■「●●難民」という表現考(「ネットカフェ難民」など)」という小文にトラックバックをいただいた〔「○○難民考?「ネットカフェ難民」と「出産難民」」〕ので、それへのおかえし。

……問題にされている「出産難民」は、わたしには「ネットカフェ難民」よりも何倍もいい言葉だと思われます。「いい言葉」というのはちょっと誤解を産みそうですんで、「表現として優れている」という意味です。つまり、わたしには「難民」という言葉を選んで使っている意識をうかがい知ることができるからです。

出産期にある女性が「右往左往している状況」だけを言っているのではなくて、「本来出産という環境に迎えられるべきものが、難民のように追い出されている」ということを言っていると思うのですね。こじつけで言っているつもりはありません。実際、市民病院に産科がないだとか、救急車でたらいまわしにされて死産してしまうとか、「難民」という言葉が不謹慎どころか、そのまんまなのですよね。まさに出産の場から、妊婦が追いやられて、どこでどうして出産していいのか難民になっているのです。

だから、わたしが言いたいのは「ネットカフェ難民」という言い方が、不謹慎だとかいうのではなくて、「ネットカフェ難民」が「ネットカフェから追われた人」「ネットカフェで居場所をなくした」という意味なら、むしろわたしはぴったりだと思い、よくぞ「難民」という言葉を選んだものだと思います。しかし、事実は逆で、これでは単なる便乗的な匂いしか感じられない、まさに不謹慎な言い方になってしまっているです。

「出産難民」は出産をめぐる社会的な環境が劣悪になっているということを含んでいます。戦災とか自然災害とか、その他劣悪な環境によって本来の居住地を追われることを「難民」という言葉で表しているのと同様なのです。単なる「困難者」ではない、環境への視点、支援の必要性への問いかけが生きてくるのではないか……
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■?「「本来出産という環境に迎えられるべきものが、難民のように追い出されている」ということを言っている」という意味で「「難民」という言葉を選んで使っている」。
■「「出産難民」は出産をめぐる社会的な環境が劣悪になっているということを含んで……戦災とか自然災害とか、その他劣悪な環境によって本来の居住地を追われることを「難民」という言葉で表しているのと同様

■?「実際、市民病院に産科がないだとか、救急車でたらいまわしにされて死産してしまうとか、「難民」という言葉が不謹慎どころか、そのまんま

■?「「ネットカフェ難民」が「ネットカフェから追われた人」「ネットカフェで居場所をなくした」という意味なら、むしろ…ぴったり…、よくぞ「難民」という言葉を選んだものだ……しかし、事実は逆で、これでは単なる便乗的な匂いしか感じられない、まさに不謹慎な言い方になってしまっている
といった指摘について異論をとなえるつもりは全然ない。


■しかし、微妙な次元で、前回の文章が誤読されているような印象がぬぐえないので、自己弁護ではなく、補足しておく。


■(a) メディアや ネット上の用法が ウケねらい・便乗的な姿勢があることは あきらかだとしても、わかものの失業問題・「ワーキングプア」問題を、おもしろがるのではなく まじめにかんがえている層が、便宜的に「」つきで もちいているばあい、「まさに不謹慎な言い方」で、なでぎりにできるとはおもえない。■むしろ、いのちにかかわる、あるいは問答無用で崇高なリスク行為とみなされる出産と対比したばあい、「たかだか先進地域現代ニホンの大都市部の スキマ現象」といった、かるいあつかいしか、うけていないのではないか? ■前回ものべたとおり、「限定形容詞」的なものの、元来の形式からズレを とりあえずおくなら、潜在するホームレス問題として、かなり本質をついた表現である可能性が否定できない。

■(b) 逆にいえば、「問答無用で崇高なリスク行為とみなされる出産」であるがゆえに、「出産難民」という用法は、批判をゆるさない「正論」をせおってしまっているようにみえる。■しかし、本来的な用法としての狭義の難民と比較するなら、あくまでメタファーであり、かつ「たかだか先進地域現代ニホンの大都市部の スキマ現象」と狭義の難民から冷笑・苦笑されるような次元にしかない。■最近の「出産難民」という用法の浮上はあきらかに都市部の社会問題としてのあつかいとおもわれる。ほとんど指摘されてこなかったとおもうが、以前から一部で問題化されながら全然まともにとりあげられてこなかった、「過疎地の医師不足・無医村」とは本来別の問題なのだ。■以前からずっとあったのに社会問題化したとはいいがたい「過疎地の医師不足・無医村」でとにた現象が、大学の医局のシステムや研修制度の変動によって都市部でもふきだした。前者は、医師の開業・勤務=供給量の地域間格差(戦後ずっと伏在し、どんどん進行中の問題構造)であり、後者は近年おきた養成システムの変容と医学部学生の産科忌避傾向([激務+医療訴訟]/報酬)という供給量の激減が原因だろう。
■医療行政をはじめとして、厚生労働官僚や厚生族議員などの無策・不作為など、無能・怠慢は、当然問題だ〔「「お産ピンチ」首都圏でも 中核病院縮小相次ぐ(朝日)」〕。だから、それをうつために方便として「●●難民」というコピーは、いたしかたない〔「国内」限定、日本人同士限定で もちいるかぎり〕。■しかし、都市部で問題化するまえの地域間格差の時点で医師不足問題の危険性が認識されながら、放置されていた潜在構造(供給不足=養成・配置のムリ・ムダ・ムラ)が顕在化したことで、いまさらおおさわぎするのは、大都市住民のエゴの一面も否定できないだろう。

