■「時津風親方を立件へ 力士急死巡り傷害容疑 愛知県警(朝日)」の続報。


親方「バットはやめとけ」 
力士死亡問題、暴行の兄弟子注意
2007年9月28日 朝刊

記者会見中、涙があふれる時太山(斉藤俊さん)の父
正人さん=27日午後、東京都千代田区で

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◆父親が会見で明かす
 大相撲序ノ口力士の斉藤俊さん=当時(17)、しこ名・時太山、新潟県出身=が名古屋場所前の六月末、愛知県犬山市の時津風部屋宿舎でけいこ中に急死した問題で、斉藤さんが亡くなる前に兄弟子たちから金属バットなどで殴られる暴行があり、時津風親方(57)=元小結双津竜=が「バットは、やめとけ」と注意していたことが分かった。

 愛知県警の調べに対し時津風親方らが暴行を認めたことが分かったのを受け、斉藤さんの父正人さん(50)が二十七日、東京都千代田区で記者会見を開き、明らかにした。

 暴行は斉藤さんがけいこ場を一時抜け出した六月二十五日から翌日にかけ、複数回あった。斉藤さんは翌日午前の「ぶつかりげいこ」で倒れた。

 正人さんによると、斉藤さんに対して通常のけいこ以上の暴行があったとの疑惑を週刊誌が報じた直後の八月上旬、時津風親方が新潟県の正人さん宅を訪れた。
 時津風親方は暴行にふれ「私はビール瓶で殴ったが、弟子たちに暴行せよとは言っていない」などと話し、ビール瓶で殴った理由や、暴行の説明はなく、時津風親方が弟子の行きすぎを止めた印象を受けたという。

 だが、いまは時津風親方への不信感が増しているといい、正人さんは目を潤ませ「真実を知りたい」と話した。

 斉藤さんは今年四月、時津風部屋に入門。家族への電話で「一日中、自由な時間がない」と共同生活の苦労やけいこのつらさを漏らしていた。六月十六日、部屋を抜け出して千葉県の親せき宅に泊まった後、十七日に実家の正人さん宅に宿泊。十八日に正人さんに連れられて部屋に戻り、二十二日に愛知県入りした。

 二十五日午前十一時ごろ、けいこ場を抜け出して携帯電話で正人さんに「帰りたい。いい子になるから迎えに来て」と話した。その後部屋に戻り、兄弟子の一人が斉藤さんの携帯電話を二つに折って壊したという。暴行はその夜にあった。

 斉藤さんの遺体には体中に、あざややけどのあとがあり、肋骨(ろっこつ)の一部が折れていた。愛知県警は、暴行と死亡との因果関係が解明でき次第、傷害致死などの容疑で時津風親方らを立件するか判断
する。

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■「あらし」による、「半保護」状態におかれているが、ウィキペディアの記述(時太山 俊)は、もっとずっとなまなましい。〔一部リンクの位置やリンク先を修正〕


……時太山はけいこの厳しさに3度脱走をしており、6月25日に部屋に戻されたが時津風親方は時太山の反省のない態度に憤慨し、夕食時にビール瓶で頭を殴り、額を殴り打撲と切り傷を負わせており、その後、兄弟子達に「かわいがってやれ」と命令。その後、数人の力士などがたばこの火を押しつけるなどの集団リンチを稽古土俵脇でしており、翌日6月26日の朝稽古に降りてこないことに親方と兄弟子は更に憤慨し、午前11時10分ごろから、約30分間もの兄弟子とのぶつかり稽古が行われた(通常、ぶつかり稽古は関取でも10分程度しか行わなわず、力が自分と同等ぐらいの者同士で行う)。この際に兄弟子の1人が金属バットで時太山の体の数カ所を殴打しており、この力士が後日警察に自ら足を運び事情を説明したことで、捜査は一気に拍車がかかり、時津風親方は兄弟子による集団リンチにより死亡したことを愛知県警の任意同行で認めている[1]。愛知県警犬山警察署は同年6月28日、新潟大学で行った行政解剖の結果、多発外傷によるショックが死亡につながった可能性があると発表した[2]。 8月6日に時津風親方は斉藤家を訪れ、一転して正人さんら遺族に自分や弟子の暴行を認めたという[3]。 愛知県警は死因特定の遺体の組織検査の結果を待ち、時津風親方を含む数人の力士を傷害または傷害致死で立件する方針を固めた[4]


