■日本政府が、2度目の原爆投下直後には米国に非人道的で残忍な攻撃である抗議しながら、敗戦後は まったく批判を封印したこと、国連等でのうごきにも、まったく対米追従の卑屈な態度で一貫してきたことは、すでにふれた〔「「しょうがない」再考 投下責任問い続けたい(中国新聞)」「戦後レジームをまもれば、それでいいのか?」〕。■きょうの『朝日新聞』の1面ほか特集では、外務省の公開した文書のなかに、たとえば「「聖断」直前 原爆抗議指示 1945年8月9日 戦争終結派・東郷外相「大至急」」といった記事もふくんでいたが、沖縄返還交渉でのかけひきなど1面記事同様、ウェブ上にあがっていない。■なので、『中国新聞』の記事の重要なものを ここではあげておく。

元大統領の「原爆必要」に反論せず 
日本大使館が黙殺
'07/8/30
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 広島、長崎への原爆投下を命じたトルーマン米大統領が引退後の一九五八年、原爆投下は必要だったとする広島市議会議長あての書簡を公表した際、元連合国軍総司令部(GHQ)のボナー・フェラーズ准将が反論するよう勧めたにもかかわらず、在米日本大使館は事実上「黙殺」していたことが、三十日付で公開された外交文書で明らかになった。

 久間章生元防衛相の「しょうがない」発言などで原爆投下に対する認識があらためて問われる中、第二次大戦を早期に終結させ犠牲者を最小限にとどめたとして原爆投下を正当化する米側の主張に、当時から直接反論してこなかった日本政府の対応ぶりをあらためて浮き彫りにしている。

 トルーマン氏は五八年二月に米テレビで、原爆投下に「良心のとがめを感じなかった」と発言。同三月には、抗議する広島市議会声明に反論する当時の任都栗司議長あての書簡を公表し、無条件降伏を求める四五年七月のポツダム宣言を日本がすぐに受け入れなかったと批判した。その上で、原爆投下により、連合国側と日本側双方で計百五十万人が死や身体障害者となることを免れたと主張、投下は「必要だった」と強調した。

 当時の朝海浩一郎駐米大使から藤山愛一郎外相あての三月二十日付の「極秘」公電によると、GHQで天皇制存続に尽力し、その後、帰米したフェラーズ准将が同十七日に朝海大使を訪問。昭和天皇は原爆投下の数カ月前に降伏を決めていたと述べてトルーマン氏の主張を「事実に反する」とし、「何等(なんら)かの処置に出てはどうか」と勧めた。准将は、当時の大統領が原爆投下に批判的なアイゼンハワーだったことから、トルーマン発言に抗議しても日米関係が損なわれる恐れはないとも指摘した。

 これに対し、朝海大使は「好意的勧告としてアプリシエート(感謝)する旨答えておいた」と報告。聞き置くにとどめ、具体的対応はしなかった。

 日本政府は米国の原爆投下について、交戦中の一九四五年八月十日、スイス政府を通じて米国政府に抗議文を提出したことはあるが、戦後は一度も抗議していない。
「原爆必要」反論せず 
「被爆者報われぬ」広島に怒りと失意
'07/8/30
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 「原爆投下は必要だった」とするトルーマン米大統領に対し、元連合国軍総司令部の准将から「事実に反する」として反論するよう勧められたのに、日本政府は黙殺。三十日付で公開された外交文書で明らかになった四十九年前の政府の姿勢に、広島の被爆者や市民は、閣僚から原爆投下肯定論などが飛び出す現状とだぶらせ、怒りと失意をあらわにした。

 「人間の痛みより国家を重視する政府の一貫した態度。原爆を落とした側の米国人から反論を勧められても正さないなんて二重に許せない」と語気を強めるのは、広島被爆者団体連絡会議の末宗明登事務局長(81)。

 広島県被団協の坪井直理事長(82)は「米国の機嫌を取り、ものを言わない姿勢は現在まで尾を引いている。本当に情けない」。もう一つの県被団協の金子一士理事長(82)も「米国の言い分を黙認し言わせ続けた結果が核軍縮に逆行する今の米国の政策だ」と憤慨する。

 広島市出身で米国に被爆の実情を伝えるネバーアゲインキャンペーンの元大使、野上由美子さん(34)=川崎市=は「原爆投下を肯定する人が多い半面、占領軍として実情を知り、人間として率直に原爆を否定する退役軍人もいた。そんな人の良心や声が被爆国の政府に消されたのは悲しいし、被爆者の苦しみは報われない」と話す。

 広島修道大の菱木一美教授(国際政治)は、ビキニ被災で日本国内で反核世論が高まっていた▽当時のアイゼンハワー米大統領は対ソ戦略で核を拡散させた一方、核使用には否定的だった―など当時の国際情勢を分析。「再軍備をもくろみ、新しい日米安保の枠組みを目指していた当時の岸内閣にとって、国内世論に火を付けるような反論は受け入れられなかったのだろう」と指摘する。

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■占領がおわっても、米軍基地に「まもられている」という、おいめがのこった。安保体制とセットの日米地位協定が、端的に両国の「身分関係」を象徴している。
■日本政府が広島市長や長崎市長のように、原爆投下という戦争犯罪を公然と批判し、反核運動の最大の障害は米国政府だと指弾するのは、いつのことだろう。■すくなくとも、自民党政権がつづくかぎりムリだろう。というか、まともに批判するだけのハラがすわらない、こしぬけ国民が大半をしめるかぎり、この屈辱的で理不尽な歴史観・国際関係は永続しつづけるだろう。

■象徴天皇制を第一条のおくなど、問題だらけの日本国憲法ではあるが、ただちに改憲しなけらば大問題であるような致命的欠陥をかかえているわけではない。■そんなものを大手術することが、政治公約であるといった、ヘンな方向を「美しい国へ」むかうことだと誤解した人物が国政をひきいているという、異様な状態。■「美しい国へ」の第一歩は、まさに原爆投下は戦争犯罪であり、日米地位協定は、沖縄などの住民の人権を侵害しつづける条約である、といった正面きった主張をすることだとおもうが、ナショナリスト諸君は、どうかんがえるか?

●「原爆投下、市民殺りくが目的 米学者、極秘文書で確認」(朝日新聞1983年8月6日)
●「極秘文書発見 原爆を語るキーワード」『自由主義史観研究会
●「トラックバック・ピープル 安倍晋三