人間・論

満足すること/できることと、客観性

■『医学・都市伝説』の今月あたまの記事を、やっぱり紹介しておくことにする。

2007年11月 1日 足るを知れ [医学・科学関連]

"Journal of Personality and Social Psychology"誌、最新刊号に掲載された、日系心理学者による論文。原題は"The dynamics of daily events and well-being across cultures: When less is more."(「比較文化的にみた日常イベントと幸福感の力学:控えめなのが一番」)以下に訳出したのは、その内容に関するバージニア大学のプレスリリースである。
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自分が幸せだと思うなら、それ以上に幸せを望まない方がいい。そうしないと、幸せの度合いはずっと少なくなるだろう。これが「パーソナリティと社会心理学」誌に掲載された比較文化的研究の要旨である。
バージニア大学心理学教室のオオイシ・シゲヒロ準教授とそのグループは、アジア系米国人学生、韓国、日本人留学生と比較すれば、ヨーロッパ・米国学生の方が、全体として、より自分たちが幸せであると感じていることを見いだした。

しかし、ヨーロッパ・米国学生たちは、アジア系と比べると、日常生活でちょっと嫌なことがあると、簡単に気分が落ち込んでしまうことも判った。そして、全体に幸福感に乏しい韓国、日本人学生たちは(アジア系米国人にも幾分かその傾向は指摘出来るが)、落ち込みからの回復も早かった。
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「賢者の表現」と「相対的愚者の理解力」問題

■「俺に理解ができないような難しい文章を書いている奴はみんな莫迦」「「頭のいい人が書く文章」問題について考えている」「「わかる」ことと作者の転生」といった、「賢者の表現/相対的愚者の理解力」問題ともいうべき、一連の記事群(および、記事のなかのリンク群)がある。■これらの文章群の細部にわたって充分な理解をしめしていない危険性のおおきな人物が、「メタ言語(コメント)」をこころみるというのは、まさに、これら文章群のかたろうとしている論理階梯にズブズブとのめりこんでいくことだろうが、一応の思考の整理をしておく。

■管見では
〔これは「「宣伝」の詐欺性、「謙遜」の偽善性」シリーズで整理したとおり、偽善的に謙遜しようというのではなく、単純にウェブログや書籍・論文等をイモづる式に網羅的探索などしていないという、単純な意味である〕これら一群の議論は、まさに哲学する過程での副産物として、すばらしい ひらめきをうむかもしれないが、ことの本質をハズしているようにみえる。■「賢者の表現/相対的愚者の理解力」問題の本質は、かなり単純な構図だとおもえるからだ。 続きを読む

売買の優劣関係

■事物(情報や動物・ヒトをふくめた心身なども全部こみで)の売買に際して、当事者のどちらが優位なのかは、経済学者が「需給関係(商品の相対的希少性)」「限界効用逓減の法則(「連用」は、いずれ あきる)」などと、おおかた定番の普遍的構造を定式化ずみなんだとおもう。■しかし、そういった、こぎれいな経済学モデルで実際の なまみの人間が規定されつくされているかといえば、とてもそうおもえない。
■いや、そりゃ、労働力であろうが 結婚相手であろうが、巨視的には「需給関係」で「相場」がきまり、それ応ずるかたちで当事者のちから関係も決するってのは、まちがっていないだろうけど、具体的局面では、こういった「法則」に反する事象が、結構あるような気がする。

■たとえば、「お客様は神様です」っていう、芸能人の名言がある。そして、これは、客商売というか、事物をうるがわにとっての基本姿勢だとうけとめられている。■それなら、「うるがわは、基本的に劣位」っていう構造があるって、経験則上みとめているようなもんじゃないか? ■で、実際、労働力であれ、性的商品であれ、おおくの「商品」は、買い手優位の構造が基本だとおもう。要は、超好景気時の労働力不足とか、極度の品薄で「闇市」が実体経済をになっているとか、特殊な状況でないかぎり、「買い手優位が基本」だと。■まず、本来「需給関係」っていう市場原理からすれば、長期的には売買は平等な力関係のはずなのに、どうもそうではない非対称形ではないか? って問題自体をかんがえる意味がありそうだ。
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ぞっとするような冷酷さで、周囲をみくだしているらしい不思議なひとびと

■まったく不可解なのだが、ぞっとするような ひややかな視線で周囲を「みおろしている」ひとびとがいる。はっきりいって、そういった ぞっとするような ひややかな視線で周囲を「みおろしてせる」根拠が、周囲には理解できない。そこまで、ひややかに周囲を「みおろせる」ということは、さぞや自分たちが高貴であるか、逆に、ひかえめの基準にさえ全然到達できない周囲の卑小さが歴然としているということなのだろうけど、やっぱり解せない。■なぜなら、かれら/かのじょらは、たしかに有能かもしれないが、だれもがみとめるような卓越した能力、たぐいまれな特技、みんながみとめるような家系ほか高貴さ、などをもちあわせているようにはおもえないからだ。■かれら/かのじょらが、なにゆえ そこまで自尊心がたかいのか、全然わからない。でも、かれら/かのじょらにとっては ゆるぎない卓越性、ないしは、周囲の「たえがたない卑小さ」が自明なのだろう。 続きを読む

乳児の生得的生存戦略

■文化化される以前の乳児(1歳未満)の生態は、個体差(個々人の独自性=個性)のバラつきは ちいさくないだろうが、行動様式に共通点があるとしたら、それは生物学的なプログラミングの産物だろう。
■まぢかなところで はいずりまわっていた乳児数人の行動様式を、多分に回想的だが、列挙してみる。


■①「いかり」をこめて なきわめく。
■乳児が空腹をしらせたりするときの、なきわめきかたは、よく かんがえるとハイリスク行動といえなくもない。なぜなら、なきくたびれて ねむりこんでしまうまで 「いかって」いるとしかおもえない はげしさ(エネルギー)を発散しつづけるのは、あきらかに体力の消耗をともなっているとおもわれるからだ。■たぶん、これは、年生存戦略として、長者に育児行動をせかすための「ハイリスク・ハイリターン」行動なのだとおもわれる。■つまり、なきわめくことで 体力を消耗し、たとえば空腹時なら一層衰弱しかねない危険をおかしながら、年長者に精神的圧迫感をあたえ、副産物として 全身運動をおこなうことで、筋肉強化をはかるといった。■これは、育児ノイローゼで 虐待したり、無理心中事件にいたるような 悲惨な末路をリスクとしてかかえたうえでも、なお 圧倒的多数のばあいは「おおきな みかえり」がみこめるという、まさに淘汰圧の産物なのだろう。
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