をみればわかるとおり、「うたがわしきな被告人の有利に」原則は空文化している。今回の一連の事態のように、裁判所の本来あるべきチェック装置が十全に機能していたなら、有罪率が1000分の999といった高率になるはずがない。要は、今回の一連の不祥事は、たまたま裁判所が本来の機能を発揮したがゆえに露見した、氷山の一角にすぎないとみるのが、まとうな感覚というべきだ。■なにしろ、警察・検察がまともに透明化に応じたことがないのだから、すべては「権力的密室」のなかでひそかにおこなわれ、通常なら今回のような証拠書類がのこっていないぐらい、徹底的なゴマカシがはかられてきただろうと推測するのが、自然だ。■鹿児島の事例などは、検察や警察内部に通報者がいて、内部対立の「成果」ではないかという観測もあるぐらいで、逆にいえば、内部通報者が不在であることによって、ヤミにほうむらられる「水面下の巨大な氷塊=ハインリッヒの法則的な意味での無数の不祥事」があると推定できる

■?この事実は、おそるべき検察の体質をうきぼりにする。■要は、オーウェルが『1984年』で皮肉ったような、国家社会主義体制のもとでの官僚制の病理が、ほかならぬ日本の官僚組織のなかで恒常的にくりかえされ、しかもそれは通常は露見しないだろうということだ。■しかも、前項でふれたとおり、有罪率死守は、被告となるかもしれない被疑者の人権を問題にしているのでは実はなく、単に組織のメンツ、法曹という権力エリート専門人の権威の死守のためにもちだされているにすぎないということだ。■鹿児島の事例でわかるとおり、鹿児島地検の関係者は、あきらかに冤罪でさえなく、存在しない事例による「でっちあげ不当逮捕」でしかない事実をはやくに理解しながら、自分たちのミスが露見しないように画策するという、ただそれだけのために、うしなわれた法益なしに無実の人物に有罪判決をくらわせようと犯罪を着々くりかえしていた

■?したがって、検察首脳に欠落しているのは、有罪率99.9%という異様な目標設定の仏神化がもたらした組織病理を正視していない点にかぎられない。■鹿児島などの事例のように、あきらかな権力犯罪がくりかえされ、たまたま裁判官がまともでなかったら、不在の犯罪がでっちあげられるという、「大逆事件」や「横浜事件」のような暗黒政治体制が、実は伏在しているという事実を直視していないということだ。■かれらは、おそらく、うわさなどとして、わかて検察官の時代からいろいろ不祥事・不正をみききしているはずだ。それを逐一内部告発するというのは、少々ムリというものだろう。■しかし、問題は、それを「失敗学」的にコヤシとして、「自分だけは、周囲でやらせないように、死力をつくそう」というちかいをたて懸命に実行して定年まで疾走することなのに、それがやれていないということだ。■もちろん、あつかう案件が膨大で忙殺されているから、つい日常の雑事においまくられて、周囲の問題にかかわりあうユトリなどない、という実態もあるだろう。■しかし、「異動を控えた幹部が功を焦った疑いがある」といった、個人的事情に還元しようといった意識でもわかるとおり、かれらは「捜査に組織上の問題があった」としながら、それが個別の特殊事情だとおもいたがっているとしかおもえない。■つまり、かれらは いろいろみききしてきながら、結局感覚マヒにおちいり、自己正当化をくりかえす日常に埋没してきたのだとおもわれる


■要は、今回のプロジェクトチームなるものの発足は、単なる個別の事案の対症療法を整理できる程度で、うえにあげたような巨大な病理体質については、なんら根源的な治療・対処ができないだろうことを、予言しておく。



●ウィキペディア「ハインリッヒの法則
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