■別処珠樹さんの『世界の環境ホット!ニュース』の すこしまえの記事。■シリーズ第61回【リンクはハラナ】。

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世界の環境ホットニュース[GEN] 648号 07年09月24日
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枯葉剤機密カルテル(第61回)訂正         
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枯葉剤機密カルテル        原田 和明

第61回 セベソ事件

ベトナム戦争から米軍が撤退して3年後に南ベトナムの首都サイゴン(現・ホーチミン・シティ)が陥落してベトナム戦争が終結しましたが、その翌年、北イタリア・ミラノ郊外にあった化学工場で爆発事故が起こり、またひとつ枯葉剤の供給工場が発見されました。この事故は枯葉剤の供給工場が引き起こした事故の中では世界最大規模のダイオキシン汚染事件となりました。
事故を起こしたイクメサ社はイタリア版 wikipediaによると、1945年11月、北イタリアのメダ町に設立、47年に操業を開始した化学会社で、「イクメサ」はイタリア語で「メダ化学工業株式会社」の略称です。創業当初の製品は不明ですが、特筆すべきことは イクメサ工場がベトナム戦争期(1961-1970年)にアメリカ軍の枯葉剤の需要の高まりに応じて、トリクロロフェノールの生産を拡大し、これを原料として枯葉剤245Tを製造していたということです。(綿貫礼子「生命系の危機」アンヴィエル1979)アメリカがベトナム戦争に本格的に介入する意図をみせた1963年にスイスの多国籍企業ホフマン・ラ・ロッシュ社(本社バーゼル)の子会社・ジボダン社(本社ジュネーブ)に買収されています。

イクメサ工場では枯葉作戦中止後、枯葉剤の需要がストップしたため、トリクロロフェノールの生産は中止されていました。しかし、今回の爆発事故が起こる数か月前からトリクロロフェノールの生産を秘密裡に再開していたのです。イクメサ工場が軍需産業と密接な関係にある多国籍企業の下請けであったがゆえに、工場周辺住民及び従業員の安全が軽視され、彼らの人権を奪ってきたという構図は、福岡県にある三井東圧化学と三西化学にもそのまま当てはまります。爆発事故はその当然の帰結と言えるでしょう。

ここでの 245TCPの製造法は、ダウケミカル社が 1963年の大事故(第26回GEN 611号)で大量のダイオキシンを発生させてしまった後で改良(ダイオキシンの副生を抑える)された低温反応法が採用されていました。もちろん三井東圧化学も同様です。しかし、イクメサ社の従業員は、ダイオキシンについてまったく知らされていませんでした。そのため、事故はまったくの不注意から発生しました。事故当日、従業員の誰かが反応が終わっていないのに、冷却水のバルブを閉めて帰宅してしまったのです。

反応釜の温度は徐々に上昇、通常 140度ほどで反応が行なわれていたのに、爆発時の反応釜の温度は200度、圧力は5気圧に達していたと考えられています。高温になった反応釜の中で245TCPはダイオキシンへと変化し、そして 3.5気圧に設定されていた安全弁から、ダイオキシンを含む大量の反応物が放出されたのです。(宮田秀明よくわかるダイオキシン汚染」合同出版1998)安全弁には、ダイオキシンを大気中に放出させないための仕組みはありませんでした。(綿貫礼子「未来世代への戦争が始まっている」岩波書店2005)

日本での第一報は事故発生から2週間後です。「ミラノ市近くにあるスイス資本の化学工場で先週爆発事故があり、ベトナム戦争で使われた枯葉剤と同じようなガスが発生、付近の住民1500人が避難せざるをえない状況になっている。ガスは雲状になって数日間付近の上空を覆い、これまで30人以上が火傷や、肝臓、腎臓の痛みを訴えて入院している。その他ウサギや家畜が多数死んでいる。雲状のガスは激しい雨のため地上近くに降りてきていて、被害はさらに拡大する恐れがある。」(1976.7.25朝日新聞)

報道が遅れたのは次の事情によります。事故後も工場の担当者や地元自治体は何の緊急措置もとらず、事故の概要が発表されたのも事件発生から5日目のことでした。さらにダイオキシン汚染の可能性があると発表されたのは8日目でした。事故発生の翌日には、すでに住民に塩素挫創の症状が現れ、植物が枯れ始め、家畜やペットが死に、その後も入院する住民が増え続けました。事件後3ヶ月でウサギ、ニワトリのような小動物3281匹、大型の家畜も牛6頭、豚3匹の死亡が確認されています。分析結果に基づき汚染地域が指定され、地域内の家畜はすべて殺処分されました。

