■いわゆるビジネスねたについては、ほとんどふれない、この日記だが、気になる記事に遭遇。「生産性論争」というリンク集からとんでいったさきの『アンカテ(Uncategorizable Blog)』のちょっとまえの記事、「グーグルが起こす第二の革命」。


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 バックオフィス部門の中には筋金入りのぶら下がり社員が多く、また性質が悪いことにそれを自覚していない人が多い。
Casual Thoughts - 一流企業の一流社員に求められる泥臭い馬力

 大企業というのは一流の仕事をやり抜くためにはプラスアルファでタイヤを10個くらい引っ張って猛進する「泥臭い馬力」が求められるもの
Casual Thoughts - 一流企業の一流社員に求められる泥臭い馬力



 私も多くの一流企業の一流社員と仕事をさせていただいた。そして、彼らが「タイヤを10個くらい引っ張り」ながら、素晴しい成果をあげているのを見てきた。
 そういう人が特定のセクションに偏らないように、まんべんなく散りばめて配置し活用しているから、やはり大企業の組織力というかマネジメント力というものは大したものだなあと思っていた。肩書とか年次とか役職とか、そういうことと関係なく「あいつはできる」という情報が流通していて、その情報を元に数少ない貴重な戦力である彼らを適切に配置する人がどこかにいるということなのだろう。

 そして、「彼らが10個のタイヤというハンデ無しで仕事をしたら凄いだろうな」と思っていたけど、それは単なる空想で、実際の世間というものはそういうふうにはできてなくて、そういうことをマジで考えるのは世間知らずのガキだと考えていた。個人が大きな仕事をする為には、組織というものが必要で、組織にはどうしても、id:ktdiskさんが「無自覚なぶら下がり社員」と呼ぶ垢が発生することが避けられない。だから、彼らが活用しているビジネスインフラと彼らが引っ張っているタイヤというものは不可分の関係にあり、片方だけの組織というものはあり得ないと思っていた。

グーグルを見るまでは。

Googleにおける開発組織マネジメント (1)Google本社への取材:岡田正大 ネット世代の企業戦略 from ビジネススクール:ITpro
Googleにおける開発組織マネジメント (2)新製品開発プロセス:岡田正大 ネット世代の企業戦略 from ビジネススクール:ITpro
Googleにおける開発組織マネジメント (3)情報共有のチャネル:岡田正大 ネット世代の企業戦略 from ビジネススクール:ITpro
【中略】

 以上,ざっと情報共有の媒体を見てきたが,これらの媒体で流れる情報はすべての開発関係者(2005年当時の社員数約4000名の半分である約2000名)全員にアクセス権限が与えられ,共有可能な状態に置かれている。(中略)例えば,あるエンジニアは私にこういった。「入社第1日目から今まで,上司から所属部門や業務内容を指定されるといったことは一度もないんです。すべて自分で決めています。配置転換という概念もありません。プロジェクトがいやになれば,いつでも辞めることが許されています。」

Googleにおける開発組織マネジメント (3)情報共有のチャネル:岡田正大 ネット世代の企業戦略 from ビジネススクール:ITpro
グーグルの独自性は二つあり、この二つを区別して考えることが重要なのだと思う。

1.社員の多くが世界レベルで一流の研究者に匹敵する専門技術を持っていること
2.上の連載記事で取りあげられているような情報共有のあり方

 1の独自性は、ITやネットというグーグルがいる特定の事業分野でしか通用しない例外的なことである。だが、2はそうではない。

 1だけに着目していたら、グーグルは特異な例であり、特殊な条件がないと成立しない例外であると考えてしまう。実際、ドクターやハッカーの数は限られているから、世界中がグーグルのような会社だけになることはあり得ない。また、いかに特定の一社が驚異的な労働生産性の高さや効率的なオペレーションをなしとげようとも、その一社が重要産業に屹立する大巨人であろうとも、その影響力が及ぶ範囲は、世界全体の中ではごく一部だ。

 しかし、グーグルが起こした革命の中で、目立たないがより重要であるのは、2の部分ではないかと思う。1と2が同じ一つの企業の中で起こったことは、むしろ偶発的なことであり、1の効果によって2が見えにくくなっている。見えにくくなっている第二の革命は、これから世界全体に波及していくと私は考える。

 要するに、役職と所属を無くして、ブログとWikiと掲示板で会社を経営するのだ。

 最終的にものごとを決定する権限を持つ人は残るけど、その人の仕事は、ブログとWikiと掲示板からまとめサイトを作る人と同じようなものになる。

 まず会議では「何が起きているの?」とみんなに尋ねて、それから「私はこう思うけど?」といって反論や意見をしばらく待つ。そうするとそのうちいろいろな意見が出てきて、結果的に参加している人みんなを巻き込んだ議論になればOK。その中には間違っていることもあれば、正しいこともある、そしてその過程で学ぶ。ひととおり意見が出てきて、話を聞き終えたら最後に「ほとんどの人が私を正しいと思うようだから、では私の意見の通りにしよう」あるいは「私が間違っているのか?」とみんなに聞いて、みんながそうです、と答えれば「ではみんなの言うとおりにしよう」というように決めていくそうです。

