野村浩也 を含む記事

「負の遺産」と「謝罪」と「国民感情」1

ひよこさんのコメント欄へのかきこみに対する応答。■まずは、コメントでのといかけの主要部分を引用。


一つ争点を作らせてください。

私はある問題を考えました。
ソ連がシベリアに何十万人も抑留して強制労働なんて話、知ってますよね。もし、ロシアの国民の考えが変わり、ロシアの大統領が日本に来て、心から謝罪をしたとしましょう。「本当に申し訳ないことをした。許してほしい、お金も少しずつ払っていきたい」と。そしたら日本はその謝罪を素直に受け入れて、ロシアを許し、これからはそのことについてもう何も言わずに、対等に新しい時代を共に築くために協力していくだろうか、と。

果たして日本はロシアを許すだろうか、と疑問に思うわけです。

日本は決して許さないんじゃないか、と私は思います。謝罪されて「はぁ、これでやっと私の心が晴れた。もうこれで思い残すことはない」って思う日本人は果たしているでしょうかね。
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転載:<19>沖縄差別(読売新聞・沖縄版)

■読売新聞の沖縄版の企画特集の、特集「沖縄から」の続編。■リンク等は、ハラナ。


<19>沖縄差別
【沖縄差別】明治以降、就職などで本土に渡った沖縄出身者は、言葉や生活習慣の違いから差別や偏見にさらされることが多かった。1903年、大阪で催された内国勧業博覧会場外の民間パビリオン「学術人類館」で沖縄の女性がアイヌや台湾の高砂族などと共に見せ物とされた。戦前には、出身者が多く住む阪神地区や京浜地区では家を貸す時、「琉球人お断り」の札が下げられたり、就職や給与で差別されたりすることもあった。沖縄県内では方言撲滅運動が推進され、小中学校で方言を使うと罰として木札「方言札」を首からかけさせられた。

             ◇                  
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転載:沖縄独立論(読売新聞・沖縄版)

■読売新聞の沖縄版の企画特集の、特集「沖縄から」の続編。■リンク等は、ハラナ。

<18>沖縄独立論

【沖縄独立論】アメリカ統治時代、日本復帰後を通じて度々論じられてきた。近年では米兵による少女暴行事件や米軍が施設用地を継続使用するための駐留軍用地特別措置法改正などが続いた1990年代後半から議論が活発化した。背景には、復帰後も米軍基地のありように基本的変化がないことや、それを含む歴史的なヤマトとの関係についての失望や怒りがある。復帰当時、基地の街コザ(現沖縄市)の市長だった大山朝常氏が97年に出した『沖縄独立宣言―ヤマトは帰るべき「祖国」ではなかった』は県内でベストセラーになった。
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転載:アジアという目線(読売新聞・沖縄版)

■読売新聞の沖縄版の企画特集の、特集「沖縄から」の続編。■リンク等は、ハラナ。



<17>アジアという目線

琉球王国時代、首里城につるされていた万国津梁の鐘。銘文には「わが琉球は……朝鮮の文化に学び、中国とは不可分の関係にあり、日本とは近しい間柄にある。それら国々の間で……世界の架け橋の役割を果たしている」とある

 ■「自立」の思想が開く視座  仲里 効


 それが書物であったり、人であったり、物であったりする違いはあったにしても、人は誰でも決定的といってもいいような出会いの一つや二つは持っているはずである。

 叢書『わが沖縄』(谷川健一編、木耳社)の第6巻『沖縄の思想』は、私にとって、そんな忘れがたい出会いの一つであった。その中に収められた新川明の「非国民の思想と論理―沖縄における思想の自立」川満信一の「沖縄における天皇制思想」、そして岡本恵徳の「水平軸の発想―沖縄の共同体について」は、明治の琉球処分以降の沖縄におけるモダニティや沖縄人の精神形成のあり様が、天皇制と植民地主義に深く構造づけられ、そのことが沖縄の戦後を一色に染め上げた「復帰運動」の心情と論理のなかに延命されているあり方を摘出し、沖縄の自立へ向けた思想の可能性を開くものであった。瞠目(どうもく)したのは、三者とも自らの精神の履歴を明らかにしつつ、それを激しく内破したことであった。自らを抉(えぐ)り、沖縄を抉る、その鋭角が私を撃った。
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こうの史代『夕凪の街 桜の国』2

こうの史代『夕凪の街 桜の国』の紹介を先日したが、もう少々補足しておく。
■このマンガは、被爆者および被爆2世の心象風景をえがいた作品にはとどまらない射程があるという点だ。■たとえば、被爆後10年後がえがかれる「夕凪の街」の主人公平野皆実のモノローグだけでも、あきらかな反戦文学の本質をもつ。高名な長編マンガ『はだしのゲン』のような大河ドラマではなく、小品ではあるが。
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