■「大企業や団体など力のある勢力が、反対意見や住民運動を封じ込めるために起こす高額の恫喝訴訟をSLAPP(Strategic Lawsuit Against Public Participation)」というそうだが、その監視サイトから。


2007.10.11 Thursday
キャノン・御手洗会長が
講談社・斎藤貴男氏を提訴

 10月9日、キャノンと同社会長である御手洗冨士夫氏が、講談社とジャーナリスト・斉藤貴男氏を相手に、それぞれ1億円(計2億円)の損害賠償および謝罪広告を求める裁判を、東京地裁に起こしました。キャノン側は、ニュースリリースで、『週刊現代』10月20日号に掲載された「キャノン御手洗会長と七三一部隊」との表示を付した記事が、読者に、同社と御手洗会長が七三一部隊と特別な関係があるとの誤解を生じさせるものだとし、名誉毀損だと主張しています。

 キャノン側が問題にしているのは、10月20日号に4Pを割いて掲載された記事で、「社史から「消えた」創業者とあの「七三一部隊」との関係?“タブー”を追うと見えてきたもの」と副題がついています。メインの題名は、「人物ノンフィクション キャノン御手洗冨士夫“格差社会”経営の正体」で、当該記事は4回ものの短期集中連載の最終回でした。日本経団連会長にして、政府の経済財政諮問会議のメンバーを務める御手洗氏をクローズアップした連載でした。
 10月20日号の記事は、御手洗冨士夫氏の叔父で御手洗毅氏(初代社長)が発表した、有毒ガスの生物実験に関する論文に、日本軍の七三一部隊の関係者への謝辞が掲載されていることを取り上げています。さらにキャノンの社史にまつわる逸話として、1986年に『創業?なぜ消えた!? キャノンの創業者』荒川龍彦著(朝日ソノラマ)という本が発刊されるまで、本来の創業者である二人の人物が社史に書き込まれていなかったこと等に言及しています。それ以前は御手洗毅氏が創業者であるとする説が流布していたそうです。

 この裁判の損害賠償請求額は2億円です。請求の積算根拠がひじょうに気になるところです。印紙代だけ考えても“弱者”が起こせる裁判ではありません。さらに斎藤氏の記事によると、御手洗氏には何度もインタビューを申し込んだものの応じてもらえなかったと書かれています。御手洗氏は説明責任を果たす自覚をもつべき公人であるのは議論の余地ないところです。

 ちなみにキャノンは、同社の経営姿勢への批判を中心とした告発キャンペーンを展開した朝日新聞社に対しては、広告出稿停止で対応したと言われています。斎藤氏の連載も、基本的には朝日のキャンペーンと同じスタンスに立つものでした。初代社長・御手洗毅氏に重点を置いた第四回だけが、名誉感情を傷つけるものだったのでしょうか?

◇リンク
キヤノン : ニュースリリース 訴訟の提起について
時事ドットコム:キヤノンが講談社を提訴「731部隊」記事で名誉棄損?東京地裁
キヤノン,名誉毀損で「週刊現代」発行元の講談社を提訴 - Tech-On!

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■御手洗冨士夫氏が、いろいろ問題発言をくりかえしたことは、周知の事実。■また、「発表した、有毒ガスの生物実験に関する論文に、日本軍の七三一部隊の関係者への謝辞が掲載されている」ような人物(=御手洗毅初代社長)は信用ならないと、ハラナなどはかんがえるし、そこから間接的にしろ 準世襲的な経緯でバトンタッチされるとは、やはり清廉潔白な人士とはおもえない。■ともかく、2億円という損害賠償請求額が異様なことも明白。

■いずれにせよ、キヤノンというのは、同族支配の企業体質なんだね。成果主義など競争原理をうたう経営者が世襲というのは、自己矛盾

●「安倍晋三と御手洗冨士夫/世襲坊ちゃんにとってのみ美味しい国」『カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの虚業日記』


■つぎのような かきこみも。

813 名前:ねちねち小学生 ◆in.mBbu0ME :2006/03/30(木) 04:36:16 ID:Pmi3uil00
>>786
台湾の例など、都合の良い例ばかり挙げているが、都合の悪い事例を除外したのは、故意でしょうか?

シンガポールでは、日本軍が占領後の約一ヶ月間に数千人の華僑を虐殺しました。
  ↓   ↓   ↓
シンガポール華僑虐殺事件 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%AB%E8%8F%AF%E5%83%91%E8%99%90%E6%AE%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6
> マレー半島全体では、日本政府の見解でも4 - 5千人、現地では4 - 5万人とも言われる犠牲者が出た。
> 中国語では粛清 (sook ching) と呼ぶ。日本語でも華僑粛清ということがある。またシンガポール大検証などともいう。

このため、華僑社会が日本の占領行政に非協力的になりました。
しかし、当時の日本は、戦争継続に必要なゴムや鉱物資源など南方での戦略物資の買い付けに、華僑資本の協力を必要としていたため困り果て、民間人を民政官として送り込み、華僑の懐柔に勤めました。

このとき、経営者としての手腕を買われ、民政官として送り込まれたのが、キャノン(精機光学)の創業者、内田三郎でした。
内田は約1年間の任期中に華僑との友好関係を回復し帰国しましたが、不在中に、出資者であった御手洗毅(医師)らによって会社の実権を奪われ、社長を解任されるという仕打ちにあいました。
そして、この創業者内田五郎の名は忘れ去られ、あたかも御手洗毅(現社長御手洗冨士夫の叔父)が創業者であるかのように、思われているのです。

シンガポール華僑虐殺は、いまなお大企業キャノンの社史の上に、痕跡を残していると言っても過言では無いのです。

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■おじの御手洗毅も、「論文」にかぎらず、いろいろうわさのたえない御仁らしい。


■いずれにせよ、引用記事がしめすとおり、御手洗氏の行動は「力のある勢力が、反対意見や住民運動を封じ込めるために起こす高額の恫喝訴訟」としかおもえないね。■「おれさまブランドをキズつけ、不愉快にさせるような連中は、こんな風にツブすぞ」って、おどしにね。