GoogleのCEO、エリック・シュミットによる経営哲学とは? - GIGAZINE

 ここで出てくる意見は、役員会のメンバー個人個人の意見というより、ブログとWikiと掲示板で社員から吸い上げた情報を集約したものだろう。グーグルの役員会とは、まとめサイトを作るためのoff会のようなものである。

 企業という組織に何の意味があるかと言えば、会社の中で運営すればブログのコメントやWikiや掲示板から「荒らし」を排除しやすいことだ。それはとても重要なことで、「荒らし」さえいなければ、ブログやWikiや掲示板はとても効率的に機能する。それはとても重要なことだけど、企業という組織形態に何の意味があるかと言えば、それのみになる。企業とは、企業が内部に持つブログやWikiや掲示板のことで、それらのサイトとその管理人とoff会こそが企業の実態になる。

 グーグルは、そういう情報共有サイトという重要なインフラの、有力な供給者であると同時に世界最初の本格的な大規模ユーザである。そのインフラの供給者としてのグーグルは、優秀ではあるけど one of them だし他業種には関係ない。そのインフラを本気で使いこなしているヘビーユーザとしてのグーグルにこそ、注目すべきなのだと思う。
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■一流企業といった空間内部ではたらいた経験がないハラナには、「アンカテ」氏のような「素晴らしい成果」というのが実感できない。■いや、この記事をかいているパソコンだって、その成果じゃないかといわれれば、そうなんだろうが、企業の不祥事をみせつけられると、「一流企業」のハリぼてぶりしか、めにはいらんのだけどね。
■それはそれとして、これが企業組織に転換するなら、「「無自覚なぶら下がり社員」と呼ぶ垢が発生することが極小化されることになる。■中核スタッフってのは「まとめサイトを作るためのoff会のようなもの」のはずだから、それ以外の社員が長期常勤ポストとはおもえない。当然、中長期的には大量失業ってことになるだろう。


■もっとも、「アンカテ」氏は、「働かなくても食っていける社会がもうすぐやってくるよ」という記事で、

 もちろん、食べ物やエネルギーや物流については、今のような労働が必要で、そのコストは発生する。

 しかし、そのコストの中のホワイトカラーの人件費はタダになる。アリさんが、ケーキのカケラ、つまり情報システムやコラボレーションのノウハウをタダで提供するからだ。人件費がタダになると、食べ物やエネルギーや物流の値段もほとんどタダになるだろう。
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 ビルや橋のようないかにも「ハード」なものも、ほとんどが人件費、つまりシンボル操作の費用なのである。だから、ソフトがタダになれば、大半のものがタダになる。

 タダにならない部分は、アリさん企業の法人税を財源として、失業手当として支給できるだろう。

 つまり、「生活保護でかなりの贅沢をして暮らせるけど、『働く』為には、ものすごい才能と努力が必要になる社会」である。

 これが本当にやってくるかどうかはわからないが、世界はこの方向に向かっている。よほど何か強力な人為的な介入をしない限り、こうなると私は思う。

 そして、この社会が実現する為の最も大きな障害は、「人は報酬を労働の対価として受け取るべきである」という倫理である。「働くもの食うべからず」という倫理が最大の障害となる。

 そこに固執している限り、グーグルやスカイプの中の人の生産性と、自分の生産性の格差がそのまま収入の格差になる。そこに固執する限り、ほとんどの労働者に職はなく、給料ではとても食っていけない。労働者が労働の対価として報酬を受け取ることに執着するならば、ちまたで「格差社会」として恐れられていることは現実化するだろう。


 とは言っても、これは実際には夢物語だろう。労働者がこれを受けいれるとは思えないからだ。「人は報酬を労働の対価として受け取るべきである」という倫理は、簡単に拭い去ることはできない。仕事が無くて贅沢できる社会より、ワーキングプアだらけの格差社会を、労働者が望み、その集団的な力はとても強い。資本家や企業がそれに対抗して、上記のシナリオを実現するだけの力を持つことは難しいかもしれない。

 私としては、このねじれた階級間闘争が、おかしな結果をもたらさないことを願う。
働くこと以外にも、人生には重要なことや価値あることがたくさんある。働くことに執着していると、養老さんが言うところの「脳を作った世界」、つまり、「リアルな社会」の外が見えてこない。


といった、おそるべき未来像をかたる。■アタマのにぶいらしい、ハラナには、判断がつかない。しかし、にぶいアタマなりに ない知恵をしぼりだすなら、
■?製品提供の指示を発する部門以外の人件費が0にちかづくとはいえ、たとえば物流スタッフという現場労働力は0にはならず(ロボット・ドライバーとかは、一部ありえても)氏の想定する「生活保護でかなりの贅沢をして暮らせる」はずの層は、近未来も路上や階段をはしりまわっているんじゃないか? すくなくとも、世界中から現在の第三世界的な空間が消滅するとはおもえないし。
■?したがって「労働者が労働の対価として報酬を受け取ることに執着するならば、ちまたで「格差社会」として恐れられていることは現実化する」とか「仕事が無くて贅沢できる社会より、ワーキングプアだらけの格差社会を、労働者が」しがみつくって、シナリオは、夢想する必要がないんじゃないか? ■企業家たちは、この過剰にゆたかな日本列島でも、ちゃんと下層労働者を大量に搾取しているし、かりにSF的に生産力・効率がたかまったにしても、『1984年』や『すばらしい新世界』がえがききれなかった、グロテスクな空間が、きそうな予感が…。