思潮/主張/自重

「思想信条の自由」再考

■当 日記にリンクされている 常野雄次郎さんの『(元)登校拒否系 』に、「上野千鶴子東大教授が東京都に講演出講を拒否された件についての反自由党談話」と題する、一風かわった文章がでた。■全文転載する【太字=常野さん,それ以外は引用およびリンク】。

全ての人民のみなさん! こんばんは。反自由党中央委員会です。このような事件に対して、私たちサヨクはどのようなリアクションを示すべきでしょうか?

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図解雑学 ポスト構造主義

■以前 三輪裕範『四○歳からの勉強法』〔ちくま新書〕を紹介したときに、三輪さんが推薦した本に同意しておいたが、その続編がでた。■大城信哉 (著), 小野功生(監修)『図解雑学 ポスト構造主義〔なつめ社〕だ。期待にたがわぬ キレあじ。たとえば、高校の倫理/現代社会を担当する先生方にとっては、前作『図解雑学 構造主義』とあわせて 必携なのではないか?
 * 小阪修平『図解雑学 現代思想』や、貫 成人『図解雑学 哲学』もわるくないとおもうが。

オンフレ『〈反〉哲学教科書』は、日本の高校現場にもちこむのは、ヤバすぎかもしれないが、本書は、充分 日本の先生方/生徒さんたちにも 消化不良をおこさないだけの マイルドさをたもっている。ま、じっくり よみこめば、実は ヤバいんだけど(笑) 続きを読む

文化の遺伝子「ミーム」? 2

■きのうの続編。■また、「Wikipedia ミーム」の一部を転載。

文化が遺伝子のような単位で伝達されるという考え方はドーキンス以前にもあった。旧制度学派経済学者のヴェブレン Veblen は社会や経済の進化がダーウィン的 だという考え方を持っていた。人類学者クロークは、1975年に断片的な「文化的な指示」を人々が模倣しあうことで文化が伝達されると考えた。……イギリスの生物学者ジュリアン・ハクスリーやドイツの生物学者リヒァルト・ゼーモンらも、20世紀初頭に類似の概念を提唱していた……。とくにゼーモンは1904年に「ムネーメ mneme」という用語を提唱している。……18世紀の啓蒙思想による社会や文化の進歩思想の影響が大きい。もともと生物の進化論は社会の進歩論を自然界に適用したものであり、ミームの考えかたは、進化生物学経由でもういちどこの考えかたが社会現象や文化に回帰してきたとみなすこともできる。

■「もともと生物の進化論は社会の進歩論を自然界に適用したもの」で、「ミーム」イメージ自体は「先祖がえり」、という社会思想史上の「逆説」があるにせよ、現代社会の実生活には、なんら意味がない情報だとおもう。■むしろ重要なのは、たとえば 漱石などまで「異性に対するこのみは、継承される」式の 再生産論をかたっていた論理が、ずっと洗練されたかたちで 現代に 浮上した、という事実の政治経済学的意味だ。


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文化の遺伝子「ミーム」? 1

Wikipedia「ミーム
ミーム(meme)とは、文化が「変異」「遺伝(伝達)」し「選択(淘汰)」される様子を進化になぞらえたとき、遺伝子に相当する仮想の主体である。例として災害時に飛び交うデマ、流行語ファッション言語など、すべてミームという仮想の主体を用いて説明できるとする。
 ……「利己的な遺伝子」(リチャード・ドーキンス 1976)で始めてこの語が用いられ、定着した。ドーキンスは「ミーム」という語を文化伝達や模倣の単位という概念を意味する名詞として作り出した。模倣を意味するギリシャ語の語根 mimeme から遺伝子 gene に発音を似せてミーム meme としたという。以降、進化論・遺伝学で培われた手法を用いて文化をより客観的に分析するための手段として有用性が検討されている。
【以下略】

■この 日記でも何度か登場したとおり、「文化の遺伝子」ともいうべき存在=「ミーム」を想定すると、うまく説明できそうな社会現象は かずかぎりない。■一神教、天皇制、官僚制、軍隊、葬儀、学校、言語、貨幣、服装、結婚/売春/愛人、家畜/ペット、……。■これらは みな、人間独自の 文化的現象であり、生得的な ものではない。しかし、おどろくべき継承性と伝染力をもつ、あたかも物理的実体のようにも うつる。そこに なんらかの媒介因子が あると想定したくなるのは当然だ。■ちなみに、ことしは、ドーキンスによって「ミーム」概念が提起されて30年めにあたる。一度ふりかえっておく意味が充分にあるだろう。
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「ムダ」とは なにか? 5

■「ムダ」をけずることにばかり 神経をとがらせると、日常生活の基盤をゆたかにするための経済活動が、余暇が空洞化させることで日常生活をまずしくして、経済力が結局無意味になる。本末転倒になると いさめる説法/寓話は、『パパラギ』や『モモ』にかぎらず、さまざまなかたちで くりかえしかたられてきた。■一方で、廃棄物問題をふくめた消費生活が、「ムダ」にみちみちていることも、歴然としている。■そして、『パパラギ』などによって てらしだされたことは、「ムダ」をけずりだそうと躍起な現代人が、巨大な「ムダ」をくりかえしているという、ケチと浪費の「せなかあわせ」状況という、逆説である。
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