■別処珠樹さんの『世界の環境ホット!ニュース』の 先日の記事。■シリーズ第59回【リンクはハラナ】。

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世界の環境ホットニュース[GEN] 646号 07年09月11日
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枯葉剤機密カルテル(第59回)         
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枯葉剤機密カルテル          原田 和明

第59回 ポスト枯葉作戦(1)


三井東圧化学の大牟田工業所では<水銀法>によって苛性ソーダを製造し、同時に塩素を得ていました。これまでにも見てきたように苛性ソーダは食塩水を電気分解して製造します。いくつか製造法がありますが、<水銀法>では電気分解の電極に水銀を使います。そのため電解ソーダ工場の廃水には水銀が含まれていました。しかし日本政府は、この問題についてベトナム戦争のあいだ意図的に放置していました。

ところが、ベトナムから米軍が撤退した直後の1973年5月から6月にかけて、全国の水銀汚染が大々的に報道されたことをきっかけに、環境庁は突如行動を起こし、全国の水銀法電解ソーダ工場に対して水銀を使わない<隔膜法>へと移行するよう命じたのです。<隔膜法>は、電極に鉄を使い、陽極と陰極の間をアスベストの隔膜で仕切る方法(水銀法には仕切りなし)です。この方法ならば水銀汚染の心配はありません。しかしこの<隔膜法>にも問題があったのです。
有明海(熊本県・福岡県)の「第三水俣病」、徳山湾(山口県)の「第四水俣病」(1973.6.8 朝日新聞)に続き、広湾(広島県)(1973.6.10朝日新聞)、富山湾(1973.6.12 朝日新聞)にも大量の水銀が流出していることが報じられると、全国で水産物価格が暴落しました。漁業関係者が汚染工場に押しかけ工場正門前に奇形魚をぶちまけて座り込みしたり、漁船で海上封鎖するなどして操業停止に追い込まれる工場が出始めました。

このときの環境庁の対応は迅速でした。それまで事実上無策を続けていた厚生省に代わって突如、環境庁が「水銀汚染対策推進会議」を設けて11項目の水銀汚染対策を公表したのです。(1973.6.14 朝日新聞夕刊)対策の中心は「電解ソーダ工場の製法転換」でした。当時、国産苛性ソーダの95%が水銀を電極に使う<水銀法>で生産されていて、第三、第四水俣病の汚染原因がともに水銀法電解ソーダ工場の廃水とみられていたからです。

環境庁は、
(1)74年9月末までに<水銀法>を完全循環方式(クローズドシステム)に変更。
(2)75年9月末までに<水銀法>をやめ、水銀を使わない<隔膜法>に切り替え。
との方針を打ち出しました。

<完全循環方式>とは、水銀を含む廃水をリサイクルして系外に出さない仕組みです。一旦、水銀を外に出さない仕組みを取り入れた上で、次にはまったく水銀を使わない製造方法に転換して、水銀汚染を食い止めようというわけです。

これには、業界を監督する立場の通産省(現・経産省)からクレームがつきました。「水銀法は国内メーカー37社中36社で採用されていて、全部を製法転換するとなると2千億円近い金がかかる。3年後に 35%がやっととの見通しである。」というのです。(1973.6.16 朝日新聞)日本ソーダ工業会も、水銀法切替に反対の立場から環境庁長官(副総理兼務)・三木武夫に陳情しましたが、「公害防止の先頭を切るのが筋」と拒絶されています。(1973.7.13朝日新聞)

製法転換に関わる問題は工場建設コストだけではありません。隔膜法には、製品の品質が劣る上に、生産コストも高いという致命的な問題がありました。それに、隔膜法の「隔膜」の材料はアスベストで、その危険性が法的にも認められたのが1973 年でした(Wikipedia)から、安全面でも問題があることはこの当時でも認識されていたはずです。従って、隔膜法への転換はそのあと途中で放棄されて、イオン交換膜法が新たに開発され、急速に普及しました。

鐘淵化学工業社史には、苛性ソーダ製造法の比較表が掲載されています。隔膜法での製品は濃度が低いために濃縮工程でのエネルギーが余計にかかるため、コスト高になり、その上、原料が製品中に残るのも問題でした。現在苛性ソーダ製造法の主流となっているイオン交換膜法は当時まだ開発されていませんでした。

苛性ソーダ製造法の特徴比較(鐘淵化学工業社史より)

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電極 隔膜  苛性ソーダの濃度  食塩残留量 ●特徴
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水銀法   水銀 なし    50%      ほとんどなし    
●品質良好、水銀廃水あり

完全循環式 同上 同上    同上      同上  
●水銀排出量激減

隔膜法鉄  アスベスト  11%(濃縮必要)  1%程度残留   
●品質悪く、コストも高い。アスベスト使用

イオン交換膜法 鉄 イオン交換膜 30%以上  なし  ●品質良好
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従って、水銀を電極に使う水銀法であっても完全循環方式ならば、業界の努力によりほとんど水銀を排出しない技術として完成の域に達していましたので、ソーダ工場排水の水銀対策は「完全循環方式の採用」だけでよかったはずです。

鐘淵化学工業社史「カネカ40年の技術水脈」に次の記載があります。(以下引用)「(水銀法電解ソーダ工場の)水銀排出量の低減は、環境問題の起こる以前から、主として経済的な観点(コスト削減)から生産技術上の主要テーマとして取り組まれており、1968年頃からは環境問題としての観点が大きくなって、水銀排出量の減少はテンポを早めた。

工業会の技術委員会では、1973年3月に 各社がノウハウとして保有している水銀排出防止技術の開示を得て、水銀 対策に関するガイドラインの設定に着手、5月には その作成を終わっていた。水俣病とは本来無縁の、しかも水銀のクローズド化技術(完全循環方式のこと)も完成に向かっていた水銀法電解を、突然の転換に追い込んだのは、1973年5月、有明海に 第三水俣病の発生を伝えた一新聞の報道であった。(引用終わり)

「環境問題としての観点が大きく」なったのは第三水俣病の可能性が指摘されたことによるのでしょう。鐘淵化学工業社史からは、「水銀対策としては、業界の総力をあげて完成させた完全循環方式に変更するだけでよく、隔膜法を採用するまでもなかった。環境庁の製法転換 方針(2)はやり過ぎだった」との思いが強く伝わってきます。しかし、その理由を「一新聞の報道」とする見方には賛成できません。なぜなら、マスコミが「完全循環方式ではダメだ。水銀を使わない方法にしろ」と主張したわけではなく、環境庁の対策に最初から「隔膜法の採用」が盛り込まれていたからです。その政策で儲けた者がいるのです。

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■どこにも「政商」たちがはびこるものだが、これほど エゲつない世界をしらされると、さすがにゲンナリするね。■それにしても、省庁は国民の税金をつかって企業の利害ばかりを調整している感じ。環境庁のうごきがあやしいこと(「『環境をまもる』といっても、あくまで省益にそう範囲で」という意味)は次号でも。