■(c) さらに、「オトコによる典型的女性差別」という批判をうけるかもしれない覚悟でかくなら、医療施設間での「タライまわし」状態の被害者女性たちの一部は、自己責任論的なリスク認識不足の面が否定できないような気がする。■報道をきくかぎり「タライまわし」にされて事件化した女性たちのほとんどは、かかりつけの医師をもたずに、産気づいたりしたあとで、「かけこみ」にいたっているようだ。■もちろん、ゆえあってシングルマザー覚悟であるとか、勤務先の状況ゆえに 妊娠状態の確認に特定の医療機関をきめてかようユトリなどなかった女性もいることだろう。■しかし、こと母子の 生き死ににかかわることゆえに、「なんとかなるはず」ではなく、歯科医の予約以上の必死さで産婦人科にかよい、分娩施設の確保に努力するのは、ごく当然の姿勢ではないだろうか?


■(d) もとより、地域共同体のなかにうめこまれた「産婆さん」介助による「自宅での自然分娩」という「伝統」をほうりだして、医療機関の産科医にゆだねるという、近代主義になだれをうった戦後の1960年前後。「産婆さん」の近代版=近代医療政策による制度化の結果としての「助産師」の正当な位置づけをおこたり、「ともかく安心・安全」と 分娩管理者不足の素地をつくった、われわれ日本人。■一方「周産期死亡率」 の劇的な低下によって「記憶喪失」化した分娩リスクをたなにあげて、「いのちをあずかる専門職」としての産科医に過剰な期待をかけるあまり、過剰に攻撃的におこされる「医療ミス」訴訟。医学部学生が、「産科医はカンベン。やるなら、不妊治療とかだけ」といった方向性においやったのも、ほかならぬ日本人だ〔訴訟社会のアメリカ人もそのようだが〕。
■われわれは、こういった巨視的動態をみうしなって、ただ行政と医師を非難するだけで、肝心の中学高校などでの「保健体育」での妊娠・分娩リスクの徹底不足などを軽視しすぎてきた。■行政・国政等の無為・無策・無能ぶりが、どのようなものであろうと、自衛策をとるしか個人には選択肢がない。その際に、かかりつけの産婦人科医をつくってリスク回避をはかるだけでなく、分娩施設も確保しないとまずいという知識を確保することが不足していたのではないか? ■行政が広報によって、そういった「自衛策」をうったえる努力=啓発活動は無論必要だが、そういったもので問題が解消するとはおもえないし、もともと ある意味「責任回避」行動なのである。
■であるとすれば、個々人が「自衛」として「護身術」を共有し、行政の無為無策による巨視的欠落・不足という事態に必死に対応するほかなかろう。■「なんとかなるはず」という個人的な無為無策は、それ自体が行政の無為無策による巨視的欠落・不足の産物であろうと、それは もはや微視的には「ておくれ」なのだから。


■(e) このようにかんがえてきたばあい、「ネットカフェ難民」と総称される一群に、「自己責任論」的な論評がなじまないことは、いうまでもないだろう。かれらは、自分たちの知識不足や認識不足から窮状におちいったわけではない。■あくまで、市場の失敗の産物だし、行政の労働政策・福祉政策・住宅行政のあまさの被害者だ。かれらは、狭義のホームレスに「転落」するまいと必死に毎日をおくっている層が大半だろう。■それが、概算とはいえ全国に数千名いるとしたら、これはちいさな例外的・突発的問題ではない。
■逆にいえば、知識・認識が充分ありながら、「タライまわし」あつかいをうけてしまう「出産難民」が数千名レベルで潜在するだろうか? 知識・認識が充分あるがゆえに、「分娩施設確保に うっかり でおくれてしまった」とあせる層は、それこそ万単位でいるだろうし、それを 非常にユルく「出産難民リスク層」などと仮称するなら、はなしはわかる。■しかし、ジャーナリズムで流通する「出産難民」という名称が、以上のような分析的・総合的な判断にもとづいているとは、かんがえづらい。


■(f) 「出産難民」という呼称のかわりは、なかなかむずかしい。とりあえずは、「国内むけ限定のメタファー」という罪悪感をかかえたうえで「出産難民リスク層」あたりか? ■一方、「ネットカフェ難民」は、「ネットカフェ避難民」とか「ネットカフェ住民」あたりだろうか? ■いずれにせよ、先進地域の大都市部周辺にくらす住民が安易に「難民」といったメタファーをもちいることの不謹慎さを、この際再確認すべきかもしれない。


●Wikipedia「出産難民
●Wikipedia「周産期死亡率
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