ダイオキシン分析はジボダン社の親会社である多国籍企業・ホフマン・ラ・ロッシュ社(本社:スイス・バーゼル市)に委ねられ、工場周辺が高濃度のダイオキシンで汚染されていることが判明したのです。(宮田秀明よくわかるダイオキシン汚染」合同出版1998)後にこの大惨事は「セベソ事件」と呼ばれるようになり、日本のカネミ油症事件(1968年)、台湾の油症事件(1978年)とともに 世界的な大規模ダイオキシン汚染事例に数えられています。

さて、8月になると、ナパーム弾で無害化しようというアイデアがでてきます。「枯葉剤ガス流出のミラノ、焦土作戦も準備」との見出しで次のような記事が出ました。

空中に流出した物質はTCDDと呼ばれる最も毒性の高いダイオキシンで、風に乗って工場から5km程度まで拡散、その後雨とともに地上に降りた。犬、猫、ニワトリなどが次々と死に、街路樹が枯れ始めたため、事件が表面化した。
当局はダイオキシンの存在を確認したことから、危険地帯の住民を強制移転、動物は殺処分、農産物は廃棄処分することとした。現場一帯は軍隊が鉄条網で囲み、立入を禁止している。流出したダイオキシンは2kg以上と推定され、当局はベトナムから枯葉作戦被害対策の専門家を招聘するなど、各国に対策を問い合わせている。最終的解決は被害地域の表土をすべて削り棄てなければならないのではないかと懸念されており、一方、ダイオキシンは800度以上の高温で毒性を失うため、現場にはナパーム弾を携行した化学兵器部隊が出動、待機している
。」(1976.8.4朝日新聞)

ここで、突然「枯葉剤原料の無毒化にナパーム弾」という発想がでてきます。私は「枯葉剤(またはその原料あるいは副産物)+ナパーム弾 →ダイオキシン発生」というアイデアをアメリカ軍がベトナムで実行したと述べました。(第27回「ピンクの薔薇プロジェクト」GEN612号)ナパーム弾を投下した中心付近は800度以上になるかもしれませんが、周辺はそれほどの高温にならず却ってダイオキシンを発生させてしまうのです。

誰の発想かはわかりませんが、この頃、枯葉剤メーカーであったダウ・ケミカル社はダイオキシン被害にあったベトナム帰還兵や工場周辺住民から提訴されそうな状況にありました。そのため、ダウ・ケミカル社は「ダイオキシンはどこにでもあって、先史時代からずっと私たちの周辺に存在している。ダイオキシンの発生源はあらゆる燃焼形態にあり、環境中でダイオキシンを産み出すには人工の化学物質が存在する必要はない。」(「火の仮説」という)と後に主張し始めていました。(第39回「火の仮説」GEN 625号)従って、セベソでのナパーム弾使用の提案は、ベトナムでの「枯葉剤+ナパーム弾」をダイオキシン無害化に有効だったと主張する考えももっていたということかもしれません。

毒ガス流出事故はダイオキシンが雨とともに地面に落ちたため、保健省は汚染のひどいA地区(115 ヘクタール)は樹木の葉とすべての植物を焼却、表土も適当な厚さで削り取り、高温で無毒化する方針を固めました。汚染度の低いB地区は葉と植物の焼却を行なうこととしました。汚染された葉や草を食べたA地区の野鳥はすでに全滅。汚染された家畜の肉を摂取すると、肝臓、腎臓に障害がでるほか、動物実験で異常児の出産が確認されていましたので、家畜5000頭も既に薬殺されました。

地面に付着したダイオキシンは表土を削り取って高温で無毒化することに決まりました。さすがにナパーム弾の使用は建物を巻き添えにする恐れがあるため見送られました。工場内は事故後封鎖されていましたが、安全弁の吹っ飛んだ反応釜に塩酸18トンをはじめとする毒物が残っているため、2週間の予定で撤去作業が行なわれ、作業は従業員の中から 170人の中から自発的に希望した健康状態の優れた40人を選んで実施されたのです。(1976.8.12 朝日新聞)

イクメサ工場労組と地元当局は、「工場はもはや操業させるべきではない。工場内の汚染度はあまりに高く、汚染を中和することはほとんど不可能だ。」との点で合意し、閉鎖の決定を親会社のジボダン社に近く通告することになりました。(1976.8.22 朝日新聞)

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■チェルノブイリに典型的にあらわれたとおり、いったん危険な汚染物質を大量にまきちらしてしまったら、とりかえしがつかない。ばあいによっては、二度とつかいものにならない、ちかづけない空間に変貌してしまうかもしれない。■そして、そういったことをしでかす連中が、そういった空間からたたきだされたことが、あったためしがない。いつも無関係な人間・動物がにげだすハメになりし、にげきれない人間・動物と植物とが死にたえると。
■それにしても、化学兵器というのは、核兵器や細菌兵器などとならんで、最低の発明だ。うっている連中はもちろん、税金でかいこんだ連中も最低だ。