■おなじく、ウィキペディア「時津風部屋(序ノ口力士集団暴行致死事件)」。■これも、一部リンクをさしかえてある。


2007年6月26日、同年春に入門した序ノ口力士の時太山俊が稽古中に倒れ、28日に死亡した[1]

稽古中に倒れ死亡したとされた序ノ口力士時太山に付いた通常あり得ない傷や、「死亡した力士にはマリファナの使用歴があった」等死亡した力士に責任転嫁する時津風親方の発言などから、死亡した力士の両親が死因を不審に思い、愛知県警察(巡業先管轄)に行政解剖を求め、警察が実施したことから発覚。

時太山がけいこの厳しさに脱走をしたことに憤慨し、6月25日に時津風親方がビール瓶で頭を殴りさらに数人の力士に「かわいがってやれ」と暴行を指示、翌26日も通常は5分程度のぶつかり稽古を30分に渡り強い、倒れた後も蹴りを入れたり金属バットで殴打するなど集団暴行した。警察の任意取調べに対し時津風親方や数人の兄弟子力士が容疑を認めたため[2]、愛知県警は死因特定の遺体の組織検査や、体のところどころにある根性焼きと思われるヤケドの跡など、暴行と死亡との因果関係の結果を待ち、傷害および傷害致死容疑で立件する方針を固めた[3]。また遺族に無断で遺体を火葬しようとしたことも発覚しており暴行の事実を隠蔽しようとした疑いがもたれている[4]

なお、この暴行の際十両以上の力士は不在だったとされている[5]

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■あまりに、「おえらがた(親方+関取衆)」にだけ つごうのよすぎる「ストーリー」というほかない。
■?要は、稽古という名目で、単なる集団リンチをおこなったんだが、「かわいがってやれ」と親方が「示唆」しだけで、あとは、幕下以下の力士たちがかってに暴走した。しかも、親方は暴走をたしなめた、とかいった「ストーリー」■しかし、親方や十両以上の力士が不在だったというアリバイなど、どこにもない。
■?「私はビール瓶で殴ったが、弟子たちに暴行せよとは言っていない」といったセリフなど、ビール瓶での傷害行為が、まるで正当な教育的指導の範囲にあるかのような、くちぶり。
■?ヤケドのあとや、金属バットによる暴行をふくめた、「ぶつかり稽古」とはなんら無関係な暴行・傷害が、あからさまにのこっていたからこそ、証拠かくしのために、はやく死体をやいてしまいたがった意識も、みえみえ。


■「検視」「司法解剖」については、いくつか記事をかいたが、これほどまで、ロコツな証拠かくし工作は、あきれた。
■ここにも、大学院とはちがった「社会学的密室」がある。しかも、こちらは、物理的なリンチ、しかも、あいてがだれであれ、殺人マシーンに変貌できる身体能力と技法をもった集団内部でのことである。■「外部」への唯一の「まどぐち」だったろう、携帯電話の破砕は、かれら暴行魔たちが、なにを意識していたか、よくわかる。その後の かくしだてもふくめてね。

前回も事態の深刻さを理解していないらしい相撲協会を批判しておいたが、はっきりいって、相撲協会は解散して、大相撲興行を廃止すべきではないか。


【追加記事:10/22】
●「時津風部屋力士急死、解剖医が愛知県警の検視ミス指摘」『読売』(2007年10月15日13時33分)