■いわゆる「西山事件」の実態をあらわす史資料がまた発見されたようだ。


72年沖縄返還時、
「核密約」示す米公文書を発見

 1972年の沖縄返還後に、米軍が有事に際し核を持ち込むことを認めた「密約」が、69年11月に当時の佐藤栄作首相とニクソン米大統領の間で行われた首脳会談で取り交わされていたことを裏付ける米政府の公文書が6日、見つかった。

 密約については、佐藤首相の私的な密使として対米交渉にあたったとされる京都産業大教授の若泉敬氏(故人)が著書で明らかにしていたが、日本政府は存在を否定している。密約の存在が米側の公文書で初めて明示的に裏付けられたことになる。
 密約に関する秘密交渉について明示していたのは、1969年11月12日付と同13日付の大統領へのメモ。表題は「沖縄返還後の米国の核持ち込みと繊維問題に関する秘密交渉」で、「核抜き・本土並み」の沖縄返還を決めた同月19日からの日米首脳会談に先立ち、当時のキッシンジャー大統領補佐官が、首脳会談の進め方を説明する資料としてニクソン大統領に渡した。

 このメモは2005年に機密指定が解除されており、日本大学法学部の信夫隆司(しのぶ・たかし)教授(日米外交史)が、米国立公文書館から入手した。

 メモは、沖縄返還に際し、最大の懸案だった繊維と核の問題に絞られている。

 キッシンジャー氏は12日付のメモで、日米間の密約を示す「共同声明の秘密の覚書」が存在していることに触れたうえで、覚書が「核問題」に関するものであることを明らかにしている。

 また、「返還後の沖縄への核兵器持ち込みと繊維問題に関する秘密の日米合意に基づき、佐藤首相とあなた(ニクソン大統領)は次のような戦略をとる」などと、首脳会談の進め方を説明。「日本政府は覚書を最終的に受け入れることを了解している」としている。

 キッシンジャー氏と若泉氏は、沖縄返還後の米軍の核兵器の扱いについて交渉を続けており、これらのメモは若泉氏との協議を受け、大統領に報告されたと見られる。

 13日付のメモでは、秘密交渉にあたっていた若泉氏が「ヨシダ」の偽名で登場、「昨日午後、私(キッシンジャー氏)がヨシダ氏と最終的な会談を行い合意した」と記されている。

 12日のメモは、若泉氏が著書「他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス」(94年刊行、文芸春秋)に掲載した文書とほぼ同内容。

 同書では、両首脳が会談後、二人きりで大統領執務室の隣の小部屋に入り、「核問題を扱った秘密の覚書」に署名する段取りを示した部分がある。

 しかし、覚書そのものは、米側文書では非開示の扱いで、今回の公文書では、密約の“存在”だけが証明された。

 信夫教授は、「日本の安全保障政策をしっかりと考えるうえでも、政府も国民に適切な情報を開示すべきだ」と話している。

(2007年10月7日3時1分 読売新聞)

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■当然のことながら、外務省はしらばっくれようとしている。■もと外交官(吉野文六氏)などが、密約の存在をみとめているのにね。対米ポチ外交に徹しているはずが、アメリカが公然とみとめている文書について(つまり、アメリカ政府は制度上、「しゃあない」とみとめている情報について)も、しらをきりとおそうっていうんだから、往生際がわるい、っていうか、国民がコケにされているというか。


沖縄返還時、「核密約」示す米公文書 
外務省は存在否定

2007年10月07日23時57分

 日米両国が沖縄の「核抜き本土並み返還」に合意した1969年11月、当時の佐藤栄作首相とニクソン米大統領との会談直前に、両国間で返還後の沖縄に米軍の核の再持ち込みなどを認める「密約」を結んだことを明示する米政府の公文書が見つかった。密約の内容は当時の複数の米高官らが認めているが、「秘密議事録」と記述された米側の公文書が明らかになったのは初めて。

 見つかったのは、キッシンジャー大統領補佐官(当時)からニクソン大統領にあてた69年11月12日付と同13日付のメモ。信夫隆司(しのぶ・たかし)・日大教授(日米外交史)が今夏、米国立公文書館で入手した。首脳会談の進め方や手順を説明した文書で、05年に機密指定解除された。

 12日付のメモで、キッシンジャー氏は「返還後の沖縄への核兵器持ち込みと繊維問題に関する日米間の秘密合意に関連して、佐藤首相とあなた自身(ニクソン大統領)は次のような交渉のやりとりをする」と記したうえで、「手続きに関する申し合わせ」を添付した。

 「申し合わせ」の核問題に関する項では、首脳会談での具体的な交渉の進め方が記され、「secret Minute」(秘密議事録=密約)という言葉があり、日米間で核密約があったことが前提となっていたことがうかがえる。

 また「申し合わせ」は佐藤首相の密使としてキッシンジャー氏と交渉した若泉敬・元京都産業大教授(故人)の著書「他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス」で全文が明かされ、「日本政府は(中略)共同声明についての修正された秘密議事録(=密約)と共に(中略)受け入れるものと了解する」と訳されている。

 さらに13日付のメモには、若泉氏が使っていたコードネーム「ヨシダ」が登場し、「この取り決めは昨日午後、私(キッシンジャー氏)とヨシダ氏との最終会談で合意した」などと書かれている。

 信夫教授は「密約の存在が公文書のメモの中で明確に確認された。若泉氏の著書の価値が高められた。外務省は政府の信頼を高めるためにも自ら検証すべきではないか」と話している。

 今回見つかった公文書について外務省は「文書がどんなものか定かではないのでコメントする立場にない。核の『密約』は存在しない」と従来の主張を繰り返している。

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■でもって、先日の東京高裁の判断は、完全に政府よりか?



米公文書を証拠提出 
密約訴訟で西山さん

 【東京】沖縄返還をめぐり、米政府が支払うはずの軍用地復元補償費400万ドルを肩代わりする密約の取材が国家公務員法違反(秘密漏えいの教唆(きょうさ)の罪)に問われた元毎日新聞記者の西山太吉氏(76)が、米公文書で密約が裏付けられた後も日本政府の否定発言などで名誉が侵害され続けているとして、国に謝罪と慰謝料を求めた訴訟の控訴審第2回口頭弁論が3日、東京高裁(大坪丘(たかき)裁判長)であった。
 西山氏側は返還交渉当時の外務省アメリカ局長で密約の存在を認める証言をした吉野文六氏ら5人の書面尋問の採用を申請。国側は「尋問の必要性はない」と主張し、大坪裁判長は「今出されている証拠で判断できる」として申し出を却下した。
 西山氏側は、日本政府が密約の発覚を恐れ、沖縄の地権者らへの補償費支払い業務を延期するよう米側に働き掛けていたとする米国立公文書館所蔵の公文書を証拠として提出。ほかに吉野氏が密約が生まれた背景や河野洋平元外相の口止め工作などを証言した新聞記事、鈴木宗男新党大地代表が国会で密約の存在について質問した質問主意書と政府答弁も提出した。
 国側は「仮に密約が存在したとしても、西山氏に対する有罪判決が誤ったものになるわけではなく、除籍期間を経過している」として、控訴は棄却されるべきだと主張した。次回12月3日に結審し、年明けにも判決が言い渡される見通し。


(10/4 9:49)

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■「大坪丘(たかき)裁判長」という固有名詞を記銘しておこう。■「今出されている証拠で判断できる」って、セリフはそのとおりだろう。政府がわは「密約」をかくし、いまだにかくしとおそうとしているとね。



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