■「8月ジャーナリズム」の劣化コピーと誤解されようと、「敬老の日」などと同様、「この時期しか戦争をおもいださない、列島住民の大半」という社会的現実がある以上、学校関係者の「夏休み期間」という、この時期に集中的に整理作業をかきとめておくのは、無意味でないだろう。

■まずは、関連記事のリンクから。

●「被爆国という記憶継承
●「佐藤卓己,八月十五日の神話
●「あの戦争は何だったのか」「「おしつけられた」戦後 1」「「おしつけられた」戦後 2
●「無意味な8月15日」「その2」「その3」「その4」「その5
●「敗戦記念日としての9月2日
●「大東亜共栄圏構想の実践者
●「「蟻の兵隊」=山西残留の日本兵問題1」「」「
●「共産化阻止のためには国民犠牲も当然ってか?(久間防衛相)」「久間発言は天皇ヒロヒトのコピー
●「建国神話の政治的意味=祝日の意味再考3」「祝日の意味再考4:みどりの日
●「敗戦の清算とはなにか
■こうはりだしてみると、「終戦」がらみの政治性については、だいぶかいてきたことがわかる。■一度、その再整理をしておこう。

■?「8月15日」は、国内外、とりわけアジア諸国で日本の植民地・軍事的影響下におかれた地域のひとびとにとっては、「解放記念日」的な象徴的位置を依然うしなっていない。■日本国民にとっても、軍部・軍関係者・隣組の支配組織たちの監視の目が崩壊していく起点としては、「画期」だっただろう。
■?しかし、こと軍事的な側面にしぼるかぎり、「かりに昭和天皇の「聖断」を特別視したとしても、ポツダム宣言受諾を正式決定し、ヒロヒト自身が終戦の詔書に署名したのは8月14日、8月15日の「玉音放送」のあとに積極的侵攻作戦を禁止してはいるが、即時停戦の発令は16日、内部部隊の全面的戦闘停止は19日発令で22日実施、北海道と外地部隊は、22日発令で25日実施。しかし、それでも中国大陸は例外とされていた」〔佐藤卓己『八月十五日の神話』〕。
■?沖縄戦にまきこまれた住民にとっては、米軍につかまって収容所にいれられたときが、個々人にとっての「終戦」であり、象徴化された「慰霊の日」(6月23日)以前に「解放」された層がおおかった一方、8月15日以降も日本軍の残党の魔手からいきのびる闘争がつづいていた層さえあった。■おそらく、大半の住民は「玉音放送」をみみにしていない。
■?被爆地にとっては、8月15日など、とってつけたようなくぎりにすぎない。被爆と内部被曝という、圧倒的な現実とたたかう日々のなかでは、玉音放送などどうでもよいメッセージだっただろう。■同様に、「引揚者」たちにとっては、故郷ないし「第二の故郷」にたどりつくまで、「終戦」は やってこなかったはずである。■組織からはずれて「終戦」をしらずにすぎてしまった一部は、「残党」として数十年ジャングルをにげまわる例もあったし、大東亜共栄圏の理念を信じきった一部の愚直な軍人兵士は、アジア各地の共産ゲリラに合流して反政府闘争をおこなうなど、かれらに「終戦」はずっとおとずれなかったことも、みのがせない。

■?実質的な終戦演出者にして戦後処理者にあたるアメリカ政府は、当然、最大の戦争責任者として とりしらべ・被告尋問・処刑、といった一連のプロセスを当然視する世界中の世論を充分意識しつつも、対ソ戦略ほか、戦後体制の一環としての地政学的配慮から、天皇免責+A級戦犯への責任転嫁+「だまされた日本国民」論による実質免責という、トリックをねりあげた。■そのトリックに呼応する象徴的な「芝居」の起点こそ「玉音放送」であり(それは、もちろん「計画」されたものではなかったが)、それをひきつぐかのように「全国戦没者追悼式」にのこのこ第一の戦争犯罪者が「お言葉」をのべに列席するという茶番として定着。さらには、そのむすこが茶番を継承するという、「伝統」が定着してしまった。■そのこと自体の政治性をただす議論は、国内外ほとんどきかれない。
■?日米の政治エリートにとって、反共政策の一環としての政治経済体制の一新と一部の戦争責任者への責任転嫁は一体であるだけでなく、日本列島の米軍基地化も一体であった。■新憲法施行後の「天皇メッセージ」を象徴とするとおり、それは講和条約締結とともに、オキナワへの基地集中が既定路線化していく。■特攻隊のみならず「沖縄戦」も、単にズルズル「終戦工作」をさきのばしにするという、ただそれだけのために大量の「犬死」を強要するという、ハレンチをきわめながら、そのことについての謝罪はいっさいおこなわず、むしろ「恩を仇で返す」という、非道がまかりとおっている。■8月15日をもって、「再生」した「国体」は、「鬼畜米英」をさけんでいた枠組みをかなぐりすてて、反共政策の同盟者として共同歩調をとる指導・被指導関係へと転身したのだという、これまたハレンチな豹変をきめこんだ。

■?ちなみに、マッカーサーが厚木におりたったのは、8月30日、降伏文書に日本が調印したのは、9月2日。■実質的なGHQによる統治は、9月からといってよかろう。

■8月15日に天皇が「全国戦没者追悼式」に列席しつづけるかぎり、そして、靖国千鳥ケ淵に軍人・兵士の鎮魂目的で参拝者がとだえないかぎり、「終戦」神話はいきつづける。■それは「戦後」が延々と継続することを意味する。すくなくとも、左派とリベラル勢力は、その政治的意味を自覚すべきだ。


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「天皇メッセージ」一次資料画像ほか
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