■「政府答弁書全文?教科書の沖縄戦集団自決」という、基本的には国会での質疑を資料として転載した記事の「前文」。■実に興味ぶかいデータ。いや、照屋さんの質問と政府答弁じゃなくて、こういった右派ナショナリストの現状認識とそれを整理する論理がね。

高校の日本史教科書に「沖縄戦の集団自決で軍の命令があった」という記述が復活しそうです。検定で修正させたものを「元に戻したいなら、訂正申請すれば認めるよ」というのはとんでもない話です。
しかし、この問題で保守派が意見表明するときは、ダブルスタンダードにならないよう慎重に対処すべきですね。
「外圧に屈するな」「政治介入を許すな」「抗議集会に何万人も集まったからといって検定結果を変えるな」「議会で意見書が可決されたのは関係ない」と言ったって、私たちは「従軍慰安婦の強制連行」について、「教科書会社は自主訂正しろ」「文部大臣は訂正勧告を出せ」と要求したわけですから。地方議会での意見書可決にも取り組みました。
県民大会の参加者は11万人ではなく4万3000人(沖縄県警調べ)だそうですが、私たち保守派は、その20分の1も動員できないのです。
そのへんの論理を整理してから発言したいものです。
■?「検定で修正させたものを「元に戻したいなら、訂正申請すれば認めるよ」というのはとんでもない話」と、なんで断言できるのか、不可解。■「検定」制度ってのは、タテマエでは、事実誤認などの修正提案だったはず。「訂正申請」って制度自体を否定するのか? そんなことはないんだろう。■とすれば、「訂正申請」する動機・理由がまちがっているといいたいんだろう。■しかし、右派ナショナリストたちは、「集団自決」の軍命令があったかどうかはともかく、「関与」があったという証言を全部否定できると本気でおもっているんだろうか? ■正気をうしなっていないのなら、これは宗教的信念というほかなかろう。しかも狂信的といった印象がぬぐえない。■だって、手榴弾や青酸カリなどを民間人が自殺用に大量保管しておくなんてことは不自然すぎるわけで、これは日本軍が提供した(=住民が日本軍の物資をうばうかたちで「集団自決」にはしったんじゃなくて)とみるほかないだろうに。

■?「この問題で保守派が意見表明するときは、ダブルスタンダードにならないよう慎重に対処すべきですね。
「外圧に屈するな」「政治介入を許すな」「抗議集会に何万人も集まったからといって検定結果を変えるな」「議会で意見書が可決されたのは関係ない」と言ったって、私たちは「従軍慰安婦の強制連行」について、「教科書会社は自主訂正しろ」「文部大臣は訂正勧告を出せ」と要求したわけですから
」←■結構まとも(笑)。でも、沖縄県民の修正要求も形式的に権利として当然みとめるべきでしょ。したがって「ダブルスタンダードにならないよう慎重に対処すべき」ではなくて、「感情的非難にはしるといったダブルスタンダードにならないよう注意」でしょ?■「記述をけずれ」攻撃を熱狂的にくりひろげた層が、沖縄県からの反発を、「とんでもない話」などときめつけるのは、完全な「ダブルスタンダード」なんだけど、自覚があるんだろうか?

■?「県民大会の参加者は11万人ではなく4万3000人(沖縄県警調べ)だそうですが、私たち保守派は、その20分の1も動員できない」というのは、ありそうなはなし。■主催者がわ発表は過大評価に、各県警発表は過小評価になりがち(笑)。■しかし、右派ナショナリストも、2000人レベルでさえ動員できていないって現実は、ちゃんと認識するほかないんだろう。
■はなしはそれるが、こういった右派の劣勢は、左派が策動なんてしなくたって「新しい歴史教科書」などがほとんど採択されないって現実にもつながっている。ま、基本構造は、教科書会社が営々とつみかさねた営業努力っていう、日本的市場の産物をよみきらなかった運動の破綻なんだけどね。
■ネット上だけでなく、大出版社の媒体など
(たとえば、フジサンケイ・グループとか)でも、右派系の発言がいさましく、いかにも発言力・影響力をほこっているようにみえるけど、実際の影響力・動員力は大したことないんだとおもう。だからこそ、あせって、みずからの影響力を誇大にふくらませるような演出にはしるんだろう。■匿名掲示板とかの、一部による組織的・狂信的なかきこみとかも、その産物なんだろう。
■しかし、右派ナショナリストの発信を必死にささえる媒体が、市場原理にのっていない少数派だとすると、その劣勢をおおいかくす資金流入はどこからくるんだろうか? 実に不思議。■たとえば、財界などは、中国大陸ビジネスが無視できないから、ホンネでは中国ぎらいであろうと、ロコツな反中姿勢をうちだしたりするのは現実的にできない。だから、右派媒体に資金を大量につきこむなんて策動はしないとおもうんだが…。


■?いずれにせよ、「ダブルスタンダード」といった、自己批判の契機もふくんだ視座をかかえこんだナショナリストは、自己矛盾を自覚してくるしんだりしないんだろうか? ■共産党や社民党のように、「大衆はアホなので、自分たちの正論を理解できない」などと、いきどおったり、あせったりしているんだろうか? ■だとすると、そういった自己認識自体が、現状把握としてユガんでいるとおもうんだけどね…。