■以前、いわゆる「出産難民」という表現に対して「出産をむかえる女性が右往左往する状況を「難民」になぞらえるのは、「ジプシー選手」などと同様、実に不謹慎な表現だ」といった論評をくわえておいた。
■でもって、最近は、「ネットカフェ難民」という表現についても、同様の議論があがっている。■きまじめな議論としては「「ネットカフェ難民」で考える、差別語。「難民」っていうな?」あたりか?

■「ネットカフェ難民」という呼称にかぎっていうなら、「日本複合カフェ協会」あたりの業界団体が、「いわゆる「ネットカフェ難民」について」といった声明をだすのは、誠実そうにみえて、問題の所在をはずしている。
2007/07/17 いわゆる「ネットカフェ難民」について
平成19年7月17日

各位
      いわゆる「ネットカフェ難民」について

 日頃より、日本複合カフェ協会加盟店舗への格別のご愛顧を賜り厚くお礼申し上げます。
さて、昨今の若者雇用問題を背景に、深夜ネットカフェをご利用されるお客様を「ネットカフェ難民」と称して、センセーショナルに報道されるケースが散見されます。
 確かに、24時間営業の複合カフェには、終電を逃したサラリーマンの方や連日の残業で自宅に帰る時間のない公務員、深夜までの飲食業で働く方など、様々なお立場のお客様がたくさんいらっしゃいます。その中には定職に付くことが難しい方もいらっしゃるでしょう。しかし、私ども複合カフェにとっては皆さん大事なお客様なのです。私たちはそのようなお客様を決して「難民」とは考えておりませんし、絶対呼びません。
 そもそも、「難民」とは『戦禍・政難を避けて流浪する亡命者』(「広辞苑」より)と定義されているように、国際社会における深刻な人権問題として位置づけられています。それを、一般社会と隔たりのあるケースにおいて「○○難民」と安易に定義づける傾向を私たちは危惧しています。
私たち日本複合カフェ協会(JCCA)は、全国のインターネットカフェやまんが喫茶を代表する唯一の業界団体として健全な複合カフェ市場の形成に努力しています。
 例えばインターネットに係る犯罪防止のためにリカバリーソフト(履歴消却ソフト)の導入を励行しておりますし、青少年が深夜たむろすることを禁ずるため入店時の年齢チェックも業界ガイドラインに示しております。
 このように私たちは複合カフェ業界の健全な発展のために日々努力しておりますので、私たちのお客様を「ネットカフェ難民」と呼ぶのはお止め下さい。
日本複合カフェ協会


2007/08/30 訂正とお詫び
8月28日、厚生労働省が発表した「住居喪失不安定就労者等の実態に関する調査報告書」についてメディアが一斉に「ネットカフェ難民」との表現で報道したことに対し、日本複合カフェ協会は下記7月17日付声明を基礎に、「あたかも浮浪者風情の人が夜な夜なネットカフェに集まっているかのような報道」との表現を行ったところ、「浮浪者」との表現も差別的ではないかとのご指摘を頂きました。確かに不適切な表現と反省して訂正・削除し、お詫び申し上げます。

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■この両方の文章は、業界団体の認識水準が、所詮は「営業妨害するな」という次元の反発を「差別表現」問題にスリかえるといった戦術にうってでたのに、「かたるにおちて」馬脚をあらわしたという象徴的なものだ。
■「あたかも浮浪者風情の人」といった、あからさまな差別表現をもちいてしまう意識水準のひくさも あきれたものだが、なぜ「難民」というメタファーがもちいられたかの社会的背景を充分に把握しないまま、常連客が差別視されることで業界の印象がわるくなるといった反応しかしめせない認識の限界は、問題だろう。■「ネットカフェ難民」といった呼称にとびついた大衆は、なにも「ネットカフェ」愛好者全員を、「難民」であるかのように軽侮しているわけでは当然ない。「常連客」というよりは、経済的・社会的事情から連泊するほかない層が相当数実在すること、その一部が いわゆる「ワンコールワーカー」などをふくんでいることが、あらたな「ホームレス」の一形態であると社会問題化したということである。

■ましてや、ネットカフェ愛好者全員が蔑視されるとか、狭義の「難民」とは深刻度がちがう人権問題なのに、安易なメタファーであって不謹慎であるといった次元では、全然ない。■「出産難民」のばあいもそうだが、厳密にいえば、「●●難民」はたしかに不謹慎な表現ではあるが、狭義の「難民」当事者から、「不謹慎だから、そういった表現をつかうな」といった抗議があがったとは、きいたことがない。実際、狭義の難民は、そういった 軽薄で不謹慎な表現にいちいちつきあっていられるような状況をいきぬいていない。たまたま みみにしても 苦笑するだけで ききながすだろうし、批判をかえす時間・労力なんて、ムダだとおもうにちがいない。■こうかんがえてくると、狭義の難民への配慮とか、愛好者への配慮をうちだした業界団体は、まとはずれな批判を展開して、自分たちの不見識をさらしただけといえそうだ。
■利用するほかない層は、そのまま連泊をつづけるだろうし、利用できなくなれば、本格的にホームレス化するかもしれない。■とまる必然性のない層で愛好者は、ちまたがどうさわごうと、利便性をそのまま享受しようとするだろう。



■ちなみに、

……
逆に、何でも「○○難民」と安易に呼んでみることで、相対的に価値を貶めると言う対抗策はどうか。

それはそうと、「ネットカフェ難民」って、ネットカフェから締め出された人たちみたいだよね。アパート借りられないんなら「アパート難民」と違うの?
……

という指摘がある〔「賃貸アパート難民」〕。
■たしかに、「●●難民」というばあい、以前の表現は全部「●●」は、民族や故地をさしていた。■その意味では「賃貸アパート難民」って表現の提案は、単なる冗談の域をこえているように一見みえる。■しかしね。「ネットカフェ難民」と総称されている層は 多様だろう。かならずしも「賃貸アパート」から「おいだされた」層ばかりではないだろう。たとえば ドメスティック・バイオレンスの被害者とか、多重債務者などは、もとマンションや一軒屋からの「難民」である可能性がたかい。■つまり、既存の「●●難民」という表現の「限定形容詞」は、「本来もどるべき空間」とか「民族アイデンティティ」という、「属性」にかぎられていた。■しかし、「出産難民」とか「ネットカフェ難民」といった表現のばあいは、あくまで拡大解釈による「借用」的メタファーであって、元来の「限定形容詞」とは異質になっているのだ。■その意味では、「野宿」や「ダンボールハウス」ではなく、「ネットカフェ」に 当座「あまつゆしのぎ」の空間をもとめている一群を「ネットカフェ難民」と、「当座」よんでおくことに、それほどの問題があるわけではなかろう。■すくなくとも、「もともとアパートにくらしていたが、家賃が維持できなくなった層」としてひとくくりできない層を、「アパートが借りられない層」といった意味をこめて「アパート難民」とよぶよりは、ずっと客観的で妥当ではないか?


●「「ネットカフェ難民」は差別語である:イザ!